第3話【元勇者、人助けをする】

 声が近づくごとに戦いの雰囲気が肌にひしひしと伝わってくる。


(あそこか……)


 ものの一分も走れば街道の少し開けた水場に馬車とそれを護る者たちが戦う姿が見えた。


「そっちに行ったぞ! 絶対に馬車に近づけるな!」


 護衛のひとりがそう叫んで必死に剣をふるう。


(あれは……珍しいな、魔物化したオオカミじゃないか。魔王を倒してから魔物化した動物はめっきり減ったと聞いていたがまだはぐれとしているんだな)


 この世界での魔物化した動物は特徴があり元の毛色が何色であっても黒く変色し、目が紅く染まりそのうえで身体能力が向上し凶暴化する。


 これはどの動物にも共通していることで、それこそ可愛らしいウサギでさえも牙をむいて突撃してくるのだ。


(あれは普通の護衛レベルじゃキツいだろうな、目の前で死なれても気分が悪いからさっさと済ませるか……)


「援護する!」


 突然響いた俺の声に護衛たちは一瞬とまどうが俺の姿を見つけて「すまない!」と声を返してきた。


 護衛たちは魔物化したオオカミに苦戦し、あちこちに傷が増えており早急の支援が必要とばかりに俺は懐からナイフを一本取り出すと付与魔法を唱える。


「――追尾」


 次の瞬間、ポッとナイフが光を灯すとすぐに消え、刃の部分に紋章か浮かび上がった。


「うまく飛んでけよ」


 シュッ――


 俺は追尾の魔法がかかったナイフを放り投げた。


「いったい何処へ向かって投げているんだ!?」


 俺がナイフを投げる瞬間を見ていた護衛のひとりがそう叫ぶ。


 しかし、ナイフは上空の最上位点に達するとクルリと刃の先をオオカミに向けて急加速を行った。


「ギャウ!?」


 加速したナイフは高速で動き回るオオカミが着地をしたところにちょうど額の真ん中、眉間の中心に深々と刺さり何が起きたかも分からぬまま絶命した。


 オオカミは一匹だけだったようで俺が倒した後の街道は静けさを取り戻していた。


「よう。大丈夫だったか?」


 俺がそう言いながら護衛たちのもとへ歩み寄ると護衛のリーダーらしき青年が一歩前に出て礼を言う。


「協力感謝する。たかだかオオカミと侮ってしまい無様な姿を晒してしまったようだ。ああ、私はこの馬車の護衛をしているグラムという。しかし、このような真っ黒なオオカミは初めて見たぞ。この辺りのボス的存在だったのか?」


「なに言ってるんだ? コイツはどう見ても魔物化したオオカミじゃないか」


「なっ!? これが魔物化したという動物なのか。魔王が倒される前には頻繁に現れていたと聞いてたが実際に見るのは初めてだぞ」


 どうやらこの護衛は今まで魔物化した動物と遭遇したことがなかったらしく、最近は数も減り話にあがらなくなっていたためにその特徴さえも忘れていたらしい。


「おいおい、しっかりしてくれよ。大切な主人を護るのが護衛の仕事だろう、そんな知識じゃいざと言うときに困ることになるぞ……って今さらだがな」


 俺はグラムの護衛としての危機感の薄さに警告をしてから「じゃあ気をつけなよ」と言ってから先を急ごうとした。


「お待ちください」


 その時、馬車からひとりの女性が顔を出し俺を呼び止めた。その後ゆっくりと馬車から降りて深々と頭をさげてお礼を言う。


「この度は危ないところを助けてくださりありがとうございました。わたしはキロトンの街で宿を経営しているミリバル商会の娘でミリーと言います」


 相手に自己紹介されてはこちらも知らん顔は出来ずに俺は仕方なしに名乗った。


「俺はフリーの冒険者をやっているアルフだ。いろいろな街を渡り歩いて気に入った依頼を受ける気ままな旅をしている途中だ」


 本当の名前はアルファートなのだが、さすがに元勇者と同じだと気づかれるかもしれないと思い愛称のアルフと名乗りフリーの冒険者ということにしておいた。


「アルフさまですね。もし、この先の予定がお決まりでなければ私どもの馬車に護衛として随行して頂けませんか? もちろん街に着いた際には報酬はお支払いしますので」


「そうだな……俺は構わないが他の護衛の者に迷惑がかからなければというのが条件だ。問題ないと言うならば同行することに異議はないよ」


 俺はそう言ってグラムたちの方を見る。


「依頼主の彼女がそう言うならば俺たちに異論はないさ」


 グラムがそう答えると周りにいた他の護衛たちもうなずいた。


「じゃあ、街までよろしくな」


 護衛たちの許可も出たので俺は馬車の護衛が乗る台に乗せてもらい移動することになった。


「ところでこの馬車はどこに向かっているんだ?」


 道の方向と彼女の出身地から隣町のキロトンで間違いないとは思ったが念のためにグラムに聞いた。


「キロトンの街だ。ミリーお嬢さんは王都の学院に通われているのだが長期の休みになったためご実家のあるキロトンへ帰省している途中だったんだ。俺はミリバル商会に雇われている専属護衛で他の者はギルド経由で集めた傭兵や冒険者になる」


「王都の学院と言えばパスカウル学院か……優秀なんだな」


「まあ、そうだな。お嬢さんは魔法の勉強をされるために通っていると聞いているから将来は魔道士となられるのだろう」


「ふうん。魔道士か……何系統か知らないけれどまだ実戦では使えないレベルなんだろうな」


「なぜ、そう思う?」


「それはな……」


 俺は話すかどうか少しばかり迷ったがぞんざいに扱うのもどうかと思いグラムの質問に答えてやった。

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