第10話 アリバイ(2)

「実はね、大原さん――響子さんがね、目をうるうるさせて、君に頼めば夫の無実を晴らしてくれるかもって言うんだよ。ってちょっとわざとらしいかしら?」

「行きます」

「食いついたわね。しかも被せ気味に」

 真木はスマホの通話を切って、「わたしそんなこと言ってません」と手をぶんぶん左右に振る響子の方を振り返り、小さく舌を出した。

心なしか、響子の頬が少し赤くなっているように見えた。


風人は尾道署に駆け付けた。

小さな部屋、たぶん通常は市民からの相談などを受け付けるであろう閉じられた部屋で、小さな机を挟んで真木と対面で話す。

「なんだか、僕が取り調べを受けてるみたいだなあ」

と悪びれた。

佐藤は任意同行だったため、拘留は今日までだったとのことで、さきほど帰宅したらしい。

令状が取れない場合、理由もなく長く拘留すれば訴訟事例に発展する場合もあるからだ。


「夏彦さんが海に落ちた日は6月14日。場所は生口島南ICから東へ数キロの漁港の防波堤。少し離れた防波堤にいた人が、海に落ちる音を聞いたのは19時15分頃よ」

「すみません、6月14日といったら、一年で一番日没が遅い時期ですよね。音を聞いた人がいるなら、夏彦さんのいる堤防に誰かほかの人がいたか目撃しているのでは」

「それがあるなら最初から事故扱いしないわよ。当日は天候が悪化する前で、雲が厚くて暗くなるのが早かったの。その人に聞いてみたけど、落ちる音らしきものを聞いた以外はわからなかったみたい」

しかも、佐藤はその頃会社の自室にいた証拠があるといった。

6月14日は決算準備で経理課の職員が数名会社に残っていた。

数名が、副社長が自室に入るところを6時15分に見ている。

19時20分ごろ、経理課から提出された資料について、佐藤から指摘のメールが入ったそうだ。経理課はその指摘箇所を整理して、佐藤に確認資料をメール添付して送付。

20時5分に先ほどのメールは資料を見た結果自分の思い違いだったと再度メールが送られてきた。

21時00に佐藤は退社。このときも経理課の職員が見かけている。そして、

「いつもご苦労様」

と職員3人をさそって飲みに出かけているそうだ。

「完璧なアリバイですね。でもなんだか、完璧すぎる」

「最初のメール出して、夏彦さんが海に落ちた現場までどんなに飛ばしても20分、普通に走れば30分はかかるわけ。だから事実上犯行は不可能。それに、副社長の車は、経理課の窓から見える位置にあって、動いた形跡はなかったっていうんだもの」

「経理課の人たちが佐藤の車が駐車場から動いていないことを確認しているわけですね」

「そうなの。その日に限って部下を飲みに誘っているのよね。メールと言い、まるで私はここにいますよ!」と言っているような気がするわ。

「となると、リモートでしょうか。それともWEBメールでは。現場に行く途中にスマホからメールをだしたというのはどうでしょう」

「それ調べてみたんだけど、MK電子のグループウエアは車内サーバーでリモートに対応していないし、WEBメールでもないのよ」

風人は腕組みをした。

「メールのデータありますか?」

「君がそういうと思ってメールのデータ取って来たわよ」

「うーん、ちゃんと、会社のグループウエアシステムでメールしていますね」

「そうなのよ」

「リモートの可能性はありませんね」

「それが証明できればアリバイを崩していけると思うのよね」

「ん?」

「どうしたの?」

「姉さん、酒匂先生に送ったお酒ですよ。あれって、送り状は確か」

「送った日の翌々日の日付よね。あ!!」

 リョーコが声を出した。

「私たち、尾道からお酒送ったけど、実際おくられた日には別な場所にいたわよね」

 顔を見合わすリョーコと風人。

「送った時間を遅らせて書いたっていうの?それは無理よ。メールは送った時間しか記録しないもの」

 とは真木。

「いや、送ったのは確かにこの時間です。それ以前の時間に送る予約をしたというのはどうでしょう?」

「送信を予約したというの?」

「ここを見てください」

「佐藤さんが経理課に出したメールの送信時刻です。19:21分00秒。経理課から帰って来たメールの着信時刻19時40分23秒」

「昼間に佐藤副社長が社員宛に出したメール、送信時刻14時20分05秒、経理課に出した2回目のメール送信時刻20時05分00秒。やっぱり。真木さん、このグルーフウエアシステムをプログラムした会社と連絡取れますか?取れなければ仕様説明書があれば」

