23

「何してんの?」

 制服姿に手ぶらで現れたタタラ・キイロは、一人で校門の脇に立っているダクイの姿を認めるなり、そう聞いてきた。

「挨拶運動」 ダクイは答える。「おはよう。遅刻だぞ」

「おはっす。前から思ってたけど、だっくんはお節介だよね。あの子とかスイカのときは他人事だったから気にならなかったけど、なんなら私も楽しんでたけど、私の番になると、これ、なかなかじゃん」

「お節介? そういうのじゃない。昨日のことを謝りたかっただけだ。怒鳴って悪かった」 頭を下げながら、ダクイはキイロの方に近付く。「しかし、やっと俺がお前を待ち伏せできたよ。モモナやスイカと顔を合わせるのが嫌で、わざと遅れて来たのか?」

「何それ。やっぱりお節介じゃん。ただの遅刻だよ。勝手な深読みやめてよね。私、遅刻常習犯だから。今日が初めての遅刻じゃないから」

「それはそれでどうかと思うけどな……」 ダクイはキイロに笑いかける。「今日も、制服なんだな」

「そ。似合ってるっしょ?」 一歩後ろに下がって、片手を腰に、もう片方の手を顔の横で広げてポージングするキイロ。「私レベルのスタイルになると、制服さえ華麗に着こなせちゃうんだなあ」

「俺は、私服のお前の方が好きだったけどな」

「そういうの、教育実習生としてどうかと思うけど」 言ってから、キイロは吹き出した。「そっか、だっくんは別に、先生目指してるわけじゃないのか。てことは、今のはただ、だっくんの趣味的に、普段着の私の方が好きって言ったんだ」

「事情を踏まえた上で俺の発言を分析するな。まあ、別に、お前が心から望んで制服を着てるんなら構わないよ」

「ふうん。そうやって、私を揺さぶろうとしてるんだ」 手の甲で口元を隠すようにして、キイロは顔を斜めにダクイを試すような視線を向ける。「その手には乗らないぜ」

「お前、実は頭いいよな」

「ありがと。だっくんは、見る目あるね。馬鹿素直だけど」

「馬鹿みたいに素直って意味か? 馬鹿で素直って意味か?」

「その質問が出るなら、馬鹿みたいに素直の方かな」

「そりゃどうも」

「あーあ」 隠すそぶりも見せず大胆にあくびをするキイロ。「ま、だっくんとは話す約束しちゃってるし、ちょっと歩きながら話そうぜ」

「ああ」 頷いて、ダクイは校舎へ体を向ける。「歩くって、どこに行くんだ?」

「どこでも。そういうの、いちいち考えなくていいんだって。適当に歩いてれば、行きたいところに向かって、体が勝手に動くからさ」

 二人で並んで校舎に向かって歩く。てっきり校舎に入るものと思っていたダクイだったが、昇降口の前で、キイロが左に体を逸らした。ダクイもそれに合わせる。

「前に、私があの子を壊そうとした話、したじゃん」

 キイロが話し出した内容から、中庭に行こうとしているのだと、ダクイは直感した。これが、体が勝手に動くということだろうか。行き先を考えるのではなく、考えが行き先になる感覚。

「ああ、モモナからウニを取り上げた話か」 それなら、ちょうどさっき、保健室でも話題に上がったところだ。「モモナは、それでお前が自分と距離を置いてるのを、気にしてたぞ」

「別に、距離置いてるとかじゃないし」 頭の後ろで手を組んだ、いつものスタイルでキイロは歩いている。「私、けっこう酷いこと言ったからさ、なのに何もなかったみたいに接するとか無理っしょ」

 あとはキイロが自分を許すだけ。キイロは自分に一番厳しい。

 モモナが言っていた通りだな、とダクイは感じる。

「で、昨日はスイカに同じことしちゃったわけ」

「同じ、じゃないだろ」 ダクイは言う。「確か、モモナのときは、夢に真っ直ぐなモモナが羨ましくてやったんだろ。でも昨日のは、スイカのためを思ってのことだろ。スイカも感謝してたぞ。今のままじゃ駄目だって伝えるために、わざと厳しいことを——」

「違う違う」 片手を大きく振って遮るキイロ。「私は、スイカを壊そうとしてたよ。壊れればいいのにって、思ってたよ。それを、スイカが勝手に良いように受け止めただけ。意外とスイカも強かったんだ。それとも、だっくんがいたから強くなれたのかな。愛の力ってすげー、なんて」

