第五話「ラヴェルの選択」
「と、父様! 私の魔力のことについては誰にも内緒だったのでは!? だから代わりに父様が大魔道士っていうことに……!」
ラヴェルがジャックさんの服を引っ張っている。本人の中ではよほど衝撃的な出来事だったのだろう。
正直なところ、ジャックさんが本当に大魔道士であるという可能性もあったけど、ラヴェルの魔力が高いことを知っていた私達からしたら、存在が隠されていたラヴェルが本当の大魔道士であることは想像に難しくはなかった。
「年若き娘が大魔道士並の魔法が使えると知られれば悪い虫がついてくるから
な……。老いぼれた私が名乗っていれば、私を知るものであれば見向きもせず、知らぬものであればこんなものかと呆れて帰るだろう。かといって人の話は尾ひれが付いて話が広がる、ラヴェルの存在自体もだが、魔法を使えるという話を完全に封じることは不可能だ、それより先に嘘の情報を撒いた方が早い……。まぁ、君たちもそれに引っかかったのかと思ったのだがどうも他と違うようだし、大方最初から感づいていたのだろう。違うか?」
「正直なところ前段部分は知らず、結論を知った上で来ました……。ステラに『魔力の高い』『女性』という条件で探索をしてたどり着いたので……」
実際には『レイラフォード』を探索していたのだが、レイラフォードは世界からの加護を受けているから間違いなく魔力が高い女性なので、そこまで嘘は付いていない。
それにレイラフォードという単語は『先』の情報だ、死ぬつもりでなければそもそも伝えることが出来ない。
「そうだろうな、でなければラヴェルの存在はこの村のものであっても知る者は殆どいない。ましてや他所から来た者が知っているという時点で不自然だった。君たちは様々な面で不自然だ、もう少し隠した方が良い」
「ご、ご忠告痛み入ります。その上で、その怪しい人物をある程度信用していただいてありがとうございます」
「人に危害を加えるような魔法を使う者であれば一蹴していた」
「よかったねぇ、レイラぁ」
ステラがニコニコとした顔でこちらを見る。
たまたま運が良かったのだと改めて実感しているのだが、ステラはどれくらい理解しているのだろうか。
ただの通りすがりの人物に対してこれだけ信頼をおいてくれるなど、普通では考えられない。それだけこの世界で『使える魔法の種類』というものは人物を見る上で重要な役割を持っているのだろう。
「少なくとも一人の老いぼれた魔法使いとしては二人のことを信じるに値したが、ラヴェルの父としては会って間もない者に旅をさせようとは思わぬ。決めるのは本人次第だ」
「うぇえええ。父様! そんな急なことを言われましても!」
わかりやすく慌てて、ラヴェルは文字通り頭を抱えてしまっていた。
無理もない、突然押し入ってきた人間がいきなり自分の人生を変えるような選択を迫られているのだから。私だってこんな急に言われても返事をできる自信はないだろう。
「別に私たちはこの場ですぐに決めていただかなくても構いません。お返事が聞けるまでこの村に滞在いたします。直接ご自宅まで伺って緊張をさせてしまったかもしれませんが、ギルド――ってやつでしたっけ、私は行ったことがないんですけど、あぁいうところで仲間を勧誘してるような感じだと思ってください」
「レイラはねぇ、すっごくって、カッコよくて、すっごいんだよぉ! ラヴェルも一緒に行こうよ!」
「ステラ、少し黙ってなさい」
腰に抱きついてくるステラの頭を撫でながら、話を続けた。びしょ濡れのままだから少し離れてほしい。
「改めて目的だけお伝えします。ラヴェルさん、貴女と北の地へ向かい、とある人物に会わせたい。それだけの旅路です。駄目だと言われても諦めるつもりはありませんが、もし旅をする上でラヴェルさんにも何か目的があればそちらを優先していただいて構いません」
ラヴェルが『目的』という言葉に反応したのを私は見逃さなかった。きっと彼女は彼女なりにやりたいことがあるのだろう。
