甘えたがりなぐうたら彼女と、僕の日常はこれからも続く

ひなた華月

お正月①『今年もよろしくお願いします』


「10……9……8……7……6……5……」


 スマホに表示されたデジタル時計を見ながら、彼女は緊張した面持ちでカウントダウンを開始される。


「4……3……2……1……!」


 そして、数字が『0:00:00』となったところで、


「明けましておめでとう~~!!」


 パァン! と、持っていたクラッカーが激しい音を鳴らして祝砲をあげた。


「おめでとう津久志つくしくん! ハッピーニューイヤー!!」


 パチパチパチと拍手を送りながら、満面の笑みを浮かべる彼女。


「はい、おめでとうございます、叶実かなみさん」


 そして、一拍遅れて鳴らしたクラッカーの中身を回収しながら、僕も叶実さんにお祝いの言葉を告げた。



 彼女の名前は、夢羽ゆめは叶実かなみさん。


 ひょんなことから僕は叶実さんの家にほぼ居候という形で住むことになったのだが、詳しい内容はここでは割愛させてもらうことにする。


 もし知りたい人がいて下さるなら、前作の『甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?』を拝読して頂けると嬉しく思います。



 以上、解説終わり。

 そんな訳で、引き続き、僕と叶実さんとのやり取りをお楽しみください。


「いやぁ~、やっぱり年明けの瞬間って特別感があるよね! こう、ワクワクするっていうか、何か楽しいことが起こるって感じがする!」


「そうですね、なんとなく分かる気がします」


「だよねだよね! ってことで、津久志くんも一緒に乾杯だ!」


 そう言うと、叶実さんは炬燵こたつの上に用意していたジュースをお気に入りのマグカップに注ぐ。


「ほらほら~、津久志くんも遠慮しないでグイッといっちゃいなよ~」


 にしし、と不敵な笑みを浮かべる彼女は、本人的には精一杯の悪い顔を作っているつもりらしい。


 一応、僕より年上なんだけどな、叶実さんって。


 ただ、いつものふわふわしたピンク色のパジャマに、最近は通販で買ってすっかりお気に入りの半纏(本人は『ちゃんちゃんこ』と呼んでいる)を羽織ってぐうたらしている姿は、まさに古き良き日本の年末年始の風景である。


 ただ、見た目も行動も子供っぽいとはいえ、叶実さんはちゃんとした社会人であり、僕は乾杯の前にどうしても確認をしておかなければならないことがあった。


「あの、叶実さん。大変申し訳ないんですけど、乾杯の前に姉さんから一つ確認しておけって言われていることがあるんですが……」


 そう告げると、今までニコニコしていた叶実さんの顔が一瞬で凍り付いた。


 だが、僕は自分の課せられた任務をこなすため、心を鬼にして叶実さんに言った。


「今年こそ、新作の原稿を完成させてくれるんですよね?」


「ももももももももももっ、勿論だよっ!」


 まるで早口言葉に挑戦したような返事をして、叶実さんは宣言する。


「当たり前じゃないか津久志くん! このわたしが今まで嘘をついたことがあるかね!?」


 言葉をつまらせるどころか、口調まですっかり変わってしまった叶実さんに対して、僕ははっきりと告げる。


「姉さんには、年を越すまでには原稿を渡すって言ったって聞いてますけど?」


「…………それとこれとは話が別だね!」


「別じゃないですよ!」


 思わずツッコミを入れてしまった僕に、必死に反論をする叶実さん。


「だ、だって! 年末なんてどこのソシャゲもイベント開催されたり、超レアキャラが出現したり、色々大変だったんだよ!!」


「……はぁ、つまり、遊んでて原稿が進まなかったんですね?」


「う、ううっ……ごめんなさい」


 さすがに自分が悪いと分かっているのか、今日は意外とすぐに引き下がる叶実さんだった。


 夢羽叶実さん。

 彼女の職業は、ペンネーム『七色咲月』という名前で活動している今をときめく売れっ子ライトノベル作家だ。


 デビュー作『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』、通称『ヴァンラキ』も最終巻が刊行され、大好評のまま作品は幕を閉じた。


 ただ、そうなると読者たちが期待をするのは『七色咲月』の次回作であり、彼女の担当編集である僕の姉さんや僕も全力でサポートに回っているのだが、結果は先ほどの僕とのやりとりを見て頂いたなら、もうお分かりだろう。


「ごめんね……津久志くん、わたしの為にいつも料理作ってくれたり、家のことだって全部やってもらってるのに……」


 ぐすんっ、といつの間にか炬燵から出て正座をして項垂れている姿を見てしまうと、流石に僕も年が明けた早々に聞くべきことではなかったかな、と反省してしまう。


「……分かりました。姉さんには、ちゃんと今月に打ち合わせができるくらいまでは進みそうだって伝えておきます」


「津久志くん……!」


 一応、僕も名目上は叶実さんのお手伝いという形で一緒に住むようになって、ぐうたらしている彼女の姿もいっぱい見ているけれど……。


 それと同じくらい、彼女がパソコンの前で頭を抱えながら原稿に向かっている姿も見ているのだ。


 その頑張り分くらいは、僕が譲歩しても許してくれるだろう。


 まあ最悪、僕が姉さんに怒られるかもしれないけれど。


「ありがとう~~! 津久志くん~~!!」


「うわっ!?」


 しかし、そんな僕の心境などいざ知らず、叶実さんは両手を広げながら僕に抱き着いてきた。


「津久志くん~~! やっぱり津久志くんは優しいから大好きだよ~~!」


 普段使っている柔軟剤の匂いと、叶実さんの体温が伝わって来る感覚のせいで、僕の顔は一瞬で真っ赤になってしまう。


「かっ、叶実さん! 分かりましたから一度離れてくださいっ!」


 出来るだけ乱暴にならないように、なんとか叶実さんを自分の身体から離すことに成功する。


「とっ、とにかく! お正月が終わったら、遊んでばかりいないで原稿もちゃんとしてくださいよ……」


「うんうん、分かってるってば~。それじゃあ、改めて乾杯しよっか。お菓子もいっぱい用意してるしね!」


 一方、叶実さんはいつも通りの様子で再び炬燵こたつに戻ってマグカップを手にする。


 どうやら、彼女にとってはスキンシップの一環だったようで、変に意識してしまった僕のほうが恥ずかしくなってしまう。


 僕はそれを誤魔化すように、叶実さんに合わせて自分のカップに手を伸ばして掴む。


「津久志くん、去年はお疲れ様でした。わたし、津久志くんが一緒にいてくれて、すっごく楽しかったよ」


 そして、満面の笑みと共に僕に対する労いの言葉をかけてくれる叶実さん。


 その屈託のない感謝を述べられてしまうと、抱き着かれた時とはまた違う気恥ずかしさがこみあげてくる。


 だけど、僕は叶実さんの言葉を素直に受け止めて、返事をした。


「はい、僕も叶実さんと一緒に過ごせて楽しかったです」


「えへへ、そっかそっか♪」


 そして、叶実さんは僕の言葉に満足したように笑った。



「津久志くん。今年もよろしくね」

「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします、叶実さん」



 僕たちのカップが、カチンッと音を鳴らして年越しを祝う。

 どうか今年も、素敵な一年になりますように。


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