第7話 窮(屈)地

逃げの一手。最初のゴブリン以来の逃走劇を繰り広げている。騎士野郎、大群を部隊として編成し直したのか紫色のオーラを纏ったゴブリンの小隊が散らばって辺りを探している。


あのオーラ、精神操作以外に効果はないのか強くはなっていない。しかし、戦闘に時間をかけると仲間を呼んでいるそぶりも無いのに増援が来る。それが分かった瞬間に意識がヒットアンドアウェイではなく鬼ごっこに切り替わった。


小隊とのエンカウント回数は四回。それだけの遭遇でじわじわと追い詰められている。建物の上階、テラスに隠れてやり過ごし、ゴブリンがいなくなった場所を探索する時間が続いている。


現実に戻る、ここから出るための手がかりすらつかめてないのにモンスターに殺されそうになっているのは普通にキツイ。俺のレーダーみたいな探知魔法でも使っているのか下に降りて動ける時間がどんどん短くなっている。逃げ込める建物が無い場所で囲まれれば詰み。あの大群が壁となってなぶり殺しになる。


「くそっロクなのが出ない」


柱の陰にあった宝箱、もとい木箱の中身は試験管みたいな容器に入った薬液。インベントリで確認するとポーションとのことだが、すでに五本目。これだけ数があると効果も知れているレアじゃないのが分かる


銃があれば局所的に突破が出来るんだけど。木箱からは出ないだろうな。


「いったか」


テラスから降りて地面を駆ける。細かい休憩を挟んでもインターバル走みたいなもので足に疲労が蓄積され続けている。剣も血を拭う必要が無いとはいえ摩耗が激しい。替えの武器は少し長い包丁くらいの刃渡りしかないナイフぐらい。他は短すぎてタイマン暗殺にしか使えない。


「はぁ、はぁ」


路地裏の陰に隠れて息を整える。モンスターを倒していると襲ってくる吸収する活力の暴走に心臓の鼓動が早くなっていよいよしんどい。これ以上は、倒したらダメかもしれない。


「敵倒したらかかるデバフってなんだよ……」


乱暴に汗をぬぐって。通りを伺う。一本道の奥から紫色のオーラが立ち昇っている。また隠れてやり過ごすしかないか。


路地裏の角を曲がった。するとゴブリンとかち合ってしまった。


「しかもコイツ騎士の手下か‼」


紫のオーラ。首を刎ねたが直ぐに他の部隊がやってくる。裏路地居ることが割れたから今後使えない!


面倒なことになった。温存していた魔力強化を使いつぶす勢いで駆け出す。ここら辺は背の低い建物が少ないから上の隠れ場所に繋がるルートもない。


いよいよか。そんな考えを必死に振り払って街を駆ける。


車の走ってない車道を駆け抜ける経験なんてなかなかできないな!


ランナーズハイというやつか口角が吊り上がっているのが分かる。なんか、悲壮感とか感じそうな状況なのに、もう笑うしかないくらいどうでもいいことを考えてしまってる。


もしかしたら死ぬのかもと考えても何をしとけばよかったとか後悔が出てこない。意外と満足な人生を送っていたのかもしれない。


(それは、ないだろ────!諦めるな俺!)


満足なんてなかった。


(友達!彼女!美味いもんに面白いゲーム!)


無理やりに欲求を掻きだして、体に満ちる活力のままに体を動かす。すると風に乗ったかのような加速力に乗れるのだ。


何時しか行く先々にゴブリン小隊が立ちふさがっていた。無我夢中でカトラスを振るって踏みつけて、飛び越える。タックルでぶつかればレッサーなんかは面白いくらいに吹き飛んだ。


「───、──!!!───!」


何か、叫んでいた。獣の様に、野生よりも獣らしい反射とアドリブの応酬でわずかな光明を一筋に踏破する。ハードルの選手になった気分で踏み倒していく。


ふと、空白地帯に出た。ゴブリンがいないまっさらな地帯。奴らは空間を置いて眺めるだけで近づいてこなかった。


「ウガォッ⁉」


脚が止まんなくて何かにぶつかった。頭から衝突してなけなしの防護質量が吹き飛ぶ。これで臨時の足場が無くなった。HPもMPもすっからかんだ。


「はぁ、はぁ────」


「え、ひ、人?」


声がした。睨みつけると小さく悲鳴を上げて、後ずさる。それでもゴブリンの方に行きたくないのかそんなに下がれてない。


害はない、取り敢えずそう判断して。俺がぶつかったそれを見る。


(緑の結晶……あぁ少し前に見た緑の光はこれか)


