第六話「非魔法王国」

 旅を始めて一ヶ月が経った。


 ラヴェルも旅に少しずつ慣れてきたようで、野宿をしたり、野生動物を狩ったり、村で簡単な仕事をして金を稼いだり、様々なことが出来るようになってきた。


 私とステラは精神だけの存在だから疲れない身体なわけだけど、当然普通の人間であるラヴェルは疲れてしまうので、旅の進行速度はラヴェルが基準になっている。


 基本は歩きなので、流石にラヴェルが疲れてしまうから馬車を使おうと提案しても、彼女は頑なに拒否してくる。


「進むのに時間がかかっちゃうかもしれないですけど、なるべくお金は使わないようにしたいし、何よりちゃんと自分の足で旅をしたいんです」


 と言っていた。なんて真面目な娘なんだろう。


 お姉さん感動しちゃう……。


 などとふざけたことを言っているが、外見の年齢は死亡時のまま止まっているけど、実際にはいくつもの並行世界を旅しているので、私はもう百歳はとうに過ぎている。


 最早お姉さんどころの騒ぎではないのだが、如何せん精神年齢の成長が経過年数に応じてないのが悪いところだろうか。そういえば生きていた頃にも四十代や五十代になっても若者気分で接してきたり生きてたりする人をよく見たものだ。アレと同じなのだろう。


「そういえば、ラヴェルの実父のタイド――さんだっけ?」


「はい、タイド=サン=ブラックです」


「タイドさんってどういう人だったの?」


 拓けた山道を三人で並んで歩きながら問いかけた。


 当代のレイラフォードであるラヴェルのように、レイラフォードとルーラシードは破格の魔力を持つことが出来る。


 ジャックさんから聞いた話だと、ラヴェルの実父のタイドさんはとてつもない魔法が使えたみたいだから、もしかしてタイドさんがかつてルーラシードだったのではないかと思ったのだ。


 まぁ、既に亡くなっている方がルーラシードだったから何だという話ではあるんだけど……。


「父について……ですか……」


「興味本位っていうのが本心だけど、今後旅をする上での参考になればと思ってね」


「なるほど、そうですね――」


「…………」


 ラヴェルが過去を振り返ろうと思い出そうしているのに、普段は明るいステラが珍しく絡んでこないと思ったら、『父親』という話題を振ってしまった事を今更後悔してしまった。


 ステラが今精神のみの身体になっている理由は、父親に育てられ、鍛えられ、そして見捨てられ、殺されたからだ。


 その時に持った強い想いによって、ステラは精神のみ生き残ったのだった。


 ステラはステラで、また一人分の物語がある。


 その旅路はまた改めて記そう。今はラヴェルの旅路だ。


「父のことについてなんですけど、レイラさん達は別の並行世界から来たから、あまりこの世界の歴史には詳しくないんでしたっけ?」


 ラヴェルに教えた世界の理は『私とステラが死んでいること』『別の並行世界から来たこと』『並行世界の渡り方』という内容だけにした。


 魔法使いであるラヴェルは『魔法に関する話は他人に話すと自らの命が失われる』ということは認識していたため、それについては補足をして『魔力抵抗力の高い者には世界の理を伝えることができる』という説明をすると、魔法に関する世界の仕組みについて理解を深めたようだった。


 私達が死んでいて、並行世界を移動しているという話はこの旅をする上で必要だから伝えた。


 しかし、ラヴェルは旅が終わってもこの世界で生きていくのだ、不用意に情報を与えるのは良いことではないし、それ以上に万が一世界の理をどこかで喋ってしまってラヴェルが死んでしまう可能性を下げるためでもある。


 ――ってなんだっけ。そうそう、この世界の歴史の話だった。


「そうね、この並行世界に来てから色々と調べてはいるけど、どうしても限界はあるからね。歴史に関しては知らないことが多いわ」


「でしたら、『非魔法王国戦争』のこともあまりご存知ではないですか?」


「調べていた時にその国の名前だけは聞いたことがあったけど、詳しくは知らないわ」


「それでは、簡単に説明しますね」


 気がつくといつの間にかラヴェルと二人で会話をしていた。


 隣を歩くステラは相変わらず黙ったままだった。時々こういう繊細な面を見せる時がある。私の責任だ、後でたっぷり撫でて遊んであげよう。


「非魔法王国は十五年ほど前に勃興した国家でした」


「でした? ってことは?」


「はい、もう今は存在していません。存在していたのも数年間だけでした。世界中の魔法が使えない人達や、簡易な魔法しか使えない人たちが突然北部の土地に集まり始め、非魔法王国という国を立ち上げたのです」


 明らかに不自然な国の興り方、裏に必ずなにかあることは明白だ。


 これが意図的なものでなかったら、誰も知らないくらい潜んでいた宗教国家かなにかであろう。


「国主の女性は『魔女』を名乗り、世界の人口の七割近くを国民としました。恐らく『人を洗脳する魔法』を使って魔力の弱い人達を洗脳したのだと言われています。当時は統計を取っていなかったので、それだけ魔法の使えない人たちが多いのだと驚いたそうです」


 人を洗脳する魔法か……。様々な世界を旅してきて大勢の人々と出会ってきたけど、一人だけ心当たりがある……。アイツならやりかねないわね……。


 最大にして最悪、諸悪の根源のアイツなら……。


「魔女は各国に対して王国民の命を人質にして、『大魔道士』の差し出しを要求しました。これも当時は統計や階級付けの制度が無かったので大魔道士と呼べる人物が誰か分からず、差し出そうにも誰を差し出せばよいのか分からなかったそうです。今は魔術協会で格付けがされているんですけどね。戦争がきっかけで制度が整うっていうのも皮肉な話です」


