15

「昨日とまったく同じ問いかけになってしまって申し訳ないのだが……、一体どういうつもりかね」

 昨日とまったく同じと言うなら、その問いかけに限らない。夜のファミレス、四人席のテーブル、向かい合うダクイとハチリキ。全てが昨日とまったく同じである。さらに言えば一昨日とも。

「スイカに夢を持ってもらう」 ダクイは答えた。

「おいおい、面白くない冗談だな。自分の目的を忘れてしまったのかね」 ハチリキは片目を細めて、訝しむような視線をダクイに向ける。「君は因子から夢を奪うことを目的に定めていたはずだ。それがどうして、夢を与えようなんて話になる」

「今のスイカは夢を持っていない。将来研究者になるのは、別に夢を叶えたわけじゃないってことだ。だからこのまま、スイカが夢を持たないまま大人になると、俺たちの知ってる未来と同じように、あいつは研究者になってしまう」

「なるほど。夢を持たない今のうちに、他の夢で上書きして、研究者になる未来を変えようというわけか」 珍しくハチリキはダクイの意見に理解を示した。「だが、そのきっかけにルドウ・モモナの夢を使うのは、危険だと思うがね」

「俺はそうは思わない。モモナとスイカが今より仲良くなれば、モモナは今より幸せを感じるかもしれない。そうすれば、モモナが幸せを他の世界に求めることは無くなって、俺たちの世界が発見されることはなくなる。そんなモモナに刺激を受けて、スイカが何か夢を見つけてくれれば、スイカも研究者にならずに済む」

「つまり二つの因子を同時に排除することができる、というわけか。それは一石二鳥、聞こえはいいな。だが、この世界と我々の世界を繋げる装置を開発するのは、いや、開発したのはミナモ・スイカだ。下手にルドウ・モモナの夢に関わらせるのは、やはり危険だと判断せざるを得ない。君がしようとしていることは、最悪の未来、つまり我々が経験した未来を早めているだけのようにも思えるのだが。厳密には、それは未来ではなく現在、そして今が我々にとっての過去なのだがな」

「どうせ止められないのなら、早めてしまうかもしれないような大胆な手を講じるのもありだろ。早めても先延ばしにしても意味がない。止めなきゃいけないんだ。時間を多少前後させるだけならまだしも、未来を丸々変えるのは、起こった出来事をなかったことにするのは、簡単なことじゃない。多少の綱渡りはすべきだ。そうしないと、俺たちが望む未来には辿り着けない」

「言い訳だな」 ハチリキは顎を上げて一蹴すると、ダクイを見下すように鼻で笑った。「確かに、未来を変えるのは簡単ではない。大きな力を加えてやらねばならないことは確かだ。しかし、それは危険を冒す理由にはならない」

「らしくない。ずいぶん保守的じゃないか。モモナの時はもっと過激思想だったのに」

「君にとっては危険や過激の一言でまとめてしまえるのかもしれないが、危険にもいろいろあるのだよ。私は我々の世界に危険が及ぶようなことはしない。この世界で因子を潰す。それだけだ。しかし君はどうかね。どうにも、君は因子を尊重しすぎているように感じるのだが。前にも言ったが、肩入れしている。因子を甘やかしすぎではないかね。それで我々の世界、我々の未来に危険が及ぶようでは、本末転倒だ」 ハチリキが言う我々の未来とは、モモナが並行世界、ダクイの世界を発見し、スイカがこの世界と繋げる装置を開発する未来。ダクイが阻止すべき未来。「君がしようとしていることは、君が冒そうとしている危険とは、そういう類のものなのだよ。夢を持たないミナモ・スイカに、我々の未来とは繋がらない夢を与えるのはいいだろう。君にしては良い案だ。しかし、そのきっかけにルドウ・モモナの夢を使う必要はないのだよ。別に、君が適当な夢を与えてやればいいだろう」