結晶に触るとウィンドウが現れた。開かれたのはコンソールの画面。クエストクリア、コンテンツ、機能の開放────


「────帰還の結晶⁉帰れるのか!」


良かった!最後の最後で助かったんだ!訳も分からない戦闘が何時間続いたことか。楽しいとか思ったのも最初だけ、最後は死にかけた。


思わずへたり込むと気が抜けた。視界に入るようにウィンドウが移動してきて情報をポップアップする。ここはセーフゾーン効果が三時間あるらしい。


「それのおかげでここにはゴブリンが入ってこない訳だな」


「あ、の」


声がかかる。先ほどにらんでしまってバツが悪い。恐る恐ると見たその人は、制服からして同じ高校の人だ。高校からここに来て一日は経ってないはずなのに、あの昼の時間が遠い日のことのようだ。普通の女の子。恐がるように声が震えていた。


「帰、れるって今」


「あぁ、うん。この石にそんな機能があるっぽい、です」


話していてちょっと落ち着いてきた。走りっぱなし、それも身体強化で限界以上の力で動いていたから虚脱感がすごい。


「んじゃあ俺は帰るんで……」


「待って!」


腕を掴まれたすごい力だ。俺が困惑してると私も連れてってほしいとか、懇願される。懇願だ。必死さのあまり涙がポロポロと流れている。


「え、このコンソールいじれば出てくるんじゃ……」


勝手に帰ればいいのに、と思うがウィンドウをよく見ればそれが出来ない理由に察しがついた。


帰還機能の追加。条件:特定クエストの達成。

クエスト『初回探索』

平方2㎞範囲の探索。エネミーの撃破十体。


緑色の結晶に触れることでコンソールからアクティベート出来ます。


「このウィンドウは見える?」


肯定。


「自分のは?」


肯定。


「クエストの欄は?」


肯定。


「……『初回探索』は達成してる?」


否定。薄っすらと察していたがそういうことらしい。


「ここに連れてこられてからずっとここにいたんです。セーフゾーン……安全かと思って」


「着替えてないのを見ると装備品も開けてない感じですよね」


まじか。この感じだと探索も討伐も終わってない。


「気付いたら周りにいたゴブリンの数が増えてて……」


(……)


「手伝えることは無いかなぁって思ったり」


「そんな……!」


やめてくれ。そんな悲しそうな顔しないでくれ。セーフゾーンの効果は三時間を切っていた。ふと彼女の後ろの方のゴブリンが見えた。粗末な腰蓑にテントが張っていて、安全じゃなくなったここでの顛末が容易に想像できた。変なところまで踏襲したモンスターだ全く。


まずい。俺のせいでもあるのか?いやしかし、ここから脱出なんて俺にはできない。HPやMP、武器というリソースが枯渇しているのだ。どうしようもできない。


心が痛い。何で頑張った先でこんな思いをしなきゃならないんだ。そもそも俺が何をしたって言うんだ。こんなところに連れてこられる理由なんて俺にはないだろうに。


目の前の女の子だってそれは同じはずだった。こらえようとしても溢れてくる涙を拭って絶望的な状況に、現れた他人も不親切。


どちらも被害者のはずなんだ。


(助ける力は、俺には……)


逃げるようにウィンドウを操作する。何か、何かないかとメニュー画面をいじる。そうだ、他にもクエストを達成していて機能が解放されていた。


(ダンジョン、ガチャ、換金所、店────色々あるけどほとんどグレイアウトしてて使えない)


使えるのはガチャと換金所だけか。押してみればストレートに日本円で回すガチャが表示された。しかし俺の口座と繋がってる訳もない。チャージ額は0だった。


一回の値段も一万円と高い。十連で十五万。五万ぼられてないか?いや、レアリティの確保があるのか。


換金所を開く。宝石類、装飾品、使わないダガーを全て売りに出す。すぐに査定が出た。20万か。回せればいいか。


ガチャを回す。十連。


直剣(不思議な模様付、魔剣?)

軛酒(ポーション系だろうか容量は少ない熱燗みたい)

黒い籠手(鱗みたいな意匠があってカッコイイ)

MPポーション(拾ったやつのMP版。でも品質はこっちのほうが良い☆2ポーションだ)

武骨なバックラー(見た目通り。木と鉄の組み合わせ)

ブーツ(あみあみのヴィンテージ。足が長く見えそうだけど履くの恥ずかしい)

マナポーション(MPとは違うらしい。似たようなものでは?)

ブースタードープ(安心安全ドーピング。怪しい)

宝石の指輪(装飾品、多分効果があるタイプ。水色)

宝石の指輪(上に同じ。白い)


残り五万の五連。


ダガー+1(宝箱のアイテムとの差別化を図ったつもりか小賢しい文字列が追加されている)

携帯食料(まさかの飯。それも一キロ。野戦糧食っぽいやつ)

ゴブリンの生態1(本。読む時間が無いこの状況では紙屑同然)

HPポーション(低品質)

9㎜弾(弓がない矢、銃が無い弾。肥やし決定)


「うぅん、まぁ」


いける、か?


もう涙も枯れたのか寂しそうに背を向けている女の子。声をかけることにした。

俺ももう腹を決めた。


「セーフゾーンの時間が残り三十分になったら起こして」


小さな肩が跳ねる。彼女の返事を待たずに横になった。へとへとになった体はコンクリートの床でも泥のように眠らせてくれた。








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