第13話 ひょんな再会
軽キャンパーは国道3号線を通り九州を南下し、八代市にさしかかった。
右手にはオレンジ色の和紙で作った貼り絵のような有明海が見え、左手にはなだらかに流れる球磨川があった。風人は球磨川沿いに川上方向へと車を走らせる。
令和2年7月14日、人吉・球磨地方は未だかつてない豪雨による大災害に見舞われた。
梅雨末期の水蒸気を多量に含んだ気流が梅雨前線沿いに九州に流れ込み、球磨川沿いに線状降水帯が形成され未曽有の豪雨となった。
その雨の量は球磨川の許容量を大きく超え、あふれ出した濁流は堤防を破壊し、河川の近くにあった多くの土地、建物、人命を飲み込んだ。
人吉市から芦北への球磨川沿いの鉄道・道路は寸断されたが、三年経った現在ようやく仮設道路と仮設橋が設置され、車が通れるようになっていた。
人吉市教育委員会と親子劇場の共催で行われる人形劇のため、風人はほかのメンバーよりも2日早乗りした。実際は1日で間に合うのだが、人吉を拠点としてどうしても行っておきたい場所があったのだ。
薄暗くなった球磨川沿いを走る軽キャンパーの助手席では、トイプードルのリョーコがガラスに前足をかけて外を見ていた。
「ねえ、風人。こんな谷底みたいなところを走って、どんな凄い山奥に行くっていうのよ」
「人吉っていうところです。結構いい街ですよ。温泉もあるし」
「温泉?ダメダメ。私の毛は温泉入るとガビガビになっちゃうもん」
「街中の泉質ピカイチの天然温泉に入っても入浴料270円ですよ。こんなところほかにはありませんって」
「やたら詳しいわね」
「今やネットで調べられないモノはありません。それに教えてくれる人もいて」
「ん?道路沿いに空き地が多いわね。取り壊された跡みたい」
夕暮れにも、道路沿いに多くの廃屋や取り壊された建物が多く見て取れた。
「これは流された跡なんですよ。2020年7月4日の大洪水のときに」
「そうなの?」
「酷い被害だったんです。鉄道も通っていたのですが、その時被災して、まだ復旧していません」
「こんな穏やかそうな川がねえ」
リョーコは軽キャンパーの窓の外を流れる風景を見ていた。
球磨川の川面は、所々にある国道の街灯の黄色い光を滑らかにてらてらと映していた。
球磨川沿いに国道219号を走り、八代から1時間ほどで人吉に着いた。
谷間が一気に平地になったように目前が開け、夕暮れの浅い闇の中にひなびた観光都市が現れた。
ナビを頼りに、風人は「人吉旅館<鯉の里>」に向かった。
創業百年を超えるその旅館は古く落ち着いた佇まいではあったが、鄙びたなかに何か光るものを感じさせる。
風人はリョーコを右手で縦て抱きにして、左手にスーツケースを下げて旅館の暖簾を潜った。
「今日は軽キャンパーじゃなくて旅館に泊まるの?」
風人の胸で、顔を見上げながらリョーコが言った。
「そうですよ。この旅館はわんこ同伴でも泊まれるんです。たまには姉さんと一緒に畳の上で休みたいじゃないですか」
とドヤ顔の風人。
「嘘!旅館って高いんでしょう?ドケチのあなたがそんなこと言うなんて」
「今日から三日間は、このお宿のあるお部屋だけは宿泊費はなんと75%OFFなんです。こんな老舗旅館に四分の一のお値段で泊まれるなんてめったに無いチャンスです。僕はね、お金を使わないケチじゃないんですよ。お金を無駄にしないケチなんです。ぐふふふふ」
「きゃああ風人、目が怪しい光を放ってるわ!」
「お客様、お客様――」
妖怪のように目を輝かせ、低く怪しい笑い声をたてていた風人は、歳の頃なら40なかばの、長い髪をきっちり結い上げた女将に声をかけられると0.2秒で元の好青年に戻った。
「ネットで予約なさっていた、日花さまですよね」
「はいそうです」
「宿帳に住所書いていただいてよろしいですか?」
「はい。東京都八王子市めじろ台●●××酒匂良蔵様方日花風人と。電話番号は―――」
宿帳は今風、ホテルと同じ様式だ。受付の向こうではノートパソコンで宿帳を入力している。
「ありがとうございます。桔梗の間にどうぞ」
案内された部屋は少々狭くはあったがそれでもつくりはかなり良く、ガラス戸の向うに中庭が見えていた。
畳の部屋の中央に四角いテーブルがあり、部屋の隅には小さな床の間もある。
