17

 周囲に高等部の生徒が多いからか、中等部の校舎にいる時よりも、ぬいぐるみを抱えているモモナの姿が馴染んでいた。相対的に普段より幼く見える。ぬいぐるみを連れ歩いていても違和感がないくらいに。

「あっ、スイカちゃんだ。おーい!」 モモナが手を振りながら声を飛ばした。

 周囲に人が、それも歳上の高等部の生徒が何人もいる場で、モモナが臆せず大声を出せることにダクイは驚く。もう少し引っ込み思案な性格だと思っていた。何人かの生徒がこちらを見た。その中にミナモ・スイカの顔を見つける。昨日と同じテーブルだった。

 ダクイは自分の天丼とモモナのアジフライ定食、二つのトレイを片手ずつ持って、スイカがいる席へ。モモナはウニを抱いているからトレイが持てないのだ。

「二人でお昼ですか」 ダクイが向いに座るなり、スイカがどこか迷惑そうな口ぶりで言う。「仲が良いんですね」

「三人だよ!」 モモナがスイカの隣に座る。「スイカちゃんと、ダクイ先生と、私。三人でお昼ご飯を食べるの」

「ルドウさんが、そうしたいって言ったんですか?」 スイカはダクイの方を見て尋ねる。

「いや、提案したのは俺だ」 ダクイは答える。「悪いな。嫌だったか?」

「嫌では、ないですけど……」 ダクイから目を背けるスイカ。「どういうつもりかわかりません」

「どういうつもりって言われてもな……」 ダクイは考える。目的は夢のないスイカに夢を与えること。そのきっかけになればとモモナを連れてきたわけだが、それを直接言うわけにもいかない。あくまでも自然に、スイカには自分で夢を持ってもらいたい。「モモナが、スイカとは保健室でしか話したことがないって言うもんでな。それで、昨日食堂にいたのを思い出して、今日もいるんじゃないかと」

「ルドウさんのためってことですか」

「わわっ、食べ終わってる」 スイカの隣に着いたモモナは、スイカの前に置かれたお皿を覗き込むようにして、大げさに目を丸くした。「来るのが遅かったかな」

「私が早いだけ。量も少ないし」

 確かに、スイカのトレイ載っている皿は、小皿と呼んだ方が適切なくらいのサイズだ。

「何食べたの? 私は日替わり定食にしたんだ。どれにしようか悩んじゃって、ランダムにしたの」

「私はサラダだけ。それと、日替わり定食はランダムじゃないよ。曜日で決まってるから。木曜日はアジフライ」

「へえ、そうなんだ。詳しいんだね」 言いながら割り箸を割るモモナ 「スイカちゃんは、よくここで食べるの?」

「まあ」 曖昧に頷くスイカ。いつもキッパリしている彼女にしては珍しい反応だとダクイは感じた。「ルドウさんは?」

「私は初めてだよ。だから昨日ダクイ先生に誘われてから、ずっと楽しみにしてたんだ」 モモナは割り箸を持ったまま手を合わせる。「いただきまーす」

「ふうん、誘われて……」 どこか不貞腐れたように言うと、スイカはダクイの方へ向き直る。「特定の生徒を贔屓するのは、よくないと思いますが」

「別に、贔屓してるわけじゃ——」

「そうだよ」 アジフライを齧った口で、モモナが横から同意する。「ダクイ先生は私のことをいろいろ気にしてくれるけど、スイカちゃんのことも、他の生徒のことも、いろいろ気にしてるよ」

「へえ。そんな風には見えないけど」

「ううん、そんなことないよ。昨日、ここでお話したんだよね? スイカちゃんには夢がないみたいだって、ダクイ先生、悩んでたよ」

「どうして、私に夢がないことをダクイさんが悩むんですか?」

「夢を見つけて、叶えてほしいからじゃないかな」

「どうしてダクイさんに聞いてるのに、ルドウさんが答えるの?」 普段よりスイカの声が大きくなっている。「ダクイさんのことをわかった気になって、嬉しそうに。ルドウさんは黙っててよ!」

 スイカは自分の声に驚いたように片手で口元を覆うと、申し訳なさそうにモモナから目を逸らした。

「えっと、うん。ごめん……」 モモナは、らしくない消え入りそうな声で謝罪すると、俯いてしまった。

「あっ、いえ……、ごめんなさい」 スイカも謝った。

 スイカは鞄、モモナはウニ、二人とも膝の上に載せているものを抱くようにして、黙り込んでしまった。

 ダクイは声の大きさよりも、スイカが感情的になっている様子に驚いていた。今朝、スイカは感情を表に出さないという話をキイロとしたところなのに。思えば、スイカはずっと機嫌が悪そうだ。ダクイとモモナが来たからそうなったのか、他の要因で前からそうだったのか。少なくとも、今朝の時点では普段通りだったが。また、どうして、何がスイカを感情的にさせているのか、まったくわからないことも、ダクイを不安にさせた。

