第四話「大魔道士の審判」

「ラヴェル=エミューズ=モーリス……。名前から察するにお二人は親子……なんでしょうか?」


「その名の通りラヴェルは私の娘であり弟子でもある。それで、改めて聞くがどうしてラヴェルの存在を知っているのか、どうしてラヴェルと旅をしたいのか、そしてお前たちは何者か、ここまで来たらその全て話すまで帰せなくなったな」


 白い顎髭を撫でながらジャックさんがこちらを睨みつけてきた。


 当然の質問だ。いや疑問といったほうが正しいかもしれない。突然押し入って「いるんだろ!  出てこい! 女を出せ! 隠すな!」って言われているんだ、正面突破の当たって砕けろ作戦だったけど冷静に考えたらマフィアかと思われてもおかしくない。


 ジャックさんはラヴェルも椅子に座らせるよう促し、四名が相対する形でテーブルに並ぶこととなった。


 室内は非常に張り詰めた空気が漂っており、私は内心緊張し、ジャックさんは悠然と黙し、ラヴェルは落ち着かない様子で、ステラは相変わらずびしょ濡れのままミルクが美味しかったのかニコニコと笑っていた。


「まず、私と隣にいるステラは『魔法』が使えますが、これは自力で使えるようになったもののため、魔法の何たるか基礎的なことは何も知りません。そのため予め申し上げますが失礼があるかもしれません」


「自力でか……。まぁそういう者も多いが、そういった場合は魔法協会や魔法学校などに所属してどういったものか学ぶのが一般的だが……。まだそういった施設が備わっていない地域も多いからな……」


「魔法がどういう使われ方をしているのかは知りません。ただ、私とステラは『その先』のことを知っています」


 私とステラは知っている。


 魔法が本来どういうものであるのか、そして並行世界を旅する者でなければ知らない『世界のことわり』を……。


 私は忌々しい呪われた女に教えられ、ステラには私が教えることとなった。


 世界には秘匿された様々な事柄がある。魔法という存在もその中のうちの一つだし、世界を渡る者やレイラフォード、そして私達がやっている並行世界を旅して世界の枝葉を増やすこと。これらは全て『魔法』という存在の『その先』にある『世界の理』に関する内容だ。


 世界の理に関することを他人に話すと話した人間は世界から『罰』を受けて死んでしまう。


 話を聞いた人間ではなく、『話した側の人間』が死んでしまうのが注意する点だ。


 恐らくこの世界の魔法使いには『魔法に関することを他人に伝えてはならない』というような禁止事項があるのだろう。話すことで自らの命を失うことになるからだ。


 例えるならレベル二の魔法をレベル一しか無い人に教えてしまったら、教えた方が死んでしまうという感じだ。とても理不尽な仕組みだと思う。


 私やステラが情報を共有する時に人気のないところで話をしていたのもこれが理由だ。うっかり誰かに聞かれでもしたら私達の方が死んでしまうからだ。


 本来、世界にとって世界の理に関する情報は枝葉に実った果実。その果実を一つ丸ごと手に入れることが出来る人間は限られている。


 非常に強い魔法が使えるような、それこそ私やステラのように並行世界を移動することが出来るほど魔法に対する抵抗力がある人間であれば果実を全て手に入れることが出来る。


 この世界であれば、レイラフォードであるラヴェルと遠い北の地にいるルーラシードがそうだ。この二人であれば確実に世界の理を教えることができる。


 ジャックさんは魔法の存在は知っているから多少は世界の理に触れているのだろうけど、その先の情報――例えばレイラフォードの存在などは恐らく知らないだろう。もちろん全てを知る誰かが自らの命を犠牲にして世界の理を全て伝えているという可能性もゼロではないが……。まぁそんなケースはまずないでしょうね……。


 そしてこの世界で魔法という存在がこれほど周知されているということは、この世界の人々は魔法という存在が許される程度には、全員が果実を一口程度かじった世界なのだろう。


 そういう並行世界があってもおかしくはない。


「ラヴェルさんがどうしてここにいるのかがわかったのか、それは先程お見せしたとおりステラの魔法を使ったからです。しかし、どうして私達がラヴェルさんを求めているのか、それは話すことは出来ません。また、彼女と一緒に北部を目指す理由は、彼女に会わせたい人物がいるということだけです。それが誰かを話すことはできません。私達が何者であるかもただの小娘二人であること以上の事は話せません」