「ホテルの洋室もいいですけど、旅館の和室が落ち着きますね」
風人は上着を脱ぐと木製のハンガーにかけ、畳の上に大の字になった。
そのまわりをちょこちょことリョーコが駆け回り、風人の胸にぴょんと飛び乗った。
同じ旅館の露天風呂の修理はちょうど完了したところであった。お湯の出を確認して、排水口を閉め、灰色の作業服を着た工務店の作業員が工具を担いで露天風呂から脱衣室を経由して廊下に出た。そのとき、工具箱の端が露天風呂の入り口の看板に当たり、カツンと音を立てた。作業員は慌てて工具箱が当たった看板を見た。幸い傷はついていなくて、作業員はほっとして、歩き始めた。
ただ、看板は傷こそつかなかったが、「女湯」が表であったのに、くるりと周り、裏側の「男湯」に変わっていた。
その作業員と入れ違うように、
背の高い若い女性が歓声に近い声を上げ、白髪交じりではあるがボリュームのある髪を肩の高さで切り揃えた初老の女性の乗った車椅子を押して旅館に入って来た。
「わあ!なかなかいい感じの旅館じゃない!」
「栄子、嬉しいのはわかるけど、いい歳なのですから少し落ち着きなさい」
小さいが力のある声で車椅子を押す若い娘に言った。
「はい、お母様」
窘<とが>められた娘は、言葉に反して舌先を出した。真木栄子である。
世界中で何よりも大切な母を、忙しい中有給休暇をとり念願の九州旅行に連れて来たのだ。
母方の祖父は熊本の出身で、何かあるごとに九州に行きたいというのが母の口癖でもあった。
「風情のある旅館ですね」
厳しい口調も裏腹に、真木の母、律子の顔はほころんでいた。
老舗の旅館でありながら、車椅子の客が出入りしやすいようにロビーは段差を極力低くしてなだらかなスロープを設けてあった。
チェックインの記入をしながら受付の女将に真木が訪ねる。
「このお宿の露天風呂、凄く評判いいそうですね。楽しみです」
「ちょうど改修が終わったところで、今夜から入れますよ。今夜は女湯となっております」
と女将が答えた。
「わあ!良かった!」
うきうき顔で車いすを押して部屋へ向かう真木と車椅子の母。
二人は部屋に入った。
真木は母の脚のことを考え洋室を選んでいた。彼女にしてみれば数か月前から悩みに悩んだチョイスなのだ。
母は、車椅子から杖を使って立ち上がり、ゆっくり歩いて椅子に腰かけた。見た目、年齢は50台後半であろうか。歩きにくいのは年齢からではなく、なんらかの怪我のためと思われた。
真木はスーツケースを置くなり服を脱いで浴衣に着替えた。
「お母様。夕食までちょっと時間ありますから、露天風呂入りませんか?」
「行きたいのだけど、露天風呂の床は凹凸もありますから、私は大浴場の方へ行きます。遠慮せずに露天風呂を楽しんでらっしゃい」
「ありがとうございます」
浴衣姿の真木は部屋に備えてあった大きな巾着袋にお風呂セットを入れて小脇にかかえ、露天風呂へ向かった。
脱衣場は広々として、壁には 小学校の教室の後ろにあるロッカーが大きくなったような木製の大きな格子状の服を置くスペースがあった。
細い葦を束ねて敷き詰めた床には、大きくやや平たい籐の籠が重ねて置いてあり、脱いだ衣装を入れられるようになっている。先客がいるようで、几帳面にたたまれた浴衣の上でアプリコットの毛色のトイプードルが丸くなって眠っていた。
「まあ、かわいい」
と思わず真木は口にした。このとき彼女の心の隅になにかがひっかかったが、目の前に広がる露天風呂に心を奪われていた。そう、そのトイプードルはどこかでみたような・・・・
長い髪をタオル地のヘアバンドでくくりお団子にして頭頂に乗せ、いざ露天風呂へ。
脱衣場と露天風呂を区切る曇ったガラス戸をゆっくり開けて、石で作った浴槽の縁から、長く形の良い脚を入れた。
湯は真木の好みより少しだけ熱かったが、腰まで浸かってみるとちょうどよい温度に感じられた。
湯気の向こうに先客がいて、首まで湯につかっている。露天風呂というのは照明が明るくないが、細く長い首、白い肌、少年のようなショートカットの少しウエーブのかかった黒髪。線の細い顔で、瞳が驚くほど大きく、睫毛が長いことがすぐに見てとれた。
(わあ!凄い美人さんだ!)