「北への旅かぁ……」
彼女がそう呟いたのを最後にして、そのままその場は別れて、私達は村の宿屋に泊まることにした。
別に宿屋で泊まる必要はないのだけれど、ジャックさん達がいる手前、野宿で過ごして怪しまれても困るので、少ない金銭を使って宿屋に泊まっている。
お金がなくなってきたらまた稼げばいいだけの話だ。
◇ ◇ ◇
それから一週間、何も音沙汰がないまま時が過ぎていった。
肉体という枷を解き放ち、無限の時間を得た私達からしたら一週間など一瞬であるが、ラヴェルからしたら選択を迫られた一週間だ、普段よりも長く感じているだろう。その点については、少しだけ悪いことをしてしまったという気持ちになった。
宿屋の周りの草むしりをして日銭を稼いでいると、わざわざジャックさんが宿屋まで出向いてきた。
「レイラ嬢……何をしているんだ?」
「え? あぁ、宿代と短期労働で賃金を得ようと思いまして」
手についた土と草を払いながら立ち上がり、ジャックさんに目を合わせる。
驚いた様子で私の事を見てくるので、ニッコリと微笑み返した。こういった泥臭くて地味な仕事をしていたのが意外だったのかもしれないけど、私としては単純作業は嫌いじゃないし、やるならいつでも全力だし草むしりも結構好きな部類だ。
「あぁ、そうだったか、すまない。結論が出たようでラヴェルが呼んでいたものでな、良いか?」
「えぇ、ステラも呼んで後ほどご自宅までお伺いします」
ステラは
守ることしか能がない私と違って、ステラは金を稼ぐのにはもってこいの能力だ。
恥ずかしい話だが、私達の手持ち金の殆どはステラが稼いだものだ。
◇ ◇ ◇
「お待たせいたしました」
「来たよー」
手や衣服についた泥を綺麗に整えたうえで、ステラと合流した私は早速モーリス宅を訪れた。ステラは手を振るな失礼でしょ。すぐに人と仲良くなろうとするのは良いけど、距離感の詰め方が早すぎる。
「本当に何とも不思議な者たちだ」
「お褒めの言葉と取らせてもらいますね」
「好きにしてくれ給え」
ジャックさんは四人掛けの奥の椅子に座り、腕を組み、私達の方を見ると表情を緩めた。
「ど、どうぞぉ! お、お二人ともおかけください!」
玄関に立っていると、奥にあるキッチンから木製のカップを二つ持ったラヴェルが歩きながら現れ、着席を促してきた。
明らかに緊張をしており、声が上ずっている。
ラヴェルがテーブルにカップを二つ置くと、ジャックさんの隣の席に座ったラヴェル、私とステラは揃って二人の向かいの席に座った。全員の視線がラヴェルに向く。
「で、実のところ私もまだ結論が出たという事を聞いただけで、その内容までは聞いていない。どうするつもりだ? ラヴェル」
ジャックさんも答えを聞いていないというのは意外だったが、答えを聞いたからといって対応を変えるつもりがないというのは、それだけ娘を信用しているのだろう。
親子とはいえ、それだけ信頼された関係というのは正直羨ましくある。
「そ、その……わ、私も一緒に旅に行きたいな……って思います……。ごめんなさい、父様……」
ラヴェルが少し俯きながら震える声で呟いた。
チラチラと私とジャックさんの顔を交互に伺っていた。どんな返事が返ってくるのか気にしているのだろう。
「そうか……。やはり『北』か?」
目を瞑り、ジャックさんがラヴェルに問う。その言葉にはどこか重みを感じた。
「はい、それもあります。それに、私もいつか旅をしてみたいという淡い夢があったから……」
「その『北』というのは?」
「娘と言ったが実際には養子でな、本当の父親はこの娘が幼い頃に北部の地で亡くなっている」
「なるほど……そういう事情が……」
養子というのは想定外だった。いや、別に養子だから何だというわけではないのだけど、血の繋がらない養子であったにも関わらずジャックさんとラヴェルはお互いに信頼しあっているというのは凄い事だと改めて感じた。
私は他人に対してそこまで手放しで信頼出来るほどの関係を結べているのだろうか……?