「とれるわよ。でもどこがおかしいのよ?」

「だって――」

「ねえ、ちょっと。どこがおかしいのよ」

「メールを出した時間ですよ」

「時間?」

「言っちゃなんだけど辻褄は合ってるわよ」

「いえ、出した時刻の記録です」

「もう、はっきり言ってよ」

「二回とも、秒数が00です」

「ちょうどに出したって事じゃないの?」

「ほかのメールを見てください。秒の記録が00なんてメール、ないでしょう?」

「そうね?」

「これって、送信予約したんだと思います」

「何故この表示を見て送信予約したと言えるの?」

「あらかじめメールを作っておいて、メールの送信時間を予約するんですよ」

「それと秒数とどんなつながりが」

「多分ですが、MK電子のグループウエアにはメールの送信予約機能があって、その予約機能には時間と分までしか設定できないのではないでしょうか。だから、両方ともメールの送信時間は00だったと仮定が成り立ちます」

「なるほどね。佐藤はメールを2通つくり、相手からの返事を予測して予約機能でメールを送信した。自分があたかも部屋にいるように見せるために」

「佐藤は、その時間部屋にはいなくて、夏彦さんのところへ行っていた。第三者に送ってもらったか、ひょっとしたら夏彦さんの車で一緒に釣りに行った」

「誘ったのは多分佐藤です。釣りをしながら話をしよう、とかそういったところだったんでしょう。ここまで周到に準備するということは、夏彦さん以外に知られないよう、口止めをするつもりだった。夏彦さんと会うことを会社の誰にも知られないようにしたということは、それなりの覚悟をしていたのだと思います」

「それなりの覚悟ね」

「先日、大原さん宅にお邪魔したとき、御主人の部屋をチラッと覗いたんです。壁にたくさんの餌木が飾ってありました」

「餌木?魚釣り用の?」

「よく知ってますね」

「夏彦さんは、釣りの中でもエギングをやっていたんじゃないかと思います」

「エギングって何よ?」

「もともとは餌木の事なんですけど、最近こんな言い方をするんです。餌木を遠くまで投げて、それをしゃくるんですよ。かなり体力の要る釣りです」

「ルアーみたいなものなの?」

「生地島の、夏彦さんが釣りに行った付近はエギングで大きなイカが釣れるポイントなんですよ」

「えーもう、だからなんで」

「6月14日の月齢は24。夜は月が出ていないんです。エギングの餌木は、金属製のものもあって、ギラギラして派手なんですよ。何故かって、イカから良く見えるようにです。もちろん月の明るい夜の方が食いつきがいいんです。これが闇夜じゃ見えにくいから食いつきが悪い。だから、この日はわざわざ釣りに行く日ではない。ちょっと潮目を調べてもらえますか?」

「ちょっと待ってね」

「ほら、潮目もあまりよくないんです。何より、この日は梅雨入りで夜半から強い雨が降ると予測されていて、実際たくさん降ったんですよ。なので釣りに行くことが目的なんじゃなくて、釣りに行くという理由をつくり、何か別に目的があったとみました」

「佐藤と会うことが目的、そういうことね」

「きっと夏彦さんは佐藤が横領している証拠を示したんでしょう。佐藤のこの日の動き、夏彦さんの様子から見て、当日佐藤と夏彦さんが会う予定であったことは間違いないと思います」

「そこで海に突き落とした」

「多分、そうじゃないかと。でも、今言ったコトはあくまで僕の頭の中の推理に過ぎません。殺意に近いものを抱いていたとは思うのですが、人を殺すって相当な動機が必要なはずです。そこに至る材料がまだ足りないような気がするんです。ですから――」

「それを調べるのも私たちの仕事って言いたいわけね」

「はい。まかせましたよ」

「誰に言ってるのよ。ねえ、君。5日後どこにいる?」

「どこって───?」


5日後、真木は警察官を一人連れ、MK電子の副社長室を訪ねた。

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