第5話 男爵家での日々
みんなで夕食を囲む日々。いつもあたりまえに感じていた光景。それが幸せなものだったと感じるのは失ってみて初めて気が付くのだと当時の僕は想像すらできなかった。
「母上。今日も父上はいらっしゃらないのですか?」
目の前のシチューを口に含んでから、そんなことを問いかける。
「ええ。今、ジャック様は隣国との戦争で従軍しているのよ。まだしばらく、帰れないと思うわ。」
「じゅう ぐん ?」
「ウフフ。まだジョンには難しかったわね。そのうちわかるわ。」
その時の母さんの目はとても寂しそうに見えた。
「ジョンもエリーも本当にいい子よ。ジャック様が帰ってきたら、きっとあなたたちに一番に会いたがるでしょうね。それまで、仲良くすごすのよ。」
「もちろんですわ!ジョンは私にとってもかわいい弟ですもの!」
「そうだよ!今日だって、姉さまからいっぱい剣の稽古つけてもらったよ!」
「あらあら、そうよね。ジョンもエリーもしっかりしているものね。」
「「はい!」」
それから、一か月後の夜にこの村に敵が攻めてくるなんて予想もしていなかった。
ある夜、僕たちは外の警鐘で目が覚めた。
「母上、姉さま、何が起きているのですか?」
「ジョン、エリー、落ち着いて聞いてちょうだい。」
僕たち姉弟は生唾をゴクリと飲み込み、母の発言を待つ。
「今、村に山賊が奇襲しにきているの。警備兵の方々もみんな殺されてしまったわ。村にも緊急警報を伝えているから、村人も一斉に避難しているわ。私たちもここから、逃げなくてはならないの!」
「そんな!父上は帰ってこれないのですか!」
「ジャック様はまだ隣国との戦争中でこのことを知らないはずよ。本来、山賊が攻めてこれないように村には砦があるのだけれど、今回、警備兵のモリーが、買収されて山賊を招き入れたとの報告を聞いているわ。私たちは男爵家の人間です。敵につかまれば、辱めをうけるでしょう。名誉を守るためにも逃げて生き延びるのです。」
それから僕たちは母上と共に走り続けた。しかし、目の前に山賊の一人が立ちふさがる。
「おいおい、どこ行くのかな? ふん、見たところ女に子連れか。その服装から察するに男爵家の方々かな?女の方はまあ年の割には上玉か。ガキ二人は奴隷商に売り飛ばせば、明日の酒代にはなるかな。」
「そんなことさせません!この子達は私が守ります!」
「おいおい、無理すんなよ。奥方様。そんなにむきにならなくてもこれからたあぷりと可愛がってやるからよ。ゲヘヘ。」
下衆な笑い声をした男はこちらにゆっくりと近づいてくる。
母上は先ほど屋敷から持ち出した軍刀の柄に手をかける。
次の瞬間、瞬きする間もなく男の間合いに入り込み、慌てて剣を抜こうとした男の小手が宙を舞う。
「うぎゃあああああああああ!俺様の腕があああああああ!このアマ!許さねええええええ!生かして遊んでやることも考えたが、気が変わった!犯してから殺してやる!」
「できるものならば、やってみるがいい!その前に首を落とす!」
こんな母上を見たのは生まれて初めてだった。
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