「この娘の母は産まれた時に亡くなり、父は当時起こっていた戦争で北部の地へ向かうことになり、幼い子供を連れて行くわけにもいかず友人である私に預けていった。この娘のエミューズというミドルネームも亡くなった母親の名から取ったものだ」
「良いんですか? 私達にそんな重要そうな身の上話をして……」
こんな重い話をされて、いきなり背負うものが増えてしまった。
世界を渡る我々はなるべく人間関係には深入りしない方が、別の世界へ向かう時に後腐れが無くて済むのだが……。
「なに、大した話ではない。ラヴェルの存在を知っている者は概ね皆知っている話だ。言い換えるならこの話が出来るということはラヴェルを任すに値する者でもあるということだ」
「私の実父は北の地で亡くなりました。だから、いつか父が見た景色を見てみたかったということが一つ。そして、父は北の地へ旅をしながら向かったと聞いています。だから、子供の頃からいつか私も北の地を目指して旅に出てみたい、出来ればなにか一つでも父の足跡があれば見てみたい――私が抱いていたのはそんな淡い想いです」
「なるほど、そこに都合よく北の地を目指す者たちが訪ねて来た……というわけですね」
「いずれ一人でも旅に出ていってしまうのだろうとは思っていたが、ちょうど良いところに同じ方角へ行く者が現れたというわけだ。養父としては複雑な心境だが……。共に向かうには十分な資格もあるようだ、来るべき時が来たのかもしれんな……」
ジャックさんはラヴェルの顔を見ると、少しだけ優しい顔を見せた。それが普段の顔であるのか、それとも稀にしか見せない顔なのかは私にはわからないけど、旅立ちを見守る親の顔というのはこういうものなのだろう。
それにしても、あまりにも話が上手く行くし、都合が良すぎると思ったら、利害が偶然一致しただけだから、私達の手柄でも何でもなかったわけだ。
「でも、それだったら私達ではなくても過去に同じくラヴェルさんを求めて来た方がいらっしゃるのでは? 私が言うのもなんですが私達みたいな突然やってきた輩で大丈夫ですか?」
私達はレイラフォードを探すという目的で来たのだが、それ以外にも誰かしら来ていてもおかしくはないと思う。
それこそ、たまたま利害が一致した私達よりも条件の良い話だっていくらでもあっただろう。
「さっきから言っているが、ラヴェルがここにいることは基本的に秘匿しているの時点で、殆どの者がふるい落とされる。これはラヴェルの実父が大魔道士と呼ばれる存在だった故の措置だ、私のような偽物と違ってな。それの娘だ、何に利用されるかわかったものではない」
「本物とは……?」
「文字通り本物だ。ラヴェルの実父であるタイド=サン=ブラックは村一つ程度を上空から見えない力で全て押し潰す事が出来た。まぁ、それもレイラ嬢の防御壁では防いでしまうのかもしれないがな」
詳しくサイズ感を聞いてみるとどうやら半径約五百メートル、面積にして七千三百五十平方メートル、円周にしたら約三千二百メートルだろうか。その範囲を押し潰す――恐らく重力によるものなのだろう。
小さい村なら壊滅してしまうし、城塞でも半壊はする範囲だろう。
正直なところ、尾ひれがついているのかもしれない眉唾ものの能力だ。これが事実ならもはや個人レベルではなく戦略兵器レベルの存在といって良い。
しかし、それが実在したとして、そんなものを扱う人物の娘となったらどうなってしまうのか想像に難くない。
「そんな親を持つ娘だ、最初こそ私も扱いに困ったが振り返ればもう十年以上共に過ごして、今では私よりも優れた水を操る魔法使いになった」
「ジャック父様が認めるような方が訪れるのはとても稀だったので意外でした。でも、あくまで求めていたのは優秀な魔法使いであって、私という存在が求められたことは初めてでした」
「世間ではラヴェルではなく私が水を操る大魔道士ということにしているが、実際にはこの娘の魔法は私を遥かに凌いでいる。いや、正確にはある日突然急激に強くなったと言った方が正しいかもしれないな。それまでは大魔道士であるタイドの娘とは思えないほど魔法が使えなかったが、三年ほど前だったか、急に魔法の扱いがうまくなったと思ったら私など容易に超える魔法が使えるようになった」
……きっと、その日からラヴェルが世界に選ばれてレイラフォードになったのね。
レイラフォードは世界に一人しかいない。
現時点でレイラフォードの者が死ねば別の誰かがレイラフォードに選ばれる。
その三年前、前代のレイラフォードが亡くなり、そして代わりにラヴェルがレイラフォードに選ばれたのだ。
レイラフォードは世界の加護を受ることになるから絶大な魔力を有する。だから、ある日突然ラヴェルの魔力が強くなったのだ。
逆にもしラヴェルが亡くなってしまうようなことがあれば、世界の何処かに新たなレイラフォードが生まれる。