真木は天性の人懐こさでその美人の傍に寄って行き話しかけた。
「ここの露天風呂、最高ですね」
しかし、その美人は真木に一瞬振り返えったかと思うと、値踏みするような冷たい視線をなげかけたあと、ふいっと他所を向いた。
あきらかに避けられていることが感じ取れたが、その程度では真木はめげない。
「地元の方ですか?」
さらに話しかけたが、美人は返事をせず他所を向いたままだ。
流石に嫌な雰囲気を感じた真木。
「あの、何か気に障りましたか?」
と覗き込むように問うと、
「いま湯から上がろうと思っていたのですが、貴方が来たお陰でタイミングを逃しました。のぼせそうなので先に上がりますね、真木さん」
と美人は美しいテノール、正確に言うと男の声で答えた。
「え?!」
湯からゆっくり立ち上がった。少年のような髪の下は細く美しい首筋。そして、少年のような、ではなく少年の胸が湯からあがり、まるで水鳥のようにすいーっと脱衣場へと歩いて行った。
一呼吸、ふた呼吸、そして三呼吸ほどして、真木は「キャー!」と叫んだあとしばし立ち尽くしていたが、さばざばと水音をたててお湯をかき分け、脱衣場まで追いかけて来た。
流れるような動作で浴衣を着る風人の前で、何も隠さないままで真木が仁王立ちになり
「なんで貴方がここにいるのよ!」
と混乱と怒りを交えながら叫んだ。
「人形劇の公演の前乗りですよ」
真木がショートカットの美人と見間違えた日花風人は、眉ひとつ動かさず着終わった浴衣の襟を整えている。
「そんなこと聞いてるんじゃなくて、なんで露天風呂に男の貴方がいるの!?」
「前ぐらい隠してください」
風人は脱衣籠の横に重ねて置いてあるバスタオルを一枚とると真木に向かって投げつけた。バスタオルは真木にまっすぐ投げられたが、風人の顔は他所を向いている。バスケットボール選手のノールックパスのようだ。
真木はバスタオルを片手でキャッチすると、くるりと体に巻く。
「覗きは犯罪よ!警察呼ぶわよ!」
「貴方警察官でしたよね?」
口の端で風人が嗤った。
「きいっ!嫁入り前の私の裸を見ておいて、何よそのすかした顔は」
「見たくもないものを見せられて、迷惑したのはこちらです」
見たくもないもの、との言葉に、真木の顔は噴火寸前の活火山の火口のように真っ赤になった。
「ちょっとぉ、風人はちゃんと確認したわよ。ここの入り口には男湯って看板かかっててたわよ」
脱衣籠で寝ていたリョーコが起きて背伸びをすると、風人の足元まで寄って来て口をはさむ。
「え?」
身体にまいたバスタオルが落ちないように手で押さえたまま、小走りで確認に行く真木。
露天風呂の入り口にかかった大きな板には確かに「男」と書いてあった。
「なんで?」と呟きながらへなへなと座り込む真木。
場面は変わって真木と真木の母が泊っている部屋。
風人の部屋とは違い、洋風の部屋だ。脚が不自由な母のために真木がとったのだろう。
顔から湯気が出るくらい真っ赤な顔をして怒ってはいるが、しかし萎れている真木。
黒いテーブルの片方に真木が腰かけていた。
その隣には真木に無理やり連れてこられたであろう浴衣姿の風人が座っている。
「お母さま、私、もうダメです」
正面には旅館に着いたままの服装の母が座っていた。
「落ち着きなさい。あなたがダメなのは今に始まったことではありません」
旅ガイドと書かれた雑誌に目を落としたままの母が言った。
「酷い」
すがろうとした母に突き放され、絶望という文字が顔に浮かぶ表情の真木。
「何があったのか、ちゃんと仰いなさい」
「露天風呂で、この男に私の裸を見られてしまいました。もうお嫁に行けません」
しな垂れて話したあと、キッと風人を睨む真木。
真木の母は、じっと風人の顔を見た。
困惑しながらも、真木の母ににっこり微笑む風人。真木の母も微笑んで返す。
「何ですか。肌をみられたくらいで取り乱して。あなたがあっさりお嫁にいけるなんて、ハナから思っていませんよ」