「非魔法王国の国民と言っても元々は各国の国民でしょうからね。助けようとするのはわかるけど、かといって人身供犠みたいな真似をするのも国家として悩まれるところね」


「はい、結局各国は自国民の救出という名目で連合軍を結成し、非魔法王国に対して侵攻を開始しました。魔女は『私からは誰も殺さないが、向かってくるなら迎撃する』と言い、お互いに受け身で戦い、王国兵を可能な限り殺さずに捕らえるという異常な戦争だったそうです」


「戦争というよりは救出戦と言った感じね」


「そうですね、歴史学者の方には非魔法王国民救出戦と呼ぶ方もいます。ただ、戦争が始まってもまだ王国へ到着していなかった洗脳された人たちもいたのでまずはそこからの捕縛から始まったみたいです。一方でそういった戦地へ向かう方々や実際の戦地の方々に対して商売をする人もいて混沌を極めていたそうです。そして、この戦争で活躍したのが後に『大魔道士』と呼ばれる方々でした。この大陸中央部出身では私の実父タイドがそれでした」


「なるほど、そこでラヴェルのお父さんが出てくるのね」


「他にも大魔道士と後に讃えられた方々がいたそうですが、この中央部を含めて何名も魔法使いが戦争中に命を落としたそうです。そして、きっとその中に魔女が求めていた方がいたのでしょう。ある日突然魔女はいなくなり、全員の洗脳が解けて戦争は終わりました」


「全てが異常な話ね、世界を巻き込んで破壊しようとする行為……。多分、その魔女は『この世界』を去るときに、『使命は果たした』とか『サヨウナラ』とか言ってたんじゃないかしら? 殺せなかったときは悔し紛れに『飽きた』とか『興ざめだ』とか言うんだけど」


「そ、そうです! 魔女は『サヨウナラ、呪われた女』と発言して去ったと言われています!」


「多分だけど、その魔女には心当たりがあるわ……。私が全ての世界で一番嫌いな奴よ……」


 呪われた女はどっちよ……。既にこの世界に来た形跡があったなんて……。


 目的の為なら世界をめちゃくちゃにしてもいいと思いやがって……。


 アイツのせいで世界の歴史が大きく変わってしまったし、関係のない人たちまで大勢亡くなってるじゃない……。何が『誰も殺さない』よ、目的の為ならどれだけ犠牲が出ても構わないと思っているくせに……!


「アレは呪われた魔女よ。でも、安心していいわ、あの魔女は一度行った世界にはもう興味を失って二度と来ないでしょうから、この旅路には関係のない話よ」


「えっ……。――いえ、レイラさんの事情もあるでしょうし、それ以上にこの世界で知りようのない事を私が知るべきではないですね……」


 ジャックさんに育てられたからか、この娘は本当に賢い。


 自分が何を知るべきか、これ以上知るべきではないことをちゃんと把握している。

 アイツの事はこの世界のことではない。いや、この世界の歴史に関わっているけどこの世界の旅には関係がない。その辺りの事をしっかりと弁えている。


「レイラ!! 今ユキナの話してた!?」


 しょんぼりとしていたステラが突然耳元まで詰め寄って大声を出してきた。


 せっかくあえてラヴェルの前で名前を出さなかったのに、大声で叫ばれては意味がなくなってしまう。


「ステラ、突然大きな声を出さないで。アイツは十年ほど前にこの世界にいたみたいだけど、もうこの世界にはいないみたいよ、この世界にいるうちは諦めなさい」


「むむむ……」


「えっと……。お二人ともよっぽど深い怨恨があるみたいですね……」


「ぜーったいに! 許せないやつなんだ!! 次にあったら絶対に首を撥ねてやるんだから!!」


「まぁ、私も目の前にいたらぶっ殺したいくらいには嫌いなやつだけど、この世界で出会うことはないし今はこの旅のほうが重要よ」


「あはは……」


「ごめんなさい、つい感情的になって話が逸れてしまったわね……。ラヴェルはタイドさんが戦争に行く道中に残した足跡を追っているのは理解していたけど、おかげでその背景を知ることができたわ」


 目的を知っていてもその背景を知らなければ、探す上でのヒントを見逃してしまうかもしれない。


 こういう話は旅を始めてすぐ聞くべきものだから、一ヶ月しか経っていない今聞いたけど、私の一ヶ月とラヴェルの一ヶ月は感覚が違うから、彼女からしたら「今更聞いてきた」くらいの認識なのかもしれない。


「私のワガママに付き合って貰ってしまってすみません……。何も情報がないまま探しているものばかりなので、見つかれば運が良いなってくらいではあるんですが……」


 ふと、私は懐にある所持金を確認した。


 一人で生活するには若干心許ない金額しかないのだけど、今までお金を使わずに生活してきたにしては、幸い自分の感覚が狂っているという自覚は持ち合わせている。


 この財布をステラにお金を預けるのはとんでもないし、一番使うであろうラヴェルにお願いしたら申し訳ないと言って辞退されてしまったから、結局私が管理している。


「手持ち金も少し減ってきたから、次の村か町で少し稼いだ方が良いかもしれないわね。その際に、タイドさんの情報も併せて探ってみましょ」


「はい! ありがとうございます!!」

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