後ろにいたのは……?

ポンポン帝国

後ろにいたのは……?

 大学一年の秋の夕暮れ時のこと。


 俺は九階建てのⅠ号棟の階段を上りきったところで、廊下に居た宮野に会った。


「あれ、まだ宮野は残ってたんだ?」


 誰も居ないと思っていたので、ホッとしていた。


「うん、レポート書いていこうと思ってやってたら遅くなっちゃって……。ゆうやは、だいぶ前に帰らなかったっけ?」


「Ⅰ号棟で明日の準備してから帰ろうと思ったら、こっちに忘れ物したの思い出したから取りに戻ってきたんだよ。ほら明日からこっちの館には、もう来ないからさ。」


「あぁ、そうだったね。ゆうやは今から時間ある? あるならここで少し話したいんだけど……」


「ん? まぁ時間はあるけど?」


 スマホで時間を確認しながら答える。


「よかった。立ち話もなんだから、そこ座らない?」


 教室の壁にくっついている椅子に座ることを促してきたので、俺は奥の窓側に座り、階段側に宮野が座る。


「急になんだ? 話って。その様子だと告白って感じじゃなさそうだな」


 軽い雑談程度の話だと勝手に思い込みながら座って、振り返ったら凄く真剣な顔をしていたので、内心焦りながらも冷静を装って話を聞く。


「え? 何告白って?」


「いや、忘れてくれ、何でも無い。で話ってなんだ?」


 真剣そうな顔をしてた筈の宮野は、首を少し左右に振ったあとに。


「明日からグループ別の棟になっちゃうから少し寂しいなと思って」


「まぁ、グループ内容によって必要な道具が違うから、仕方ないんだろうな。持ち出し禁止の本とかあったりするからさ。それに寮のやつは会えないわけじゃないんだろ?(さっきの真剣そうな顔は何だったんだ?)」


「そうだけど。時間が合わなくなったりするから……」


「あ~終わり時間がね……(軽い雑談そうで良かった)」


 明日からのことを話している内に、ふとスマホを見たら30分経っていた。


「時間まだ大丈夫?」


「あぁ、平気だよ。」


「……ねぇ、前々から気になってたんだけど、何でゆうやは、ここの棟だけ……エレベーター使わないの? この前、乗るの誘った時も断ってわざわざ階段使ってたよね? それがずっと気になってたんだ」


 急に真剣な顔に戻って聞かれたので、


「え?」


 思ってもいない会話内容に驚いて、なんて返そうか返事に困っていると。


「Ⅰ号棟は五階建てなのにエレベーターを使ってて、ここの棟は九階まであるのに使わないなんておかしいな? って思ってたの。最初の頃は乗ってたのに、なんで?」


「う~ん。」


 俺は更に返答に困って俯きながら唸る。


 まさかエレベーターの向かい合わせになっている鏡に、『人の形をした何か』が写っていたから、怖くて乗れないなんて言えないよな……。そもそも、『そんなこと言ったら変に思われるんじゃないか』とか、『まだこの棟を使う宮野を怖がらせたくない』とか考えていたから。




「見えたの?」




 思わず俺は振り返って宮野を見る。俺は驚いていたが、宮野はさっきと変わらない。


「見えた、って何の話だ?」


「とぼけないでよ、凄く顔に出てる」


 クスクス笑いながら宮野は言う。


「私も前に”一緒に乗った時”、鏡に見えたから大丈夫だよ」


「なんだよ。」


 うなだれる俺。


「驚かせてごめんね? 私も時々『そうゆうの』が見えるから」


「そうだったんだ……」


 そう話しながらも違和感があった。


「なぁ・・・さっき『一緒に乗った時』って言ったけど、一人で乗った時は?」


「1人の時は見ないよ?だから普段私はエレベーター使ってるし。」


「まじか・・・。」


(俺は1人の時じゃなかったけど2度見てから乗るの嫌になって、それから乗るのやめたのに・・・・・・。ってその2度見た時、宮野居た気がする!)


