第7話 覚悟はいいかい?

 ――行くぜ、俺。布製のショルダーホルスターからランゲラウフを引き抜いた。表面はひんやりと冷えている。

 この銃をぶっ放して、奴らを撃ち抜く。そう言えばこの銃には何発入ってるんだ?

 替えの弾倉マガジンはどこにあるんだ?

 と言うかこれ、本物なのか?


「是良――走るよ」

「あ、ああ」


 二人は右手に風祭駅を見ながら東海道を東に向かって走り出した。常用車がギリギリすれ違えないくらいの窮屈な一車線だ。

 昔ながらの一軒家が多く立ち並んだ一直線を抜けると、次に右へと緩やかにカーブしながら陸橋の下に設置された踏切に差し掛かる。電柱に設置されたカーブミラーに二人が走り去る姿が反射する。


「おや、三下どものお出ましだね——」


 踏切の手前には三体のスライムがいた。大、中、小と言った具合に大きさに差があった。


「是良、覚悟はいいかい?」


 走る背中から刀を引き抜くと、右手一本で掴んだその刀で手前のスライムに斬りかかった。月光で刀身がきらりと光り、刹那、流れるように滅多切りする。


「そら、そら、そら」


 一振りの度に破片が飛び散り、やがてコアである巨大な一つ目が露出する。

 にたり、と笑みを広げた莫は、容赦もなく目玉へと切っ先を差し込んだ。ずぶり、ぷしゅり。呆気ない音を立てて、萎んで消える。

 あまりの手際の良さに是良は言葉を失っていた。刀身を引き抜きつつ、莫は不機嫌そうに振り返ると、


「是良!――さっさと戦え。これはキミの夢だ。キミが頑張らなくてどうする」


 それは叱咤だった。是良は咄嗟に「あ、はいっ」と他人行儀な声で返事をすると、右手に持った拳銃——魔銃ランゲラウフを構えた。

 狙いを定めたのは、莫の更に奥で待ち受ける、中くらいのスライム。


 ——どこを撃てばいいんだ?


 相手はスライム。急所らしい急所はない。


 ——いいや、さっきの莫を思い出せ。連打で外身を剥いで、コアを出してやればいい。きっとそうだ。


「あ、当たれ!」

 

 銃声。弾丸の発射と共に拳銃上部のトグルが立ち上がり、エジェクションポートより薬莢を排出し、次弾を弾倉マガジンから薬室に装填しつつ元の位置に戻る。

 最初の一発でスライムの身体からバレーボール大の片が吹き飛んだ。更にもう二発撃つと、狙い通りが現れた。焦点の定まらない眼球のようで、少しばかりの躊躇いがトリガーに纏わりつく。


「撃て、是良!」


 トリガーを弾き切る。最後の一撃は見事に眼球を貫いた。


「やるじゃん」


 中型スライムの崩壊を見届けた莫は最後の一体へと斬りかかった。しかし身体は分厚く、斬撃による切れ目がすぐに埋まってしまう。こうなると厄介だ。


「っち」


 スライムは反撃を繰り出す。表面がぼこりと膨れ上がったと思ったら、それは人ほどの大きさの拳となって莫を殴りつけた。


「っく」


 莫は衝撃で後方へと吹き飛ばされながらも距離を取るように着地する。丁度、隣に是良が並び、


「俺の力が必要か?」

「頼もしいね。そうでなきゃ」


 是良はランゲラウフを構え、銃撃する。弾丸は刀の一振りよりも強力だ。先ほどのようにスライムの断片が塊となって吹き飛び、二発目で更に奥へと到達した。


「ありがとう、是良」


 トドメを刺すために走り出し、打ち出された拳をステップで避けつつ横一線の太刀で切り裂きながら、やがて本体に到達する。


「獲った」


 半円を描くように刀身を振り抜くと、その切っ先にはスイカほどの大きさのある目玉が突き刺さっていた。

 月の女神に捧げるように刀を掲げる。くらり、と目玉が落下する。重力に従って落ちた場所は、莫が腹の底に宿す大きな口の中だった。

 

 歯のない蛸のような口先がくちゃくちゃと揉み解し、ごくりと飲み込んだ。


「わははは。うまい、うまい。良きかな、良きかな」


 戦いを終えた是良は一息つきながら、


 ——あれ、そういえば。


 ここに来てようやく、是良は自身の身体の異変に気が付き始めた。


 ――めちゃくちゃ走ったのに全然バテてない、っていうか、あんなに素早く走れたっけ?

 

 是良は運動が得意ではなかった。

 妹。真丸ケイと、いつも比較され、その差に人知れず傷ついてきた。


 ―—あの苦い、劣等感。


 ケイのように明るくはなく、友達も多くはなく――ありがちなスクールカースト下位の陰キャラ。

 もっと速く走れれば、もっと体力が続けば、もっと忍耐力があれば。もっと世界は変わったかもしれない。

 そう何度思ったか、是良にはもはや数えきれない。


「バカだね、キミは」


 踏切を渡った時、莫が背中から嘲笑った。まるで独白を全て聞かれていたかのようで、事実そうだったのだろう。


「な、なんだよ馬鹿って、」

「そうやって無駄に頭で考えようとするから悩みばかり大きくなるのさ。そして、こんな誇大妄想じみたまで見るようになる。そこに加拉太ガラチアの小僧まで呼び込んでしまう。いいカモだ」


 是良はその言葉にむっとして足を止めた。


「――なんのつもり?」


 振り返った莫が見たのは、こちらにランゲラウフの銃口を向ける是良の姿だった。

 アーティラリー砲兵・モデル。八インチの重たい銃身。オーストリア帝国に生まれた偉大な銃器設計士、ゲオルク・ルガーによって開発された傑作銃。

 ヒトラーナチス・ドイツ第三帝国によってされた、パラベラム・ピストルの銃口が、しかしふるふると震えながら莫を捉えている。


「……そう」


 何かを悟るように莫は呟いた。

 是良の目に映った莫の瞳には、やはりなんの恐怖も躊躇いも見えなかった。


 何を前にしても恐怖は無い。そんな存在は恐怖でしかない。拳銃を向ける是良は、これが自分を馬鹿にされた事に対する怒りなのか、それとも得体の知れない真っ暗な穴のような恐怖に対する反撃なのか区別が付かなかった。

 けれど、莫は知っている。是良を突き動かす感情の正体を。そしてそれは、先ほど是良の中で浮かんで消えたもの、そのものだった。


「是良、」


 瞬間に銃声が届いた。けれど弾丸は外れ、顔の横を掠めただけだった。


「く、来るな! 次はほ、本当に当てるぞ!」


 冷静さを欠いた、高ぶり。莫は「やはり」と納得する。

 狂気だ。狂気に囚われたね、是良。

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