第6話 イヴォンヌ・レンツィオ

 その昔、ある子爵家にイヴォンヌという娘がいた。


彼女は子爵令嬢にもかかわらず、花嫁修業よりも男たちに交じり、剣術訓練に明け暮れる日々。そのため、見合いも決まらず、年頃の娘の将来を案じた子爵はある男爵家の長男との婚約を認めた。


彼の名はジャック・レンツィオ。剣聖の孫として、騎士団に所属し、数々の武功を立ててきた将来有望な若者であった。男勝りなイヴォンヌを愛した変わり者と言っても良い。


多くの見合い相手がイヴォンヌから逃げる中でジャックだけが、その気性に惚れ、求婚を申し込んだそうだ。


初めは戸惑っていたイヴォンヌも次第にジャックに惹かれ、結ばれた。それから二人の子供に恵まれ、幸せな日々を過ごしていた。


しかし、夫のジャックの留守中に山賊が攻めてきた。彼女は愛する彼との愛の結晶を守るため、今、目の前の男と戦っている。

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 激昂した男は残った片腕に剣を持ち替え、母上に向かって突進した。男の刃は母上の頭部を狙う。それを体裁たいさばきでかわし、男の背後にまわる。


先ほどまで目の前にいた母上の姿がないことに戸惑い、男は背後から悪寒を感じた。

その悪寒の正体を確かめようと後ろを振り向いた時、男は自身の首のない体が地面に崩れ落ちる光景をスローモーションのような感覚で浮遊しながら、見ていた。

そして、先ほどまで戦っていた女と目があった。それが男の最後の記憶となった。


「ジョン、エリー怪我はない?」


「はい。それよりも母上ってあんなに強かったのですか?」


「うふふ。たいしたことないわ。それにあなたたちだって十分強いじゃないの。」


「私たちが?」「僕たちが?」


「ええ。その年齢でこれだけ落ち着いている。普通の子なら泣き叫んでいてもおかしくはないわよ。少なくとも私が子供の頃だったら、大泣きでしょうね。」


母上は優しく僕たちに微笑んだ。その時、森の向こう側から集団の足音が近づいてくる。


母上の笑顔は一瞬で引き締まった表情に変化した。


「ジョン、エリーよく聞いて。この先に小舟が置いてある船場があるわ。あなたたちはそこへ向かいなさい。小舟で逃げるのよ。」


「「あなたたちは?」」


「母様何を考えていらっしゃるの?もしかして、私達と一緒には来ないのですか?」


「母上、そんなの嫌だよ!一緒に行こうよ!」


「ありがとう。でも大丈夫よ。私も必ず後から行くわ。ただ、今だけは言うことをきいてちょうだい。」


その時の母上の表情は有無を言わせない迫力があった。


「わかったよ。でも約束は絶対に守ってね。僕は姉さまと待っているからね。」


「ええ、必ずまた会いましょう。エリー、お姉ちゃんとして、弟のジョンを頼むわね。」


「はい。私が責任を持って、ジョンを守ります。」


「ジョン、エリー。約束の証にこのペンダントを渡しておくわ。」


「「これは?」」


「少し早いけど、あなたたちの誕生日プレゼントよ。お守りだと思ってもらえればいいわ。」


「「大切にします。」」

 

 そうして、姉さまと僕と母上は3人で抱きしめあった後、再会を約束し、その場を後にした。去り際の母上の表情は悲しそうだった。


船着き場についた時、剣激の音が先ほど母上と別れた方角から反響した。僕たちは悟った。


おそらく、母上ともう会うことはない。母上は僕たちが逃げるための時間を稼いだのだと。

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