七十二話 そこは一応安心

「少し、血の匂いも残っていますね」


「地面は……既に乾いてるか。時間的には、数日前か」


明らかに、ワイバーンが何者かと戦った。

そう思える現場を発見し……クランドは無意識に口端を吊り上げる。


(噂は間違いではなかったな。必ず周辺にワイバーンが……いや、極論ワイバーンでなくとも構わない。これだけの攻撃が繰り出せる存在がいるなら、それで良い)


主人の無意識に浮かべる笑みを見て、リーゼは直ぐに何を考えてるのか悟った。


「……ワイバーンは、街を狙ると思いますか?」


「アブスタをか? ……どうだろうな。亜竜ではあるが、Cランクだ。ゴブリンやオークジェネラルならまだしも、同族を率いるカリスマ性とかはない」


Cランクの中でもトップクラスの戦力を有している。

これに関しては、クランドも異論はない。


ただ、種族とその戦力を考えれば、同族を従えて人間の街を滅ぼすことは、ほぼ不可能だと考える。


「それならば良いのですが」


「まっ、挑んだ冒険者は犠牲になるかもしれないがな」


その言葉には悪意や、同業者を下に視る傲慢さなどは含まれておらず、ただ単純に事実だけを述べていた。


クランドも、友人と呼べる存在が襲われていれば、積極的に助けようとする。

しかし、ただの同業者であれば、ご愁傷様という感想しか出てこない。


「容易な相手ではありませんからね。ですが、悠長にしていれば、先に奪われるかもしれません」


「それは嫌だな……でも、そろそろ日が沈むし、今日は終わりだな」


速足でアブスタに戻り、冒険者ギルドへ直行。


リザードマンの鱗を規定量納品し、依頼完了。

その後、余った素材や道中で襲い掛かってきたモンスターの素材は、いつも通りギルドに売却。


「うわっ、量おかしくないか?」


「数日分の量、か?」


「量的にはそう思えるけど、それはそれでちょっとおかしくない?」


「噂通りの実力者、なのかもな」


冒険者らしく、ギルドに素材や魔石の買取をお願いする。


一度に出したその量に、ギルド内に居た多くの同業者は大なり小なり驚いた。


ルーキーの中には、二人の容姿が整っていることもあり……同じルーキーなのにこの差は何なんだ!!! と理不尽にキレることはなく、憧れを抱く者もいた。


当然、ハリストンで絡んで来たルーキーたちみたいに、その容姿と実力に嫉妬するルーキーもいるが、今回は意外にも憧れを抱く者がそれなりにいた。


「あっ、そういえば」


思い出したかのように、クランドは買取を担当していた受付嬢に、先程発見した場所について伝えた。


「「「「っ!!」」」」


その情報を知らなかった冒険者たちにとって、多くの意味で有難いと感じた。


「良かったのですか、あの場所について伝えて」


「冒険者ギルドには伝えておいた方が良いだろ」


酒場へ向かう道中、リーゼは先程のやり取りについて主人に尋ねた。

伝えるにしても、周囲に伝わらないやり方はなかったのか? そう疑問を持ったが、クランドにはクランドなりに

考えがあった。


「特に関りがない連中が死んだとしても、どうとも思わないが、危険区域ぐらいは伝えても良いと思ってな」


他の種族と戦闘した場所……その他にも、縄張りだと示す場所の可能性もある。


熊系のモンスターであれば、木々に大きな爪痕だけを残すが、ワイバーンなどの竜種に関しては、木ごと破壊するケースも確認されている。


「なるほど、そういう理由だったのですね」


理由を聞いて、リーゼは納得。

元々クランドに優しさがあるのは知っていたため、理由を聞いても疑問が残ることはなかった。


ライバルに先を越されることはあっても、先程の場所について伝える……改めて主人はお人好しだと感じた。


そんなクランドの優しさを理解していない者は当然おり、ギルド内ではクランドを小馬鹿にする者もいた。


自分たちが得た情報を他者にタダで伝える。

確かにバカといえば、バカである。

翌日からその場所周辺を探索しようと決めたパーティーがいくつかいた。


(あのバカ共……なにも理解してないな)


今朝、クランドたちに対して愚痴や嫌味を呟いていた者たちを、正論で両断した青年は再度、何も理解していないバカたちに苛立ちを感じていた。


「どうしたの? 機嫌悪いじゃない」


「バカが何も理解してないのを見てたら、そりゃイラつくだろ」


「……あぁ~なるほどね」


青年の仲間である女性冒険者は、青年が何にイラついているのか直ぐに理解した。


「あの二人を随分評価してるのね」


「そんな上から目線でいられる立場でもないが……どう視て考えても、ただのルーキーではないと思っている」


ワイバーンを狙っているとなれば、ライバルと呼べる存在ではあるが、その実力を認められないほど青年は幼くない。


だが、自分が……自分たちが必ずワイバーンを倒すという闘志は、他の冒険者たちと同じく燃え上がっていた。



とはいえ、その闘志が必ず結果に出るとは限らない。

翌日の夕方手前に、先日クランドに絡んでサクッと倒された冒険者たちが、ボロボロの状態でギルドに戻ってきた。

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