「それはそうだが……」 そもそも、どうしてダクイはスイカとモモナを近付けようと思ったのか。モモナと話していて不意に思いついたことだったので、改めて問われると答えに詰まった。その時は妙案にしか思わなかったのだが。「だったら、お前ならスイカにどんな夢を与えるんだ?」

「ようやく私の意見を取り入れる気になったか。良い心がけだな」 満足そうに、ハチリキは椅子に深くもたれた。「しかし、私なら夢を与えるなんてことはしない。徹底的に奪うまでだ。その方が簡単なのでな。言ってやればいいのだよ。お前に叶えられる夢なんてない、お前はいつまでも何にもなれないのだ、とね」

「お前の意見を聞いた俺が馬鹿だったよ」 ダクイもハチリキと同じように椅子に深くもたれる。そして腕組みをし、聞かせるような溜息をついた。「やっぱり、俺は俺のやり方でやる。お前に言い訳だとか甘えてるだとか言われても構わない」

「ふん。ずいぶん強気になったものだな。この世界にも慣れてきて気持ちが大きくなったか? それとも、結局その発言も言い訳でしかないのかな。別に、この世界の人間に危害を加えることは許されていないが、会話は許されているのだから、言葉で心に傷を負わせることもまた許される。どうせ危険を冒すのなら、それが手っ取り早いと思うがね。そうそう、初めて君と会った時に私が言ったことを、忘れてはいないだろうな」 ハチリキは脇を広げて腹の上で手を組むと、ニヤリと口元を歪ませた。「少しでも手間取るようなら、我々は手を出すつもりだ」

「だったら俺も言ったはずだ。余計なことはするな」

「余計なことをしているのは君の方だと思うがね。まあいい、いざとなれば我々が動こう。今のところは、君の好きなように、思うままにすればいい」

「お前に言われなくてもそうするさ」

「だろうな」 ハチリキの存在が空間の中で揺れる。「まあ、どうなるか見ものだな。せいぜい楽しみにしているよ」

 ダクイはファミレスの一人客になった。

 ハチリキとこうして話したのは三度目だが、彼は必ずダクイが料理を注文してから現れて、その注文がテーブルに届く前には消えてしまう。他の人に彼の姿は見えているのだろうか。確かめてみたい気持ちが強かったが、もしも見えていなかったらダクイが幽霊か幻覚か、見てはいけないもの、見えてはいけないものを見ている人のように思われて不審がられるのが関の山だ。逆に、他の人にもハチリキの姿が見えているとするなら、店の出入り口を通ることなく、突然空間に現れて、同じくその場から霧のように消えてしまう現象の説明ができなくなる。その説明をダクイに求められると、上手く誤魔化せる自信がない。結局のところ、ダクイはハチリキの存在について、誰にも確かめられないのだった。

 お待たせしました、とスイカほどではないがあまり感情が籠っているようには聞こえない台詞を添えて、ダクイの前に天丼が載ったトレイが置かれた。

 三日連続同じファミレスで同じものを食べている。そろそろ店員に顔を覚えられるかもしれない。そう思って、立ち去る店員の背中を見てみたが、ダクイはその店員が昨日一昨日もいたかどうか、思い出せなかった。こちらが覚えていないのに、向こうが覚えているものだろうか。いや、状況が違うか。ファミレスに店員がいるのは当然だ。しかし、ファミレスに毎日同じ客が来るのは一般的とは言い難い。おまけに、ファミレス、ファミリーレストランを謳っている店に一人で来ているのだから、その印象はより強いと思われる。つまり、こちらは店員の一人としか思っていないが、向こうは客の一人ではなく一人の客として認識しているかもしれない。

 実は猫舌のダクイは、いつもこういった、たわいないことを考えて、食事が適度に冷めるのを待っている。今日の昼は少し冷め過ぎだったが。明日の昼はどうなるだろう。

 ダクイは向かいの席、少し前までハチリキが座っていた二人がけの椅子に、モモナとスイカが並んで座っている姿をイメージする。なるほど、モモナがやけに喜んで楽しみにしていた理由が、ダクイにも少しわかった。

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