第13話 先を見て
「誠一郎君!また灰色!」
篠川さんが小さな石を手に駆け寄ってくる。……また灰色か。
現在、住宅街に出来た拠点を中心にモンスターの掃討を行っていた。というのも、ゴブリンがドロップアイテムを落とすようになったのだ。
レッサーはコンクリートに同化してしまうような見えないサイズのものだったが、ホブゴブリンやゴブリンワーカーからはこぶし大の石が出てくる。そのほとんどが灰色だったのだが、たまに色付き……赤色に染まった石がドロップすることがあった。
ドロップするのは『魔石』。現状ハウジングで消費する以外に使い道が無いのだが、その使い道が重要。
「結構灰色溜まったけどどんくらい入れるかな」
「うーん……二時間くらいでしょうか?」
お風呂に入れた。それは長い時間この世界に囚われている俺たちにとって吉報だった。汗があったかい水で流せたうえに、湯船に肩まで浸かれるのはなんとありがたいことか。
赤い魔石なら一つで一時間。灰色だとクズ魔石もまとめて百個近くを使ってようやく一時間。心のオアシスには代価が必要だった。
ただでさえ見つからない緑の結晶探索がてら、ゴブリンを倒すことが多くなった。そして安全な場所を手に入れたことで長期的な探索が視野に入ってきた。より万全を期すなら食料品その他の生活物資は必要になる。
その為にガチャを回すための資金繰り、宝箱漁り、魔石集めなど休んでいる暇がないくらいに忙しい計画で動いている。
「えーと……」
「……」
ゴブリンの種類も増えることなく、篠川さん一人でも倒せるものがほとんどになった。
「ちょっと休憩、しようか」
「うん……そう、しましょう」
そうして討伐したゴブリンの数が三桁に届く頃、二人して敵を倒した時の活力がたまる感覚に四苦八苦していた。レベルアップは無く、たまる一方のエネルギーはそれだけで気疲れする。
この極限状態とも言いづらい状況で有り余るエネルギーが発散されないというのが問題で、言葉にはしなかったが募る性欲に苛まれる時間が続いた。なまじお互いにそういう状態であると何となく察してからは何を我慢することがあるのかという誘惑とのせめぎ合いが地獄のようであった。
誤魔化すような会話と気まずい雰囲気で、出発前は和やかだった二人の間には距離が出来ていた。間違いがあってはいけないとよそよそしい。
住宅区のひっそりとした公園のベンチに腰を下ろす。ただ休んでいるだけなのに異性が隣にいるという事実が嫌に心臓を鳴らしていた。
ちらりと篠川さんの方を横目で見てみると彼女は同じようにこちらを見ていた。弾けたように首が反対を向く。
「こ、ここらへんのゴブリンは大体倒したよね」
「う、うん!」
このあたりのゴブリンは既に二人の手によって粗方滅ぼされた。実際このようにラブコメのようなことをしていても水を差すゴブリンがいない。
それが却って沈黙を生んでしまっていた。
「篠川さんは彼氏とかいるの?」
俺はおかしくなってしまったのかもしれない。普段なら地雷というか、勘違いしてんじゃねーよキモいと他人に言われるまでも無い自分会議の罵倒によって口から提出されない言葉が飛び出してしまった。
とんでもないことをしてしまった。勝手に暴発して勝手に慌てていると篠川さんが口を開く。
「いないよ。今までずっとね」
何か棘があるのは気のせいか、なんかすごくこっちを見てきて視線を返せない。直視が出来ない。
手首を掴まれた。いつの間にかすぐ隣にまで篠川さんが近づいていた。
息が触れ合いそうなくらい、見つめあって、その桜色の瞳から目が離せない。
「ね、今日はさ。もう戻ろうよ」
「え────」
腕を引かれて立ち上がる。赤くなった頬に少しはにかんだ表情。地雷を踏んだわけではないらしい。異様なくらいに何も音がしない世界で、彼女の声だけが耳に届く。
「行こっ」
自然と、足が拠点の方に向いていた。何かが吹っ切れたかのような篠川さんはやっぱりおしとやかさが崩れないけど、地に足のついた少女らしい笑みと楽しそうな動きに釣られて、俺もその雰囲気に乗った。
着いた家に、明かりはつかなかった。
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