「なぁ?」


 ふと浮かんだ疑問を聞こうとした時。






 バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バンバン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン。



 急に背もたれの”誰も居ない筈”の教室から無数の手で壁を叩くような音がした。音は直ぐに鳴りやんだが、俺は驚いて寄りかかっていた背もたれから、少し背中を離して慌てて振り返る。


 ハッとして宮野の方を見ると、壁に寄りかかっていた筈の宮野も少し前のめりになって、驚いた顔をしながら俺を見て。


「何!?今の音!」


「分かるかよ!てか、この階には俺達以外、もう居ない筈だよなぁ……」


 ヤバいやつでも居るのかと、考え込んでいたら


「教室、確認する?」


「(はぁ!?)いや、俺は見ないよ」


「ちょっと確認してくるね!」


「まじで!?」


 宮野はすっと立って、教室を覗きに行ってしまった。


「何にも無いし、居ないよ?」


「そうなんだ、(良かったぁ~)じゃあさっきの何だったんだろう?」


 座ったままの俺の横に、宮野は戻ってきて座る。


「さぁ?何だったんだろうね? 随分うるさかったからビックリしちゃったけど」


 どこかこの状況を楽しんでいる様にも見えた。


「エレベーター前の鏡で見えたことに関係するのかな?」


「どうだろうな。」


 俺は俯きながら考える。


 少し嫌な感じがしたのもあって「そんなことない」とは言えず、宮野の方を再び見ると、


 さっきまで笑っていた筈の宮野は、急に驚いた顔になる。


 俺に驚いたのではなく、”俺の後ろの方”に目線がいっている様な気がしたから、振り向こうとしかけて


 「絶対に後ろ見ないで!」


 慌てた宮野は、俺を振り向かせまいと首を抑えたので少し痛い。


「立って!!」


 そう言いながら立ち上がり、俺の鞄を持つと「今すぐ持て」と言わんばかりに押し付けて、俺の手を引っ張った。


「下の階まで走るよ!その間、絶対に後ろ見ないでね」


 宮野が走り出したので、俺も追いかける。



 ”見ないで”と言われると凄く見たくなったが、後ろに居ることに気付くと”それ”はヤバい感じがして、見る気になれない。


 降りる途中、宮野はチラチラと確認している様にも見えた。


 どんどん降りて行ったのでてっきり一階まで降りるのかと思っていたら、急に宮野が止まる。


「この階まで降りれば、とりあえず大丈夫だよ!」


「何で!? まだ五階じゃん!!」


 俺も宮野も息を切らしながら話す。


「この階・・・、来たこと無いの?」


「俺、この棟、9階しか使った事ないな。」


「そっか・・・この階は図書室みたいになってて人がこの時間でも割と多く残ってるから、”さっきの人”人が多い時には見たこと無いから、たぶん……とりあえず大丈夫かな? って」


「たぶんって」


 よく見ると体力が無いのか、まだ少し息を切らしている様に見える。


「ちょっと、ここのトイレ寄っていい?直ぐに出るから、待ってて。」


 そう言うとトイレに入って行ってしまったので、大人しく待つ事にした。


(って滅茶苦茶聞き流したけど”さっきの人”って何だ!?そういえば言われるままに動いたけど、俺の後ろに何が”居た”っていうんだよ!出てきたら聴いてみよう)