「いちいち酷くないですか?」
再び萎れる真木。
「そうだ。こんなに素敵な殿方なら、いっそのこと見られた責任取ってもらったら如何?お母さんは大賛成です」
とにっこりしながら、さも当然という態で言い放つ母。真木も風人もリョーコも雷に撃たれたように言葉を失った。
「いえ、そそ、そんな、無理無理無理。責任なんてとってもらわなくていいです」
真木は顔をブンブンと勢いよく左右に振った。
「ということだから、お気になさらず。看板見ずに入ったのはこの子なのでしっかり叱っておきます。お目汚しごめんあそばせ」
さらっと言いのけケラケラと笑う真木の母を背に、風人はリョーコを抱いて、真木の部屋を出た。
「凄いお母さんですね」
物事にあまり動じない風人だが、顔に汗をかき、額に縦線がはいっている。
「あの母にしてあの娘ありだわよ」
リョーコも口が波線になっていた。
翌日の朝、風人は県境を超えて鹿児島県伊佐市へと向かった。現在、熊本県人吉市と鹿児島県車で30分走れば着く距離である。
かつて人吉市と伊佐市の間に存在した久七峠は、二つの市の物理的な距離と心理的な距離の両方を隔たったものにしていたが、平成16年に開通した久七トンネルにより非常に近いものに変わっていた。風人とリョーコを乗せた軽キャンパーが全長7km余りの久七トンネルを抜けると、目の前には広大な伊佐盆地が広がっていた。
「へえ、山間部かと思ってたら、結構広いじゃない!」
助手席に座っていたリョーコが思わず声をあげた。
伊佐市は鹿児島県の最北部に位置し、熊本県と宮崎県の両県の県境に接する、今では珍しくない過疎の地方都市である。人口は2万5千人、夏は鹿児島県本渡で一番気温が上がり、冬は一番気温が下がる内陸的な気候だ。寒暖差が激しい土地では美味しいコメが取れる。
伊佐市のコメは非常に美味で、かつては宮内庁に献上されていたそうだ。風人はなにげに立ち寄り買ったコンビニおにぎりでさえ目を剥くほど美味しいことに驚き、
「130円でこんなおいしいおにぎり食べられるなんて!」
と唸りながら伊佐市立文化会館へと軽キャンパーを走らせた。
伊佐市文化会館に到着した風人は箱付きの舞台技術者である岩永と大まかな打ち合わせを行い、メールで事前にもらっていた舞台寸法図を見ながら、暗幕の位置や照明の位置を確認する。
そうこうするうちに、ナークの資材を載せたトラックが到着した。
団長と砂川恵美が降りてきて、別の車で来た宮後と浦戸が鉄パイプを繋いで合板を固定しケコミが出来上がった。人形たちを動かしてみて、前後の間隔や、マイクの状態を確認し終わった頃には親子劇場のスタッフがやってきて、会場の入り口に受付用の机を並べ始めた。
劇団ナークの人形劇は、風人の腹話術で詰めかけた子どもたちと保護者たちのハートをがっちりつかむと、団長と宮後が、まるで人形に生命が宿ったような劇を展開し、大好評のうちに閉幕となった。
翌々日午後に人吉の小学校で授業の一環として人形劇が予定されていたが、翌日の公演はなく、劇団ナークのスタッフは機材を片付けたあと、伊佐市親子劇場の面々と懇親会に出席した。
天井の高い、洋式の部屋の天井には、四枚羽のファンがあった。
あと一週間で師走のこの時期、ファンは回っていなかったが、真鍮色の薄い翅が、家の作りの良さを物語っていた。
背の高い細身の男が北欧風のテーブルの向かい合わせに、趣味の良いデザインのソファに腰かけた、がっちりした男に諭すように話かけた。
テーブルの上には白地に青の草の模様の陶器のカップがあり、チャイが注がれ、互いの前に置かれていた。そのカップから微かにジンジャーの香り混じりの湯気がたっていた。
「赤木さん、今ならまだ間に合いますよ。忠元会を解散して、お金を皆に戻しましょう。全額とはいかなくても、必要経費を引いて返せばいいじゃないですか」
