Epologue.雨、上がる

 智樹が昇降口の床に横たえた青い人間は未だ異界の影響を受けているようだったが、纏う青い粘液のようなものが次第に薄れるにつれて、その姿は白く変化した。そうして白い骨とボロボロの服が現れた。

 木に埋まっていたからよくわからなかったが、着ているのは制服のようだ。この廃校の生徒だったのかもしれない。

「やっぱり死んでたな」

「そう……だね」

「ここが廃校になって荒れ果てる程度の時間は経過してたはずだから」

「うん。でもまぁ、ちゃんと幽霊になったから大丈夫だよ」

 智樹の視線はその白骨死体から次第に上の方に上がっていく。幽霊になったから大丈夫、というのはよくわからないが、上に上がるということは昇天したということだろう。幽霊の見えない環は勝手にそう解釈した。

 あの異界に囚われ続けるのと、この現世でその魂を巡回させるのとどちらがよいのかは環にはわからなかった。けれどもこの人間がそれを望んだのであれば、それが一番良いのだろうとも考えた。

 ともあれこれで智樹の頼みは全て解消したはずだ。問題はこの現状だ。そう思って辺りを見渡しても、そこには真っ暗闇が広がるだけだった。そうして環はこの後の面倒な会話を想像して、取り合わないことに決めた。


「じゃ、帰ろうか」

「断る」

「え、なんで」

「お前は酒を飲まないと運転しない。俺は運転できない」

「ちょ、ちょっと待って。事故ったことはないよ?」

「未来と過去は違うんだ、バカ」

「え、まじで。ここで泊まるの? 本気? ナイナイ、無理。夜の学校って絶対幽霊でるじゃん!」

 智樹が悲痛な声を上げたが環に許すつもりは全くなかった。

「大丈夫だ。ここはあの異界に侵されていた。ここで存在を維持できるのはよっぽどな奴しかいない」

「やだ! よっぽどなのが出たら困る!」

「知るか。俺は見えないからな。不貞寝する」

「ちょっと! ちょっとまって!」

 環は懐中電灯を頼りに理科室に移動し、その実験台の上に転がると、その日の緊張と疲れも相待りいつしか寝息をたてていた。環は一度寝始めると起きるまで起きない。ニホンゴ的におかしいなと思いつつも、智樹は絶望し、一縷の望みにかけた。その叫びが静かな廃校に響き渡った。

「起きて! 起きてよ! まじで!」


Fin

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雨、落ちる。 ~呪術師 円城環~ Tempp @ぷかぷか @Tempp

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