「謝るなら俺だな」 ダクイは意を決して沈黙を破る。「こんな感じになるとは思わなかった。せっかくの昼休みなのに、悪いな」

「いえ、私が悪いんです」 スイカは俯いたままポツポツと口を開く。「私に、夢がないから……、ダクイさんに変な気遣いさせて。それに、ルドウさんのことも……」

 名前を出されたまま言葉が止まってしまったことを気にしてか、モモナは俯くスイカの顔を覗き込むように首を大きく傾げた。

「ルドウさんには、夢があるのに……」 スイカが再び口を開く。「私には、ないから……」

「今はなくても、いつか見つかるんじゃないか」 ダクイは努めて優しい声を出す。「昨日、夢がどうこうって話をしたのは俺の方だけど、そんなに気にするというか、思い詰めるとは、思ってなかった。すまない。そんなに難しく考えなくていいと思うぞ。モモナだって、夢があるって言っても、その叶え方どころか、どうなれば叶ったことになるのかもわからないって言うんだから。よくわからない夢を叶えようとしてるんだよ、こいつは。知ってるだろ? でも、それでも、そんなのでも、夢があるって言えるんだ。言っていいんだ」

 モモナが口元を両手で押さえて、うんうんと首を縦に二回振る。黙っててとスイカに言われたことを気にして、声を出さないようにしているのだろう。変なところで律儀なやつだ。ただ、声を出さないようにしているだけで、さっきから少しずつご飯を口に入れている。

「叶うか叶わないかはとりあえず置いておいて、何か、したいこととかないのか? 夢なんて大袈裟なことじゃなくてもいいから、そういうのを一つ一つ叶えていけば、いつか大きな夢ができるんじゃないか? 将来なんか気にせず、今したいことをすればいいんだ」

「今の私がしたいこと……」 スイカは目の前の皿を凝視するように目を細める。「今の私は……」

「まあ、今すぐ見つけろなんて言わないし、それを俺に聞かせろとも言わないから。そんなに深く考えなくても、気軽にやりたいことをやってればいいと思うぞ。ああ、それで言うと、お前はけっこうやりたいようにやってるよな。体育に出なかったり、タブレットで授業受けたり。うん、そういうちょっとしたこと、どんどんやっていけばいいんじゃないか?」

「それって——」 スイカは口元を隠すようにして小さく吹き出した。「やっぱり、ダクイさんは先生になれそうもありませんね」

「えー、そうかなあ」 実は隙を見て着実にアジフライ定食を食べ進めていたモモナは、空の食器が載ったトレイを押し出すようにして、机に突っ伏すと、顔を横にしてダクイとスイカを交互に見た。「いい先生になれると思うけどなあ、ダクイ先生」

「まあ、悪い先生には、ならないと思う」 スイカは、モモナとは逆を向いて、どこか照れたように言った。「また、冷めますよ」

「ああ、そうだな」 ダクイはようやく割り箸を割る。「いただきます」

「私はご馳走様だよ」 モモナはウニの頭の上で両手を合わせた。「美味しかったし、楽しかった。ありがとう、ダクイ先生」

 テーブルの下で、モモナが足を左右交互にバタつかせているのを、ダクイは空気の動きで感じる。本当に楽しかったのだろう。誘った手前、モモナがそう感じてくれて、ダクイは安心した。

「どういたしまして」 会釈してから、ダクイは程よく冷めた天丼を口に運び始める。「スイカは、その、なんだ……、楽しかったか?」

「嫌じゃないって、言ったはずです。ありがとうございます」 スイカらしい、淡々とした口調と頭を下げない挨拶。普通なら、嫌味のように受け取ってしまいそうだが、これがスイカのデフォルトで、そこに悪意はないことを、ダクイは知っている。「いつでも食べに来てください。なんて、私の食堂じゃありませんけど。ルドウさんも」

「ホント? やったあ!」 両腕を上に伸ばして喜びを表現するモモナ。「明日も来ちゃおうかなあ」

「喜びすぎ」 言ったスイカの顔には、照れ笑いと思しきものが添えられている。「ダクイさんも、また、いつでも」

「ああ、ありがとう」

 ダクイが天丼の完食を目指している間、モモナがたわいもない話を繰り広げた。そのたわいのなさが微笑ましい。

 ミナモ・スイカも、そんなモモナのトークに、笑顔を見せていた。それもまたダクイにとって微笑ましい。

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