第8話 奇策

眠る前にやった事。意外にもポーションなどの液体系はインベントリから使えた。使用すると体の奥がじんわりと汚染される感じに冷たくてまさかの血管直流し⁉と驚いたものだがすぐに不快感は消えた。俺の恐怖心だけが残った。


軛酒くびきざけなるものも使用を悩んだが使えるものはすべて使う精神でボタンをタップする。幸いなことにアルコールらしさはなく酔っぱらうことはなかった。


短い時間だがやはり睡眠は大事だ。受験勉強以来の短時間睡眠だったが思いの外、体がすっきりしている。熟睡できたのかポーション類の効能か。


破裂しそうなくらい満ち満ちていた活力も落ち着き、完全に制御化に置かれた感じ。装備した直剣と黒い籠手、ブーツの慣らしがてら体を動かしていると明らかにキレが違う。素振りした剣閃を追うような炎は魔剣としての効果かな?


少し軽いが悪くない。黒い籠手もなんか効果があればいいのだが拳を振ったりしても分からない。ブーツも同様にエフェクトは出なかった。


「あの……どうするつもりなんですか」


「まずはここから出ます。あなたもインベントリの装備に着替えといてください。制服よりは動きやすいはずです」


武器の慣らしは終わった。次はMPとHP。なぜかアビリティページには筋力や体力、魔力に知力の項目が追加されるとともにそれらの数値が増えた。寝たことでレベルアップしたのだろうか。相変わらずレベルの表記は現れないが。


HPの防護質量の操作。防護質量は反発する透明な物体のようなもので、イメージは某忍術漫画の塵遁。破壊力ではなく見た目がね。


これはうまくやれば足場になる。そう思っての練習だった。まっすぐ上に飛べることは確認しているが連続で、空中でできないとお話にならない。


そうやって空中で身をひねったりしていたら、ふと女の子の姿が目に入った。でっかい木箱を召喚して今にも制服を脱ごうと────


「ちょ、ちょっと待って」


「へ⁉見ないでください!」


なぜゴブリンの衆目でストリップショーをしようと思ったのか。いや、装備欄も知らないのか。使い方を教えれば直ぐに彼女はワイヤーフレームの光に包まれた。


「……ありがとうございます」


「その、ごめんなさい。伝え忘れてました」


恥ずかしそうにしている彼女はかなりかわいい。下着を見てしまってようやく彼女の容姿に意識が行ったという最低な自分が恨めしい。モンスターを倒した時に手に入る活力のような欲望が、若きリビドーが唸りを上げているが理性で抑え込む。やっぱりなんか精神干渉があったんだな。


「まだ二十分ある。拡張機能のダウンロードもやってください」


「えと、どれですか?」


自然と寄せ合う体。近づいてわかるいい匂い。腰に延びそうになる手。鋼の意思でねじ伏せてボタンに誘導する。ワタシ、性犯罪者、チガウ。


「……頭痛がするだろうけど、この状況じゃ仕方ないから諦めて」


言って離れる。MPの訓練もしなければならないのだ。失せろ煩悩。


女の子は少し顔をしかめていたが大丈夫そうな様子。俺よか強いね。


MPの訓練はあの騎士みたいにオーラ状に放つこと。剣に纏わせることが出来たが腹に刻まれた刻印が強く光るだけで振っても何も起きない。飛ばす、感覚か?アニメで見るような厨二チックな斬撃をイメージして剣を振り抜く。


瞬間、陰鬱な青い炎が小さく飛んで行った。半月型に広がったのは剣閃ということか。物理ダメージと魔法ダメージの割合どうなんだろう。わかんないからいいか。


HPバリア攻撃、剣を連動させる。よし、意外とマルチに動かせる。こんな器用なことが俺に今まで出来ただろうか。ピンチはチャンスってこういうことか。


道を作ることをひたすらに考える。銃の乱射の時もこんな光景だったのだろうかと不意に思った。セーフゾーンの結界を境に見える景色いっぱいのゴブリン……気持ち悪い。


地平線の彼方までということはないだろうが銃乱射現場からだと結構な奥行きが埋め尽くされていた。その異様に少し怖気づく。上手くいくか分からないことを試そうとしている。その不安が再び胸中で湧き上がってきていた。脳裏にはやはりゴブリンパレードともいうべき波の光景。人っぽい断末魔。俺はあんな最期を迎えない、大丈夫。


いつの間にか手が震えていた。握りしめる手も止まらない。不意に手を添えられた。


「ごめんなさい。私のせいで」


確かに、この子が止めてなかったらさっさと帰ってた。知らないところで死んでも気にすらしなかっただろう。


「お互いこんな訳も分からないことの被害者同士なんですから。やめましょうよ、あなたのせいじゃない」


聖人ぶってカッコつけて言ってみると少し落ち着いた。が、まだ手が震えていた。俺だけじゃない。彼女のものだ。


「戻りたい理由とかあります?」


「……家で、お母さんのご飯食べたいなぁ」


はらりとこぼれた涙。理由があるなら帰るべきだ。この子は少なくとも孤独じゃない。


「帰ろう。絶対に」


ウィンドウに表示されるタイマー効果時間が十秒を切った。ごくりと固いつばが喉を通る。


結界が消えた。


「行きます!ちゃんと掴まって!」


彼女の胴体を肩にしょい込んで担ぎ上げる。ふいに持ち上げられた女の子は慌てていたが言ったとおりに掴まってくれた。


魔力強化。身体強化を瞬間的にフルスロットルで発動。地面をけり上げた。押し出されるように膨張した最前列のゴブリンを登攀、防護質量で作り上げた足場をばねにさらに跳躍した。


不快な紫色のオーラを抜けて。かなりの高さへ。その後は地面の見える位置まで前へ前へとHPを足場にして進んでいく。ガリガリとHPMPが削られていくが強く念じることでインベントリ内のポーションが消費されていく。


「ふっ!ぐっ!」


女の子は物凄い上下運動に苦しそうにしているが何とか振り落とされずに堪えていた。ゴブリンたちが俺たちを掴もうと手を伸ばしてくるがその上を跳ねていく。


高度が落ちる。ポーションは残り一本ずつ。結構な距離を稼いだ。風を切るような浮遊感も最後に地面に落下した。防護質量で全身をくるんで衝撃を吸収、女の子を抱き込んで一回転。何匹化のゴブリンにぶつかって減速した。


「大丈夫⁉」


「は、はい!」


大群は抜けた。しかし例のごとくハードルのようにいくつもの障害が立ち並ぶ一本道。時間はないすぐに後ろの大群が押し寄せてくる。


ホログラム化した剣の柄を掴み抜刀しながら切り払う。魔力に乗って放たれた炎の半月がゴブリンを焼き尽くして光に変える。


その後も道を作り助走、幅跳びの要領でジャンプの瞬間に身体強化を全開にして距離を稼いだ。人一人稼いでいるというのに強化の恩恵というのは素晴らしい。担がれている側は揺れがひどくてたまったもんじゃないと思うがとてつもないスピードでゴブリンロードを踏破していく。


距離。とにもかくにも距離を稼ぐことが大事。切った張ったで駆け抜けると遂にゴブリンの枯れた地帯に踏み入れる。そこから一気に加速して後続を置いていった。MPポーションもこれがラストだ。


後ろに延びていく光景。上がる息。窮地を抜けた開放感。すべてがおかしくって、腹の底から響くような高笑いが街に響き渡った。


生き残った!

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