第14話 チキりました

熱い夜だった。身に満ち満ちるエネルギーの饗宴が────……


「この世界はずっと夜か。月が見える日は来るのかな」


ちょっと賢者タイム。お互いのフラストレーションが爆発して何時間経ったのかは分からない。いや、時計を見る限り一日中……これ以上はよそう。


飲んだことも無いけど酒に飲んだ時もあんな気分なのかなと思ったり。初めてできた友達だったのに、という気持ちが無いわけじゃないがそれ以上に何かこう、男として一つ上のステージに進んだような優越感と、求めて求められる嬉しさのほうが大きい。


惚れた晴れたとか色恋なんてくだらないと斜に構えてた頃の俺に言いたい。間違ってないけど体で感じる機能にはある程度素直になった方が幸せなこともあるぞ────と。


月でも見れれば完璧だったな。ちょっと残念な気持ちでベランダから寝室に戻った。綺麗なキングサイズベッドで占められた吹き抜けの二階、安らかな寝息を立てているのは愛しの君。もとい、篠川朱莉さん。


クサい表現は心の内で吐いても古傷になるからと浮かれた脳みそを諌めている内に篠川さんは意識が覚醒してきたらしい。


薄めに開いた眼で瞳が転がり、視線が俺にぶつかった。ふわりと身を起こして天女のような裸体を惜しみも無く見せてくれるまさに女神。


天啓に膝をついて祈っていると篠川さんはクスリと笑い、次いで自分の姿を見て恥ずかしそうにした。その鼻まで覆うようにシーツを掴んでるのは狙っているのか?そうとしか思えないあざとさ……分かってても引っかかりに行くのが男だよね。


「きゃっ」


一夜を共にしたくらいで彼氏面しないでよね!とかなくてホントに最高だ。抱きしめに行くと照れくさそうに笑ってくれるのがうれしい。何か、リア充がいちゃつく理由とか全部これなんだろうな。今俺の顔絶対気持ち悪くなってるって分かる。


「友達から一足飛びの関係になっちゃったね」


「へへ。友達で、彼女だ。初めての」


異常事態の吊り橋効果ってやつか。それって要はどさくさのラッキーゴールでは?とか思ったりしたけど経緯なんかどうでもいいね。絶対手放さない。


「あのね、誠一郎君」


「なに?」


「ちゃんと言って?」


お願い。と、上目遣い。たまらずに結婚してくれ!と叫びたくなったが。早い、まだ早いぞ童貞、いや元童貞。段階が重要なのだと先駆者たちは書き残していってるじゃないか。セオリーをなぞることが無知な愚者の進む最善。つまり俺が言うべき言葉は────……


「俺の、彼女になってください」


「うーん……及第点」


少しジト目。中々辛辣な評価だ。あせあせと目を泳がせていると篠川さんは噴き出して笑う。


「加点が欲しい?」


「欲しいです!」


「じゃあ名前で呼んでみて」


ググっと先ほどよりはハードルが下がった気がする。それならと呼ぼうとして、待てと第二の俺が静止する。お前は自称恋愛マスターの俺……中学校の孤独生活で死んだはずじゃ。


(呼び捨てなんて距離の詰め方をするなよ?勘違い君になるのは御免だからな非童貞の俺)


そうか。そうだった。初対面で呼び捨てにされるのは腹が立つ現象というのは少し多めの一部分の人間に該当するあれだ。人には人のパーソナリティエリアがあり、そこをいたずらにに侵してはいけない。彼氏としての親しさという意味での名前呼びであるなら、彼女が俺を誠一郎君と呼ぶように俺も対応した呼び方をするべき。つまり、今俺が言うべき言葉は────……


「朱莉、さん」


「及第点!」


おおう。二度も及第点ギリギリセーフをもらってしまった。ここで『ちゃん』とか付けた変化球を投げていたら落第していたに違いない。篠川キャンパスでの卒業は童貞のみならず、彼氏としての卒業も待ち受けているのだ。


……浮かれすぎておかしくなっていたな、俺。ちゃんと考えよう。でも、こういうのはすっと出たのが良いよね。


「ずっと、俺と一緒にいて。朱莉」


「はい!ずっと一緒だよ、誠一郎君!」


痛いくらいに抱きしめてくる朱莉を同じくらいに抱きしめ返して、胸いっぱいの幸福感を嚙み締めた。


「誠一郎君。ちょっと、く、苦しいかも」


「ごめん!」


危ないところだった。どこか力が入りすぎてしまっていた。慌てて朱莉を開放する。


ふと視界の端に浮いたウィンドウの左上、まるでスマホアプリのように赤く光る点が追加された項目があった。通知、ということだろうか。


「──────え」


「どうしたの?」


「アビリティページ、変わってない?」


ずらりと並ぶ記号表。HP、MP、筋力、体力、魔力、知力……そして『魔力強化』『身体強化』のソウルポイントが新たに出現していた。

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