八話 何も見てないだろ
「これはこれは、ライガー家の期待の星だったクランドじゃないか」
「リックさんか。久しぶりですね」
クランドに声を掛けてきた人物はリック・スプース。
フーネスと同じ歳であり、伯爵家の令息。
槍の名家……という部分まで似ているが、格としてはライガー家の方が数段上。
その為、スプース家の者の多くはライガー家の人間を敵視する傾向にある。
そんなスプース家の者たちにとって、ライガー家史上最強の槍士になるかもしれないと噂されていたクランドは、非常に目障りな存在。
格式的に、容易に手を出せる存在ではない。
関係性的にも、仮にクランドが外部の人間に殺されてしまうと、真っ先に疑われる対象になる。
「ふん、相変わらず何を考えてるのか解らん顔をしてるな」
「……それはどうも」
リックは見下しているつもりだが、何を考えているのか解らない顔……というのは、貴族にって褒め言葉。
だが、リックがそれを知っているわけがなく、純粋に見下しているつもりだった。
(フーネス兄さんのライバル的な人だよな……俺に何の用なんだ?)
友人とゆっくり話していたいので、正直……早くどっか行ってほしかった。
「余裕ぶっているが、お前が絶望しているのはお見通しだ。なんせ、槍技のスキルを習得出来ず、挙句の果てに訳の分からんスキルを習得したんだからな」
クランドを思いっきり馬鹿にし、続けて高笑いするリックに、周囲の令息たちは……あまり否定的な眼を向けていなかった。
何故なら、魔法を扱う才こそないが、魔力量は年々順調に増加している。
そして身体能力は同性代を圧倒しており、武器の扱いは槍以外も並ではなかった。
交流会では、槍以外の武器を使い、同年代の子供たちを倒したことが何度もある。
槍を使わずとも、一級品の実力を持っている。
それがクランドの評価だったが……大前提として槍技のスキルを習得出来ないとなれば、話が変わってくる。
(残念だとは思ったが、別に絶望はしてないんだけどな……それをわざわざ確認したかったのか?)
溜息をつきたくなる場面だが、クランドはそれを抑えて返答した。
「確かに歴史上、今まで存在しなかったスキルですが、これから研究のし甲斐があるというものです」
名前については色々と知っているが、実際のところ、まだ全ての効果を把握していない。
鍛えていかなければ、手に入らない能力もある。
それらを考えると、クランドの言葉は決して嘘ではない。
ただ、リックにはクランドが強がっている様に思え……見下すような態度を変えることはない。
「……ここまで言われて、現状を覆そうとする勇気もないとは……落ちたも同然だな」
やれやれ、といった様子で肩をすくめるリック。
言いたい放題言い続けるお坊ちゃんに対し、クランドの友人は怒りを我慢するのが限界に近い。
それでも、言いたい放題言われている本人が「俺は大丈夫だ」と手でサインを送っているので、ギリギリ我慢している。
「えっと、リックさんはもしかして俺と戦いたいんですか?」
会話から、もしかしたら戦いを挑まれるのを楽しみにしている? と思い、一応確認を行う。
「……はっはっは!! 何を言うかと思えば……お前にその度胸があるなら、受けてやっても良いとは思っているが、そんな勇気も枯れているだろう」
「枯れているというか、やるだけ無駄だとは思ってますね」
挑発と受け取れる言葉。
普通なら、ここでクランドに対して怒りを向ける場面ではあるが……リックは本当に自信過剰状態となっていた。
「ふっ、戦略的撤退と考えているのかもしれないが、期待の星も落ちぶれたものだな」
期待の星と呼ばれるのは少々恥ずかしかったので、クランドとしては寧ろ呼ばれなくなって良かったと思ってる。
(ん~~~……この人、どっちなんだ? 俺と戦いたいと思ってる様な気がするんだけど……でも、フーネス兄さんより強いとは思えないしな)
現在はあまり仲が良くなくとも、不良になってはおらず、毎日限界を超える勢いで訓練を行っている。
あれ以降手合わせはしていないが、リックよりも強いと解る。
「せっかく楽しく食事ができる場所なんですから、お互い楽にしましょうよ」
なるべくリックの怒りを買わないように、さっさと俺から離れてくれという意味を込めた言葉を送る。
しかし、クランドの思いは一ミリも届いていない。
「はっはっは!! どうやら根っこも落ちて腐ってしまった様だな。こんな奴に負けたフーネスも、もう取るに足らない存在か」
「……は?」
小さく……僅かに怒りが籠った呟きは、リックの耳に入っていなかった。
「私のライバルと言える存在かと思っていたが、落ちた弟に負けるとは……あいつも所詮はその程度の存在だったという訳だ」
一応他にも令息や令嬢がいる為、言葉は選んでいる。
それでも……リックがフーネスを見下し、馬鹿にしていることだけは理解出来る。
(普段のフーネス兄さんを見てもいないくせに、本当によく吠えるな)
気が変わったクランド。
直ぐに護衛の騎士に頼み、幼い令息が扱う木槍を取ってきて欲しいと頼んだ。
「ほぅ。吠える牙だけは残っていたか。言っておくが、俺は甘くないぞ」
「そういうのはもぅ良いんで、さっさと始めましょう」
「ふん、生意気な……おい、何故槍を持たない」
頼まれた騎士は二本の木槍を持ってきたが、クランドはそれを地面に置いた。
「槍技のスキルを習得していないのですから、使う必要はないでしょう。さぁ、始めますよ」
リックがこれ以上吠えるのを遮り、手合わせを始めた。
周囲の子供たちは十中八九クランドの負けを予想していた。
ただ、多くの子供たちがライガー家の生まれなのに槍技のスキルを習得出来なかったという話題に、記憶を上書きされていおり……すっかり忘れていた。
「カバディ」
目の前の同性代の少年が、身体能力お化けだということを。
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