「茶化すなよ」

「茶化さないとやってらんないっしょ」 あはは、とキイロは笑い飛ばす。「ホント、やってらんないよね。リッキーから未来のことを聞いたとき、どうして私だけって、思った」

「私だけ? お前だけ、何なんだ?」

「わからない? あの子は、あの無茶な夢をまさか見事に叶えて。スイカはまあ、なるようになって。そんで私はっていうと、夢に敗れて政治家だぜ。そんな馬鹿な話ある? ホント、馬鹿みたい」 キイロは転がっていた砂利石を軽く蹴飛ばした。「あんな偉そうなこと言って毎日私服で学校に来て、授業も受けないで、それ全部夢のためって豪語してたのに、蓋を開ければ叶わないなんて。あーあ、カッコ悪う」

「そういう、ことか……」

「そ。私だけ不公平じゃん。だからスイカも道連れにしようかなって。ま、言っちゃえばただの腹いせ。スイカが簡単に壊せそうだったから、壊そうそうとしただけなのさ。あの子は……、私が何しても何言っても、壊せそうにないし。壊せなかったし。あの時も、結局は腹いせだったんだよね。あの子みたいに夢に真っ直ぐになれない自分への腹いせ。ホント私、馬鹿カッコ悪いっしょ。馬鹿みたいにカッコ悪いし、馬鹿でカッコ悪い。壊すんじゃなくて、私もあの子みたいになろうと思って頑張って、ちょっとはマシになったつもりだったのにさ、全然変わってなかった」

「本当にそうなのか? お前は、スイカを壊そうとしてたのか? 本当は——」

「だから、そうやって揺さぶるのやめてよね」 キイロはダクイの顔の前に片手を広げた。「勝手に私をいい人にするな。だっくんが思ってるよりずっと、私は腹黒なんだぜ。だから昨日の私は、キイロじゃなくてクロイロだったのさ」

 いつの間にか、足元が土になっていた。中庭を歩いている。ここまで来ると、ダクイの足も自然に動く。放課後、モモナがいつも座っているベンチへ向かって。

「別に、揺さぶろうとしてるわけじゃない。ただ、俺やハチリキの都合で、お前に夢を諦めてほしくないんだ」

「自分で馬鹿だとは言ったけど、そこまでじゃないよ。私は自分で考えて夢を諦めた。悪いのは私。全部私が悪い。私が弱い。だから、勝手に責任感じて背負い込まないでよね」

「だったらなおさらだ。もしもお前が自分で諦めたんなら、お前の夢はその程度だったってことじゃないのか……。お前は、未来で夢が叶わないことを知った。知ってしまった。だったら、その未来を変えるために、もっと頑張れば——」

「頑張ってたよ!」 校舎に囲まれた中庭で、キイロの怒鳴りにも悲鳴にも近い声が響く。「これ以上ないくらい頑張ってた……。それでも未来では叶ってなかった。じゃあ、もう、無理じゃん」

 昨日と同じ涙声。見ると、拳を握りしめて目を閉じていた。

「もういいじゃん。これでだっくんの世界が救われるんでしょ? 私が夢を諦めた方が、だっくんは助かるんでしょ? なのにどうして、私に関わるの……」

「確かに、俺は自分の世界を、未来を変えるために、この世界に、この時間に来た。でも、お前やモモナ、スイカ……、みんな、普通の女の子だった。今を一生懸命に生きる女の子だった。夢を奪わなくても、他の方法があるんじゃないかって、みんなが幸せになれる方法があるんじゃないかって、モモナと話して、モモナの夢を理解して、そう思ったんだ。それでスイカにも、まあ、一応、夢を与えることができた。だからお前にも——」

「自己満足じゃん」 キイロが呟く。それから、ダクイの方へ濡れた目を向けて、口を大きく開いた。「そんなの、だっくんの自己満足じゃん! 俺の都合で夢を諦めてほしくない? 何それ。そんなの、だっくんが自分の手を汚したくないから、勝手にハッピーエンド目指してるだけじゃん!」

 ダクイは何も言い返せなかった。

 自己満足。その通りだ。未来を変えるという目的は、すでに達成されているのだから。

 届かなかった。

 モモナの夢への向き合い方を伝えれば、キイロを変えられるとどこか確信していた。

 しかし、届かなかった。

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