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今年の11月の頭のことである。文化祭の出し物のためにクラスメイトから徴収したお金がなくなった。真っ先に疑われたのは実行委員のやつだったが、その矛先がなぜか急に俺の方に向けられ、身に覚えのない俺が罪にかけられた。詳しくはわからないが、親譲りの悪い目つきと、誰に対しても歯に絹着せぬ物言いをする態度が疑いをかける理由には十分だったらしい。大阪の都市部育ちの坊ちゃん嬢ちゃんたちに、堺以南に住む人間が使う泉州弁はキツかったみたいだ。
弁護してくれる友達もおらず、八方塞がりどころか十六方塞がりくらいにはなっていたと思う。その時教壇に立っていた担任すら助け舟を出さなかった。クラスで浮いている俺は先生にとって目の上のこぶ、邪魔な腫れ物だったんだろう。
学級裁判にかけられ、被告人席で有罪判決を受けかけたその時、「その裁判、ちょっと待った!」と言って勢いよく現れたのが成園だった。当時、成園は大学入試のための小論文講座に外部講師として来校していた。
「話は全て廊下で聞かせてもらった!」
成園はそう言って俺に話しかけてきた。盗み聞きかよ。
「君、本当に盗んだのかい?」
「いや、全く身に覚えがない。無実や」
「そうか。では私が気味の無実を証明してやろう」
成園は俺の弁護側の席に着いた。
「ポイントはどのタイミングで無くなったかだ。実行委員の君、君が最後に金を触ったのはいつだ?」
成園に訊かれた実行委員は、「た、確か昨日の放課後、金額を確かめて先生に渡した時です」と落ち着かない態度で言った。視線が担任に集まる。
「じゃあ先生、あなたが最後に見たのは?」
先生は、少し目を泳がせながら答える。
「職員室の机に入れた時です。今朝見たら無くなっていました。そうだ。昨日、職員室の俺のところにきた生徒は白鷺城だけでした」
「白鷺くん、それは本当かね」
「白鷺城や。それはほんまや。でも行ったのは実行委員が金を回収する前の昼休みやった。提出物を回収しに行っただけで、それ以外は何もしてない」
「犯人はみんなやってないっていう」
そう実行委員が呟く。
「なんやとコラ。もっぺん言うてみい」
俺が言うと、「ヒィ」と言って机の下に隠れた。
「つまり最後に見たのは先生ということになりますが──そのあたりはどうなんでしょうか」成園が詰め寄る。「実はさっき、隣のクラスの先生からこんな話を聞きましてね。昨晩、仕事終わりにある先生と飲みに行ったらしいんです。だけど会計時、隣のクラスの先生は財布を学校に忘れたことに気づいた。もう1人の先生が払おうと財布を出したけど現金がない。しかしカードで払おうとしてもそこは現金のみ対応のお店だった。困ったその先生は自分のカバンから何やら茶封筒を取り出し、その中に入っていたお金で支払った。その先生というのは──」
先生が生唾をごくりと嚥下する。
「あなたですね。先生」
成園が担任を指差す。クラス中がざわつく。
「きっと、後から補填すればいいと考えていたんでしょういけど、うっかり忘れてしまった。お金を受け取りに来た実行委員がタイミング悪く居合わせてしまったため、こんな騒ぎになってしまった。どうですか?」
成園に指摘された担任は、血の気の失せた青い顔をしてよろめいた。
「正直に言い出すか、誤魔化せばよかったものを。あなたのせいで1人の生徒はあらぬ疑いをかけられ、クラスメイトからの信用を失った。そんなものが元々あったのか知らないけど」
成園はざわつくクラスメイトに向き直り、冷笑した。
「このくだらない担任と、お友達ごっこをしている君たちを見ていると最高に気分が悪くなったよ。私は帰る」
成園はそう吐き捨て、乱暴にドアを開けて退場した。実行委員が申し訳なさそうな顔で俺を見る。
「白鷺城くん、ごめん。疑いをかけてしまって。でもこれから一致団結してみんなで文化祭盛り上げよ!」
なんて上部だけのお気持ち反省を述べられたことで、溜め込まれていた今までの鬱憤が爆発した。
「何をぬかしとんねんクソボケ! 第一お前誰やねん、名前も知らんわ! それに今更言うても遅いんじゃ! おどれらが俺のことをどう思ってるかわかったわ! あの女の言うとおりや! 一生お友達ごっこで仲良くやっとけ! 担任もゴミ! 生徒もゴミ! もうやってられんわこんなゴミの集まりで! ほな!」
俺はそう言い捨て、荷物を持ってクラスを出た。俺の剣幕に気圧されたのか、誰も追ってはこなかったが、今となっては死ぬほどどうでもいい。
校門前にあの女──成園がニヒルな笑みを湛えながら腕を組んで仁王立ちしていた。
「帰るのかい?」
「ああ。居れるわけないやろあんなゴミ箱に。腐ってまうわ」
「では私も帰ろう。そうだ、せっかくだしご飯にでも行こうか」
「ええな。ちょうどええわ、助けてもろたし飯くらい奢らせてくれ」
そう言って俺たちは喫茶店で飯を食った。
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