がっちりした男は口の端で嗤った。
「忠元会の会費は、新納忠元の軍資金を掘り当てるために皆が出し合ってくれたお金だ。使い方も俺に一任してもらっている。会員でもないあんたなんかにガタガタ言われる筋合いはないねえ」
「父はあなたを信じてお金を託したんですよ。あのお金は店の運用資金で——」
「小汚い雑貨屋に運用資金なんているのかい」
「改装して、陶器を置こうと私が提案したんです。銀行への申請も通って資金提供してくれた。しかしその資金を」
「忠元会に出資してしまったって言うんだろう?埋蔵金を掘り当てたほうがリターンが大きいと判断したんだ。親父さんのいい判断じゃないか」
「しかし」
「しかしなんだよ」
「私は知っているんですよ」
寺島の言葉に、赤木の顔が一瞬曇った。
「何を知っているっていうんだい」
赤木の言葉のどこかに少し上ずった声が混じる。
「嘘なんですよね?新納忠元の埋蔵金があるっていうこと自体が」
寺島がゆっくり区切るように言った。
「私の友人に歴史に詳しい人がいて、新納忠元の軍資金について聞いてみたんですよ」
赤木は押し黙った。
「新納忠元は戦国時代の薩摩藩の武将です。肥後と相良の両方に接するこの地は、軍事的に最重要地点なので代々文武に秀でる武将を置いた。いざという時のために軍資金を準備していたということは嘘ではないと思う」
赤木は黙っている。
「しかし、江戸時代に入り、隣り合う藩同士で戦を起こす可能性は低くなり、そのうえ薩摩藩は幕府から木曽川の工事を強制的に依頼され、財政的に非常に苦しんだ。軍資金はそちらのほうへ使われたはずで、埋蔵金として残っている確率は殆どゼロだと」
「いや、あるんだ。忠元公園の下に洞穴があってそこに軍資金が。俺はじいさんから聞いて、入り口の祠の場所まで知ってるんだ」
「貴方は、資金を得るためだけに忠元会を作った。そうでしょう?」
「違う。軍資金は本当にある」
「そうですか。仕方ないですね。私にも考えがあります」
「——―」
「忠元会の皆さんにこのことを報告します」
「———この野郎」
赤木は寺島につかみかかった。
「寺島さーん、岡村です。お好み焼き屋セルブロックの岡村でーす。こんばんは」
岡村は自らの店を閉じたあと、寺島宅を訪れた。手には細い透明な瓶が握られていた。クラフトジンのようだ。夕方、寺島から「美味しい料理をつくるので、飲みに来ませんか?」との誘いの電話をうけていた。
寺島は調理師の免許をもち、本職の岡村さえ驚くほど旨い料理を作るので、岡村はかなり期待していた。
返事が無いのでドアノブを回すと、鍵がかかっていなかった。ドアをあけ、玄関の中に入る。
「お邪魔しますよー。寺島さんの料理が食べられるから、お店九時半で閉めてきました!お好きなクラフトジンも持って来ましたよ」
しかし、返事がない。部屋の照明はついたままなので、何度も訪れた勝手知ったる他人の家とばかり、岡村はリビングへと入って行った。
「寺島さーん?」
寺島はソファではなく、ソファの座面の前の床に、仰向けに横になっていた。
「あー、こんなところで寝てたらダメですよー」
岡村はテーブルの上にあるカップを避けてジンの瓶を置き、床に横になっている寺島を起こそうとした。
「寺島さーん、疲れてるのはわかりますが、こんなところに寝てたら風邪ひきますよー」
岡村が寺島の肩をゆすったがまるで反応がない。
「寺島さん?」
岡村は反応の無い寺島の身体が、異様に冷たいことに気が付いた。
首筋に手を置いてみるが、体温がない。いや、そんなはずはと鼻の前に手を置いてみる。
手に息が当たらなかった。
岡村はその場にへたり込んだ。そして、ポケットから取り出そうとしたスマホを二回床に落とした後、震える声でやっと救急車を呼んだ。
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