九話 本人のその気がなくとも

「っ!?」


クランドがキャントを始めた瞬間、リックの目の前から消えた。


距離を考えれば、十分槍で牽制する余裕がある。

間違っても、一歩も動けず殺られる……なんてことはあり得ない。


それでも……視界から消え、気配を直ぐに感じ取ることが出来なかった。

油断もあっただろう。


だが、それでも事実として……クランドが速過ぎた。

離れた場所から二人の様子を見ていた騎士たちも、クランドを線でしか終えなかった。

これは騎士たちの実力が低いのではなく、これも意識の低さ故に見失いそうになっただけ。


「カバディ」


二回目のキャント。


これをリックの耳は確かに聞き取った。


しかし、気付いた瞬間には宙を飛んでいた。


(なっ!?)


自ら後方に跳んだわけではない為、美味くバランスが取れない。

その結果、着地に失敗して尻餅をついてしまった。


クランドはいったい何をしたのか?

それは……ただ、軽く手のひらでリックの腹を斜め上に押しただけ。


フーネスと模擬戦を行った時の様に、掌底を加えたわけではない。

優しく腹に手のひらを添え……内臓を壊さない程度に押し上げた。


その結果、リックは大きく後ろに飛ばされ、無様に転んだ。


「カバディ」


そしてリックが慌てて立ち上がろうとした時、既に隣にはクランドが立っていた。 


「これで終わりですね」


「……ふざけっ!?」


リックが吠えようとした瞬間、魔力の刃が首元に添えられた。


「終わりですよ。俺が少しでも刃を動かせば、リックさんの首に突き刺さります」


洗礼された魔力の刃が首に添えられている……どう考えても、決着の形。


ここでリックが素早く首に魔力を纏っていれば、また話は別だった。

しかし、完全に虚を突かれたリックにそんな余裕はない。


「俺のことは……憤慨してくれる友人がいるんで、別に構いません」


年齢が年齢なので、貴族の子供特有のプライドなども相まって、マウントを取りたい年頃だというのは解る。


高校生が小学生からのマウントを真に受けるのは良くない。

そういった心構えがあったが、それでも無視できない部分はある。


「それでも、絶えず努力を重ねている人間の侮辱は止めてください」


その人間とは誰なのか、この場にいる者全員が解っている。


実際のところ、リック以外にも槍を使い……槍技のスキルを習得出来していない弟に負けたフーネスを、陰でバカにしている者たちがいた。


そういった愚か者たちは皆、クランドが言葉を発した時……自分にもリックと同じ様に、首元に魔力の刃を突き付けられた……と、錯覚した。


「では、この勝負俺の勝ちということで」


魔力の刃を消し、友人の元へ戻る。


「ッ!!」


リックが勢い良く立ち上がろうとしたところで、クランドは再び口を開いた。


「後ろから襲い掛かるのであれば、両手両足を折ります」


自分の動きが読まれていた。

そしてクランドから本気だという意志を感じ取り、動きを止めた。


(なんだよ……こいつは)


完全に負けたと本能が理解している。

後ろから仕掛けようとしたのは、ちんけなプライドを守るため。


だが、それ故の行動も見破られていた。


槍技のスキルを習得して当たり前の家から生まれた落ちこぼれ。


確かに……槍技のスキルレベルが中々上がらないどころか、習得すら出来ないといった点を考えれば、落ちこぼれなのは間違いない。


しかし、クランドの場合は槍技のスキルを出来ないだけであって、戦えない訳ではなかった。


「流石だね、クランド。でも、どうせなら思いっきり殴ってしまえば良かったのに」


「はは、そうかもしれないな。けど、本気で殴ってたから殺してたかもしれない。それは良くないだろ」


「そうだね。向こうが突っ掛かってきたにしろ、そうなると面倒なことになるのは避けられない……それでも、加減した良いのを入れても良かったんじゃないかい?」


クランドが殴らないなら、自分が思いっきりぶん殴ってやりたいと、本気で思っている。


「……あそこで止まらず襲い掛かってきてたら、本当に両手両足を折ってたよ」


そこに関しては本気だったのだと解り、少しだけ怒りのパラメータが落ち着いた。


(やっぱり、クランドは鬼強いね)


クランドとリックがぶつかる。

そういう流れになった時から、クランドの友人は自分の友達が勝つと信じていた。


彼だけは、令息令嬢たちの中で数少ない……槍技を習得出来ずとも、身体能力がズバ抜けていると覚えている者。

そして目の前で一歳年齢が上の令息を圧倒し、その身体能力が着実に成長していると感じ、クランドは本物だと思った。


二人のバトルが一瞬にして終わった後、リックは悔しさやらなんやらで、パーティー会場から飛び出そうとした。


そして騎士の一人が同情し、居ても問題無い場所へと案内。


その後もクランドの話し相手は友人、一人だけ。

ただ、明らかに周囲の子供たちがクランドに向ける眼、感情が変わった。


(別に誰から構わず喧嘩を買う訳じゃないんだから、そんな怯えなくても良いのに)


本人はそう考えていても、今までクランドのことを落ちこぼれだと侮辱し、馬鹿にしていた者たちは気が気ではない状態になるのも、無理はなかった。

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