「お待たせ」


「なぁ、”さっきの人”ってさっき言ってたけど、俺の後ろに何が居たんだよ?」


「あぁ・・・その話はこの棟を出て、どこかのお店で話してもいい? また話してて追いかけて来られても困るし。」


 まだ”何か”を警戒するように言いながら、また階段を降り始める。


「ついて来ないといいんだけど・・・。」


「何が?」


「さっきの人。」

結局それ以降、一階まで階段で降り切って、外に出た。


「ちょっと後ろを見ないで待ってて。」


 宮野は振り返って出入口を確認した後に、さっきまで話し込んでいた九階の窓を見るかの様に上を向いている。


「うん、ダメだね、あっちの喫茶店行こう。」


「お、おう。」


 何がダメなのかも全然分からないまま、俺はそのままついて行くことにした。


 十分くらい歩いたところの喫茶店に入って、互いに注文を済ませ席に着く。席に着くまで無言だったけど、ずっと気になっていたので尽かさず俺は聞いた。


「早速さっきの事だけど、なんだったんだよ? さっき、人とか言ってたよな?」


「うん……。その、追いかけて来た”人”なんだけどね」


 急に歯切れが悪い感じで宮野が話し出すが俯いてしまった。


「なんだ急に、さっきまでの勢いどこへいったんだよ?」


「うん……思い出したら急に怖くなっちゃって。ごめん」


「いや、うん、悪い。俺も何から逃げたか分からないからさ」


 気になっていたから仕方ないとは言え、答えを急かして気まずくなってしまった……。


 そして宮野は決心したみたいになって。


「あのね、その追いかけて来た人っていうのが、背の高い、白い服を着ていて、黒く髪の長い――――」


「ちょっとストップ!!」


宮野が追ってきた人の特徴を言いはじめて三つくらいで、当てはまる記憶があったので言葉を遮ってしまった。


「それってエレベーターでも見た……?」


 答えはYESだった。


「でも何で追いかけて来たんだ?」


「ちゃんとした理由は分からないけど。ただ前に見た時には降りていた腕が”上がっていた”から咄嗟に”ヤバい”って思ったら体が動いてた。一度踊り場まで降りた時にそれとなく確認したら付いて来てたから」


「マジかよ……」


 驚きすぎて、まともな言葉が出てこない。


「けど、外出た後に棟を見たら、元居た? 九階に戻ったみたいでそこから”こちらを”見てた感じがしたから、棟の前で話して出てきても困るなぁって思って」


「うん、それマジで困る。てか、怖すぎでしょ……。てか、追われてたのって俺?」


「う~ん。どうだろうね? さっき、私”ちゃんとした”理由は分からないって言ったけどね。前に噂話くらいは聞いたことがあって、それがまだ学校として使われる前の話でね」


 思い出そうとしてくれてるのか、少し悪い気がした。


「噂話レベルだから詳しくは分からないんだけど、あそこで背の高い女の人が亡くなったって話は聞いてたんだよね、聞いたこと無かった?」


「俺はそういう話しないから、全然知らなかったなぁ。まぁ、エレベーターで見るくらいだから、何かあってそこに居るんだとは思ってたけど、まさか追いかけられるとはなぁ」


「そうだね・・・、追いかけられるとは私も思ってなかったな」


 なぜかシーンとなってポケットから


『ブーブーブー』


「わぁ!?」


 会話の内容が内容だっただけに、俺は飛び跳ねるように驚いてしまった。


「大丈夫?」


「悪い、メールが来ただけだったわ」


スマホの時計をちらっと見たあと、メールの内容を確認すると、


『何時頃帰ってきますか?母より』


「やべっ! そろそろ帰んないと!」


「ごめんね?遅くまで引き止めちゃって」


「いや、ゆっくり話せるのも今日までだったし仕方ないよ。会計任せちゃっていいかな?」


そう言いながら財布を取り出す。


「うん、大丈夫、やっておくよ?」


「じゃ、これ、俺の飲んだ分」


 お金を渡すと俺は慌てて店を出て、バス停に向かって走った。


 バス停で並んでいる最中にふと思い出す。


(そういえば、聞けなかったな。何で他の奴らと乗った時に見えなくて、”宮野が一緒に乗った時”に見えたのか……。まぁ、もう聞けないし、諦めよう)


翌日、俺は別棟だった為に知らなかったが、後日、別の友人から聞いた話。


 宮野は”あの日”から暫く学校を休んだらしい……。

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