お正月②『ゆく年、くる年、初詣』



「ううっ、やっぱり外は寒いな……」


 1月1日、正午すぎ。

 僕は身を縮めながら、待ち合わせ場所である神社の鳥居前に到着する。


 ただ、本殿はまだ先とはいえ、入り口付近でも僕のように初詣にやってきた参拝客が多く押し寄せてきている状況だった。


 この人混みでは相手が僕を見つけるのは難しいだろうし、待ち合わせ場所を変えようかと思ったところで、


「あっ、瀬和せわくん! こっちです!」


 丁度、鳥居の傍に立っていた女性が、こちらに向かって手を振ってくれる。


「すみません、他の方の邪魔にならないよう端に寄っていたのですが、分かりにくかったですよね」


 そう言ってお辞儀をする彼女だったが……。


「瀬和くん? どうかされましたか?」


 おそらく、僕が何も話さないのを疑問に思ったのだろう。


 心配した様子で、僕の顔を覗き込むようにしてそう尋ねてくる。


「い、いや、ごめん! その……まさか、小榎さんが着物を着てくるとは思ってなくて……」


 僕は改めて小榎こえのさん――小榎こえの琴葉ことはさんの姿を見た。


 今の彼女は、普段同じ学校に通う制服姿ではなく、しっかりと初詣の正装でもある着物姿だった。


「えっ? は、はい……初詣に行くときは、いつもお母さんが着付けをしてくれるので……」


 そして、今度は不安そうな顔を向けながら、僕に言った。


「あの……どこか変だったりするでしょうか……?」


「そ、そんなことないよ! 全然!」


 僕は慌てて、自分の意見を述べる。


「その……凄く似合っていたから……」


 朱色の着物を身に纏い、普段は下ろしている長い黒髪を結わえている姿は、まさに大和撫子という言葉がピッタリな姿で……。


 正直に言ってしまえば、その可憐な姿に思わず見惚れてしまっていたのだ。


「あっ、ありがとうございます……っ! 私も気に入っているんです、この着物」


 頬を少し紅潮させながら、頬が緩む様子を見る限りちゃんと誤解は解けたようだ。


「では、私たちもお参りに行きましょうか」


 こうして、小榎さんは僕の横を歩く形で一緒に神社の本殿へ向かうことになった。



◇ ◇ ◇



「瀬和くん、今日は寒い中有難うございます。私のわがままを聞いてもらって」


「ううん、気にしないで。僕も予定はなかったし、学校以外で小榎さんと会うのは久々だったから嬉しいよ」


 小榎さんから『初詣に一緒に行きませんか?』と連絡を受けたのは、丁度クリスマスも終わり、僕が早めの大掃除を始めているときだった。


「でも、凄いよね小榎さん。今年から始まるアニメの役も決まったんでしょ?」


「はい、お陰様で少しずつ仕事を頂けるようになってきて……ただ、やっぱりまだ主役どころか、ちょい役くらいでしか呼ばれないんですけどね」


「十分だよ! 僕、小榎さんの名前がEDクレジットで出るたびに凄いなぁって思うし」


 僕がそう告げると、小榎さんはまた照れたように頬を掻いてお礼を言った。


 小榎さんは現在、『環音わおんつぼみ』という名義で声優活動をしていて、僕は偶然そのことを知ってしまったのだ。


 ただ、小榎さんは自分が声優活動をしていることを隠していて、僕がその秘密を知ってしまったと分かった時は相当焦っていたんだけど、僕もライトノベル作家を目指して活動をしていると知ってからは、互いに秘密を共有する仲になったのだ。


「有難うございます。こうやって応援してくれる瀬和くんの為にも頑張らないといけませんね」


 そう言って頷く小榎さんを見ていると、僕も自分の夢に向かって努力しなくちゃと思う。


 やっぱり、僕は小榎さんと友達になれて良かった。


 こんな感じで、お互いの近状などを話しあっている間に僕たちは神社の本殿へと到着し、賽銭箱までの列へと並んで祈願をおこなった。


 僕が先に終えて、そのあとに小榎さんが手を合わせてお参りをしたのだが、その横顔は真剣なものであると同時に、やはり見惚れてしまう美しさがあった。


「――お待たせしました。こういうのって、ついついお願い事を増やしちゃいますね」


 しかし、小榎さんは僕が隣でそんなことを考えていたとは露知らず、冗談を交えながらお参りを終わらせた。


「瀬和くん、この後はどうしますか? 屋台もありますし、もう少し周りを歩いてみても良いかと思いますが……」


「そうだね、あと、僕も屋台でちょっと寄りたいところがあるんだ」


 と言うのも、僕が初詣に行くと言ったら、


『それならベビーカステラ買ってきて~~!! あっ! あとリンゴ飴も!』


 という叶実さんからのお使いを頼まれてしまったのだ。


 本人はまだ布団の中で初夢を見ているかもしれないが、僕が甘い匂いと共に帰ってくれば、すぐに目を覚ますことだろう。


「分かりました。あっ、ですが、その前におみくじを引いてもいいですか? 毎年、ゲン担ぎで引いているんです」


「そうなんだ。じゃあ、僕も引いておこうかな?」


 そして、僕と小榎さんはそのままおみくじが売っている場所まで行って、互いにくじを引いた。



 果たして、その結果はというと――。



「……吉、か」


 なんというか、良くもなく悪くもない至って普通の結果だ。


 他の詳しい運勢も見てみたけど、簡潔にまとめると『それなりに良いことがありますよ』という感じだった。


 まあ、それも僕らしいといえば僕らしくもあるけれど。


「わぁ、見てください、瀬和くん! 大吉ですよ!」


 一方、小榎さんはしっかり運も味方についているようで、見事に大吉を引き当てたみたいだ。


「流石だね、小榎さん。きっと今年はいい年になるよ」


「はい、仕事運も『努力は必ず実る』と書いてありますし、他にも……」



 と、ここでおみくじを持っていた小榎さんの話しがピタリと止まる。


 もしかして、何か不運なことでも書いてあったのかと不安になったのだが――。



「え、えっと……れ、恋愛運も凄く良いみたいで……『想い人との恋は成就する』と……」


「えっ?」


「い、いえ! なんでもありません! と、とにかく良い結果が出て安心しました!」


 そう言うと、小榎さんは慌てておみくじを自分の鞄の中に入れてしまった。


「で、では! 次は屋台に行きましょう!」


 そうして背中を向けてしまった小榎さんは、そのまま僕から逃げるように歩いて行こうとする。


 な、なんだろう……。個人的には物凄く詳しく聞きたい話題なんだけれど、決して深掘りはしないでくださいという意志が小榎さんからひしひしと伝わってきた。



 ――ただ、こうして小榎さんと話したり、一緒にいる時間は僕にとってとても大切な時間で、特別なものなんだと実感してしまう。



「あの、小榎さん」


「は、はい!? なんでしょう!?」


 僕の呼びかけに反応して、何故か目が泳いでいるのは気になったけれど、そのことには触れずに、僕は小榎さんに告げた。



「小榎さん、今年も宜しくね」



 一瞬、ポカンとした表情を浮かべた小榎さんだったが、すぐにいつもの優しい笑顔を浮かべてほほ笑んだ。



「はい、こちらこそ。瀬和くんには、いっぱい応援して貰わないといけませんからね」



 そう言った彼女の顔は、どこか誇らしげで、やっぱり僕は、その笑顔がとても素敵だと思うのだった。

 

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