第17話 暗月
「危なかったね……」
「ここまで来てたかって感じ」
拠点までの帰り道。幸いなことに騎士の手下はあのオーラのせいで位置がもろバレだ。背の低い建物が多い住宅地の、ビルの立ち並ぶあの街にはない利点だった。そのおかげで一度の遭遇も無く、拠点近くまでたどり着けたわけだ。
振り返ると昔みた観光名所になるくらい大きいお寺の線香棚のように、家の屋根から無数のオーラが伸びている。よく見れば雲に届きそうな高さの辺りで角度を変え、集中して向かっている方角がある。
恐らくあちらに騎士がいる。周辺地域を丸ごと制圧してしまうような紫がビル街からやってきている。ボス相当の強さというのも頷ける話だ。あれでは軍隊と変わらない。
そして奇妙なことに、道すがら隠れて確認した紫の軍隊は通常のゴブリンたちすらも敵に回していた。オーラを纏っているからといって強化はされていないのでどっこいどっこいの泥仕合だったが最後には増援によって紫の方が勝っている。
指揮系統が違うクーデター、あるいは単純な敵。どちらか分からないがモンスター図鑑にあった『下級悪魔』の記述が考察を加速させる。
うまくいけばあの騎士との戦闘を避けて効果を失った緑結晶を取りに行けるかもしれなかった。奴がそう簡単にやられるとは思えないし、最終手段に何かつながるかも知れない。先に確保しておきたい。
支配を受けていない、背後の階級関係が見えないゴブリンの勢力を無色とするなら、悪魔の影響下に膝を屈した奴らは紫。紫はもともと無色だったというのにそいつらを攻撃している。争いごとの匂いがプンプンした。具体的に言うならば戦争でも起きそうな、そんな血生臭いにおいだ。
数百のゴブリンを屠ったことによる血沸き肉躍る興奮が、魂の渇望がパンプアップした肉体のような滾りを放っていた。
「早く戻ろう」
「うん……」
番も同じ瞳をしていた。
ゴブリンたちの群れ、須らく支配を受けた紫色一色の摩天楼の風景は夜の秩序に相応しく整然と行軍を続ける。その中央部、よりもやや後方に出来た空白地帯では神輿が担がれ屈強な肉体をしたゴブリンアウトローたちが無機質な目で道路を席巻する魔力のオーラを眺めている。
神輿の台座。玉座ともいうべき大げさな腰掛には全身鎧のゴブリンが、悪魔が足を組んで見下ろしていた。
ゴブリンたちの標準である低い体格に、神輿の硬度は低く、望むほどの壮観を拝めないのは悪魔にとって苛立たしいことではあったが、少しすれば目的も果たされると自身をなだめていた。玉座の後ろには鹵獲された船のように暗い緑の結晶がけん引されている。
ともすれば悪魔の座る神輿以上に華美な台車が結晶を運ぶ。
次元の鍵。これさえあれば卑しき己が身であれど王にすらなれる。悪魔は兜の下で布を裂いたような笑みを浮かべる。
未探索地域への派兵など気の毒な任務を負ったものだと宿主を嘲りながら、その実、現れた敵性体のレベルの低さには驚いていた。
揃いも揃ってすっとろい文官ときたら威嚇程度のプレッシャーで心まで摘まれてしまう情けなさ。よもや小鬼よりも情けない生命がいるとは思っていなかった。
殺しても旨味すらない。もはや肉体という物質にしか価値が無い、無機質と同じ物であった。
しかしそのことが小鬼どもには都合が良かったらしい。生まれがすべての王国内で生後すぐに宿命づけられた運命がひっくり返るような。
小鬼は生物の腹に精を放ち、存在を増幅させるウイルスのような権能を有していた。生物由来の権能は魂の中枢にまで入り込み、相手を取り込んでしまう。その肉袋の程度が低ければ低いほど支配もスムーズに行われる。
また悲鳴が上がった。紫のオーラが踏破した全ての場所で敵性体は屠られ、捕まり、支配される。とりわけこの小鬼どもは敵性体の雌を気に入ったようだ。雌にしか権能が作用しないというのもあるだろうがこれだけの数を作り出す勢力の中に変異的な社会性を持つ者が皆無というのは少々気にかかる。が、悪魔にはそんなことは関係ない。
本来なら小鬼などという低俗な肉に宿るなど、己の卑賎さを理解してなお屈辱的なことだ。その猛り狂う激情はひじ掛けにひびをいれた。
悪魔の纏う肉から芳醇な魔力がオーラとなって噴き出す。支配的な命令を下すよりも、己の意識と言える魔を埋め込んだ方が事はスムーズにいく。
男は狩られ、女は啼いている。悲鳴と支配欲の軍隊は、真っ直ぐに悪魔の占領下外にあるハイタワービルを目指していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます