第4話 夢喰らい

「わははははは。おいしい、おいしい。さてはお前、人を丸ごと屠ったね? それなのにトンカジョンまで欲しくなったって? ワガママだな、下賤の分際で」


 ごくん。

 臍のあたりが波を打つ。消化したと言った具合だ。

 ちー。

 ジャージジャケットのジップを上げた。是良は放心状態と言った表情でそれを見つめている。


「どう? 今、ボクはキミの危機を救い、命の恩人になったよ。これでもまだ逃げるの? まぁ。そしたら次は助けてあげない」


 きん。

 と、大太刀を鞘に納める。鞘に付いた紐で背中に背負うと、上着のポケットに両手を突っ込み、すたすた、と、月の影を伸ばした。

 幽玄な黄色い瞳が是良の脈拍をコントロールしている。


て欲しいな。キミの夢をボクに寄生させて欲しいんだ。平たく言うと、力を貸して欲しい」


 頭を下げる。


「ま、待ってよ。き、君はだれ? ここはどこなの?」

「私は?」


 頭を上げる。

 どき。

 緊張から、畏まって言った。

 

「か、上遠野是良と言います。趣味はアニメ観賞、血の繋がっていないメスゴリラを妹と呼ばせて貰ってます」


 すう。

 と、息を吸う。表情が少し曇る。


「……それさあ、ヤバいね」

「やっぱり?」

「場所は、どこ?」

「え、人だよ?」

「どこに住んでるの? 要するに、普段はどこで寝てる?」

 生息地聞かれてるのかと思って焦った。「家だよ、お隣だから」

「案内して、」


 踵を返すように少女は教室の出入り口へと歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 自己紹介してよ!」


 是良は呼び止めるように叫んだ。しかし少女は、背を向けたまま、突き放すように言った。


「急いで。その子を見殺しにしたくないならね」


 ◇


「ど、どういう意味だよっ?」


 少女が先頭に立って、二人は夜の街を駅まで走っている。高校から最寄りの小田原駅までは一◯分ほどで着く。


「キミの無駄な想像力が、その子をこの世界に引き摺り込んだかもしれない。ってこと」


 はあ、はあ。と息を切りながら、


って、何っ?」

「キミらが眠りつく時に見る、夢の中の世界だよ」


 駅の西口から構内に入り、階段を駆け上がる。


「電車なんて、こんな夜中に動いてるわけないでしょっ?」

「それはキミの想像力次第だよ」

「どう言う意味っ?」

「電車をイメージして。駅をイメージしたように。そうすれば電車が来るから」


 意味わかんねえ。そう心の中でボヤきつつ、夜の帷が下りたホームに電車が入ってくるイメージをする。記憶の断片から、輪郭のない雲のような電車を引っ張り出す。

 直後、ホームから、電車の到着を告げるアナウンスがしんとした構内に木霊する。

 ウソ。どゆこと?

 二人は自動改札を抜けて、箱根登山鉄道のホームへ向かう。

 高い吹き抜けの天井は、裏返した魚の骨を思わせる。肋骨の隙間から、煌々とした月明かりだけが差し込んでいる。

 階段を下りる。

 ホームには、箱根登山鉄道の電車が止まっていた。ここにきてようやく人工光が灯っている。是良は心の隅でほっとした。

 自動ドアが開き、乗り込むと、電車はすぐに発車した。

 風祭駅までは二駅。すぐに走り出せるよう、吊り革に掴まる。


「そうだっ、言い掛けた事があったでしょ? ニュースって、なにっ?」


 激走で乱れた呼吸を整えつつ、少女に問いかける。


「直近は、鎌倉市だっけ? 四◯代男性が家で不審死したニュース。似たような事が色んな場所で立て続いてる」

「あ、ああ。知ってるよ。けど、それが何なのさ?」

「メディアじゃ面白半分で取り上げてるけど、彼らが本当の死因を知る事は決してない。何故なら、ここはボクらの領域だからね」

「どう言う事か、分かるように言ってよっ」


 少女は口を噤む。

 そして月光に照らされた横顔が、電車に揺られながら、ゆっくりと是良を正面から掴まえる。

 可愛らしい顔をそのままに、けれどその皮の裏に潜む化け物が睨んでいる。


「な、なんだよ……っ?」


 少女は顔を伏せた。顔が隠れる。そのまま、ぽと、ぽと、と、幽霊のように近づく。

 

「や、やめろよ、やめてくれって……」

 

 次の瞬間、


「ばあ」

「ひゃっ!」


 同じ手を二度もくらい、けれど再び情けない声を上げて電車の床に尻もちをついた。

 是良は怒りを半分、快感を半分。


「にひひひひひ。引っかかった、引っかかった。面白いね、人間くん」


 電車が停車した。風祭駅に着いたのだ。

 自動ドアが開くと共に、少女は手を伸ばす。


「ボクはバク。夢喰らいだ」

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