本来の世界の摂理としては、たまたま近くに出現したレイラフォードとルーラシードがたまたま出会う事で新しい並行世界が生まれる。それこそ植物の受粉みたいなもので、風任せ運任せで並行世界というものは生まれていた。
すなわち、私達がやっているのは人工授粉のようなものだ。
人々の選択肢を増やすために、何より運命の男女を出会わせるという事が正しいと信じ、これを使命として活動をしている。
一方で私達の活動を邪魔する者もいる。ルーラシードに近づきそうなレイラフォードを殺して回り、並行世界が生まれないようにする呪われた女。私の旅はアイツとの戦いでもあるのだけれど……。
「ラヴェルの魔法は強大だ。本来の魔法は旅をするなら今後見る機会もあるだろう。実父と同じ衝撃魔法にすれば良いと言ったのだが、この娘は私と同じ水魔法を使うと言って聞かなくてな」
「父様には養父としてだけでなく、魔法使いの師匠としてもずっと幼い頃から面倒を見てもらっていたから……。今は力も弱くなって最後に魔法を見たのはもう三年以上前になりますけど……」
あまり高齢で能力を使う人を見たことがなかったからか、年齢に応じて能力というものは弱まるのだろうか。なかなか興味深い。
それにしてもラヴェルは見た目の年齢以上に礼儀正しくしっかりした娘だ、ステラにも見習わせたい。
「何にせよラヴェルは元から外に出たいと思っていたし、例え一人でもいずれは北へ向かっていただろう。こちらからしたら降って湧いた好機だ。だが、もしラヴェルがレイラ嬢との旅を辞めたいと思うような事があれば別れさせて欲しいし、別の旅に行きたいといえば自由にさせてやって欲しい。そして、ラヴェルにはこの旅で誰の力も借りずに未来を見つけて欲しい。これが養父としての私からの条件だ」
「父様……」
「ラヴェルの父が亡くなったという場所は概ね把握している、だが敢えてそれは伏せておこう。レイラ嬢には悪いがラヴェル自身の手で見つけ、そして自分の目で見て来てほしい」
今回、私達が介入したことで彼女の未来は変わってしまった。しかしこれも彼女は彼女なりに考えた上で選んだ選択だ。この縁を大切にしなければならない。
最初こそ寂しそうな顔をしていたラヴェルだったが、改めて覚悟を決めたのか力強く気合の入った顔つきに変わっていた。
「ラヴェルさんに何事も無いよう、私がしっかりと守ります。私、守るのだけは得意ですから」
私が微笑むとジャックさんも柔らかい表情を見せてくれた。
きっとこの顔がこの人の本当の顔なのだろう……。
「あ、あのレイラさん、ステラさん。私自身も父の足跡を追うためにどこまで北に行くのか目標が定まってないんですけど、迷惑をかけないようにしますので、お、お願いします!」
ラヴェルは椅子から立ち上がって勢いよく深々と礼をした。
「こちらこそ、突然現れて無理を言ってすみません。これからよろしくお願いします」
私も椅子から立ち上がってラヴェルに対して手を差し出す。
その手を震えながらもガッシリと両手で掴んだ彼女の手は、この世界を救う第一歩目を感じさせられた。
ちなみにこの間、ステラは一言も喋らずニコニコしたまま黙っていた。
何か変なことをしないだけ偉くなったものだ。
◇ ◇ ◇
それから数日して、三人での旅が始まった。
北へ向かい、これから長い長い旅になるのだろう。
ラヴェルは背中に大きめのリュックを背負っており、旅に対する意気込みを感じる。
一方で私とステラはほぼ手ぶらという有様だ。この状況は後で説明しなければならない。
山道を辛そうに息を切らしながら歩くラヴェルに荷物を代わりに持とうかと提案したが断られてしまった。まだ頼ってもらえるほどの信頼度はないようだ。
「そうそう、私の事はレイラでいいわよ」
「は、はい。わかりました、レイラさん。私もラヴェルでお願いします!」
全然伝わってなかった。
「ワタシもステラでいいよー」
「えっと……じゃあ、よろしくね、ステラちゃん」
見た目の年齢差もあるけど、なんとなく扱いに差を感じてしまう……。
いや、私の方が丁寧ではあるんだけどさ……。
「とりあえず北に向かって進んで、村ごとに懐と相談しながら食料とかの調達をして進む様にしていくわね」
「は、はい! 三人もいるから食べ物とか色々とお金もかかりますしね! 私、がんばります!」
ラヴェルが気合を入れている。
多分その大きなリュックにも色んな資材なんかが入っているんだろうし、本当に気合を入れているところに申し訳ないけど――
「あぁ、えっと……食べ物とかその辺りは、私とステラは要らないから安心して」
「へ?」
「私達はもう死んでるから食べなくても平気なの」
「オバケなんだよー!」
目が点になるとはこういうことなんだという表情をしている。
「うえええぇえぇぇぇぇ!!?」
会って間もないけど、ラヴェルは何となくからかいたくなる性格をしているなって思った。
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