第5話 加拉太の貴公子

 電車を降りて駅を出ると、南にある、開けた国道一号線とは反対の、北側の住宅密集地へと走り出した。

 ケイの家は是良の家の隣りにある。駅からはすぐの場所だ。

 到着。一軒家。玄関を開けて、入る。ケイの部屋は二階。是良の部屋と、窓と窓を突き合わせた場所にあった。


「少し、遅かったかも知れない」


 階段を上がりながら、少女―—莫はシリアスに言った。同時に、背負った刀の柄に右手を伸ばす。

 スカートの中は覗けるのか? その後を追う是良が聞き返す。


「遅かったって?」

「面倒な奴に、目を付けられたね」


 きん。

 黒い刀身を引き抜く。まるで時代劇の討ち入りを見てるみたいだと思った矢先、ケイの部屋に通じる木製のドアを蹴破って莫は突入する。


「乱暴だな、おい」


 部屋には誰もいなかった。

 けれど、ベッドは、ついさっきまで誰かが寝ていたと思わせる乱れ方をしている。


加拉太ガラチアの枕童子。お前、さては女の子を連れて行ったね?」


 莫は、この部屋にはいない誰かに向かって呼びかけた。いや、何かが居た。

 天井から滴る、黒い雨粒。ぽたぽたぽた。

 床にシミを作る。池を作る。やがて、最後の一滴が跳ね上がり、人の形を作った。

 全身黒いのっぺらぼうだ。


「……何すか、これ」

「この悪夢を作り出した元凶、物分かりの悪い下賤たちの長、」

「―—これはこれは、飴屋一家の若君ではありませんか。共喰いは捗っていますか?」

 

 のっぺらぼうに口が浮かび上がり、ぱくぱくと動いた。直後、

 ぴと、と、針が触れた瞬間に砕ける水風船のようにのっぺらぼうが裂けた。

 内側から、人が這い出てくる。それは、黒い学生服と学生帽に身を窶した、白塗りの少年だ。

 背丈は是良やバクと同じくらいで、白塗りされた顔立ちはしている。美少年のようだ。声ははきはきとして凛々しい。が、少し大袈裟な感じもする。男装の麗人のようでもある。


「洒落臭い」


 しゅん。

 と、刀を振るう。宙に舞う落ち葉さえ真っ二つにしてしまいそうな、風を生む横一線。

 すぱん。

 宙に首が跳ねていた。枕童子と呼ばれた、学生帽を被った、白塗りの美少年の首だ。

 くるくる。

 舞って、見事にゴミ箱へと入る。


「下賤の分際で真似事とは。弁えよ」


 呆気に取られた是良は、その断面図に釘付けになっていた。中身は人でない。

 眼だ。やはり眼があった。頭のもげた首の下に、赤い大きな一つ目があったのだ。


「手荒いなあ。それが由緒正しき飴屋一家のやり方かい? だから舐められるのさ。若君」


 どろり。

 頭はゴミ箱の中で溶け、黒いスライムとなり、水銀のようにへと吸い込まれていく。


 ―—磁性流体みたいだ。

 

 是良は少しだけ感心していた。

 ずずず。

 また、頭が生える。


「……おー。すごい」


 夢だと思っている。そして結局は夢だ。だから呑気にも是良は呟いた。

 おや、と、枕童子という少年が目を合わせた。


「そっちの彼がトンカジョンか。なるほどね、確かにいい。若い衆が飛びついたのも分かる」

「そ、そうすか? あざす」

「―—女の子はどこにやった?」


 もう一度、刀を構えた。切っ先を真っ直ぐに枕童子という少年の眉間に突き出す。尋問だ。


「僕はね、若い衆とは違う。食べたりしないよ。安心していい、」

「なら、今すぐに返して貰おうか」


 ちっちっちっ。

 斜めに傾けた首。三白眼気味な瞳の前で、細く綺麗な指を振る。


「いいとも。ただし、僕に勝てたらだけどね」


 ざくり。

 眉間に突き刺した。

 ぷしゅ。

 くらり。

 枕童子という少年は、白目をひん剥いてベッドに倒れ込んだ。が、それもやはりわざとらしいリアクションに過ぎない。

 直後、どろりと溶け出し、厠に吸い込まれていくように、消えた。


「っち」


 莫は舌打ちし、部屋の窓を開けた。どす黒い宵闇の空が、二人を覗き込んでいる。

 

 あははははは。あははははは。


 耳を澄ますと、甲高い笑い声が聞こえてくる。枕童子、まるで空に溶け出したようだ。


「ケイは、どこに?」

「あのお上りさんが連れて行った。ボクと戦いたがってるらしい」

「人質に取られてたってことか?」

「そうなるね」


 莫は空を睨んでいる。


「キミ、女の子を助けたいんでしょ? なら、」

「力を貸して、って言うんだよな? その、あのスライムの化け物に喰われたらどうなっちゃうの?」

「死ぬんだよ。生気を吸い取られて、死ぬんだ。ゆっくりと心臓が止まる。不審死として処理される。それが、今、キミたちの世界で起きていることだよ」


 莫は再び、ジャケットのジップを下ろした。露出した、目と口を持つ深淵の上半身。左手を口へ突っ込むと、中から黒い物体を取り出した。―—四次元ポケットかよ、思っていると、その黒い物体を是良に手渡す。


「こ、これは?」


 それは、黒い拳銃だった。ヴィンテージ品と言った具合に、所々に塗装が剥げて鈍い銀色が露出している。塗装の下には細かな彫刻が施されているらしく、光の加減でそれが浮き立つ。

 尺取虫のように伸縮し弾丸を自動装填する独特の機構はトグルアクションと呼ばれ、この銃の最大の特徴だ。


 ―—ルガーP08、それもタンジェントサイトが搭載された八インチモデル。


「ランゲラウフ。それをくれた人がそう呼んでたよ。造られてからとっくに一○○年以上経ってて、付喪神化してる。だから、眷属に対してダメージを与える事が出来るって訳、」

「え?」

「戦ってもらうよ。大丈夫、ボクもついてるから。幼なじみを助けたいんでしょ? 他に手はないよ―—もっとも、」


 もっとも。

 その次に何を言うか、是良には分かっていた。


「「夢の中からは、まだまだ出られないよ」」


 声がハモる。

 ランゲラウフと呼ばれた拳銃はずしりと重かった。古い金属の塊。事実、その通りである。


「扱い方は分かるかい?」

「ゲームとかで見た事あるよ、何となくは」


 是良は見様見真似と言った具合に拳銃上部のトグルアクションを引き、薬室へ初弾を装填する。

 がちゃ。ちゃき。

 想像通りの、鉄鉄しい音。心なしかテンションが上がる。


「空に向かって撃て。枕童子はそこにいる。撃ち落とすんだ」


 言われた通り、照準を暗い空へと向けた。


「ど、どこにいるんだよ?」

「言ったでしょ? これはキミの夢だ。キミは支配者なんだ。想像して、狙うんだ。そうすれば、奴は必ずそこにいる」


 意味が分からない。けれど、今は言われた通りにやるしかない。

 あの白塗りの顔を想像する。もやもやとした記憶の断片から引っ張り出す。


 ―—見えた。のか?


「よくわかんないけど、とにかく当たれっ!」


 ずがん。

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