「これは話せるが、これは話せない……か、魔法がどういうものか知らないというにも関わらず、実に魔法使いらしい物言いだ。それに、北にいる会わせたい人物か……」


 多分ジャックさんは魔法を使う者のルールとして心当たりがあるのだろう。


 この言い方はジャックさんがどの程度世界の理に触れているのかを測るのと同時に、私達が『そちら側の人間』であることを伝える良い手段だと思って考えたものだ。


 ここに大魔道士がいると知ったときからずっと考えてた言い方だから、上手くいくといいのだけど……。


「私は魔法使いについてあまり詳しくありませんが、恐らく魔法使いには他人に話してはならない内容があるのではないでしょうか? もしそうであるならば私達は一般に知られている内容の『その先』を知っています。もしジャックさんも魔法が使えるならば、私が話せない理由もご理解いただけるのではないでしょうか?」


 ジャックさんは腕を組み、目を瞑り思案していた。


「ハッタリだとしたら大きく出ているな、大魔道士を名乗り、魔法に関して造詣が深い者に対して私よりも『知っている』などと」


「もちろん証明は出来ません。ジャックさんがどこまで知っているのかはわかりませんし、それはお互いに確認したくないでしょう。お互いに自分の命は惜しいですからね」


 私はニッコリと笑ってみせた。


 普段も笑うのは得意だと思っているけど、今までで一番上手く演技できたのではないだろうか。


 お互いに命がかかっている話だから。そう、世界の理は命がけの話なのだ。命がけの話を持ち出すような輩だ、無礼だと思うかもしれないけど無視の出来る存在でもないというアピールは出来たのではないだろうか。


「なるほど、本当に先まで知っているかはともかく、今はそちらの言う事を鵜呑みにしておこう」


 色々と思案している父の隣に座る娘のラヴェル。


 なんだかソワソワと落ち着かない様子でジャックさんと私達をチラチラと繰り返し見ている。


 確かに当事者ではあるものの急に呼ばれて置いてけぼりの状態だから、当事者なのに当事者出ないような居づらさという気持ちは分からないでもない。


「……これは個人的な興味の範囲だが、君たちの魔法を見せてもらえないだろうか」

「えぇ、構いませんよ」


「……他人に対して躊躇なく。……いや、話の筋としては合っているか、魔法は無闇に他人に見せないという基本的なマナーを本当に知らぬとは、あるいはそれすら含めて引っ掛けているのか」


「あぁ……そこは本当に知らなかっただけで引掛けでも何でもないです……」


 ナイフやフォークがあるのに素手で食べようとしたようなものだろう。


 世界的にあまりに基本すぎて、聞き込みで誰も教えてくれなかったのかもしれない……。


「まぁいい、外で見せてもらおうか。幸い郊外だ、他に見られることはないだろう」



 モーリス宅の前に出た私達は、ジャックさんとラヴェルと少し距離を取った。


 ここはヨカヨカ村の中心部から一キロメートルくらいは離れた林に囲まれた郊外の土地だから、確かに誰かに魔法を見られるという心配はないだろう。


「じゃあ、まずはステラから、さっき少しだけお見せしましたがステラは探索魔法の持ち主です。この能力でラヴェルさんを探し出しました。どなたか探したい方はいますか?」


「誰でも探すよー!」


 ステラが肩をぐるぐると回して気合を入れている。


 ステラの能力に心配はないけど、ただでさえ私が無礼な態度で押し入っているのだ、更に失礼に当たらないかという点だけが唯一の心配点だ。


「そうだな……。これは亡くなっている者の場合はどうなるのだ?」


「えーっと、多分反応しないんじゃないかな? 名前があったり属性が付いていたり、名付けた動物とか生き物の種類なら反応するけど生き物じゃないものには反応しないよー」


「そうか、では今から存命者と亡くなった者を混ぜて伝える。存命者は私が概ね位置を知っている者だから能力がどれほどの精度かわかるだろう」


 初見とは思えないほど正確に性能を把握しようとしている。


 この人は絶対に私よりも頭がいいんだろうなぁ。


「――よし、ではこの四人の居場所を調べて見てくれ」


 ジャックさんがステラに名前と人物の特徴を伝えた。


 ステラは何かしら特徴がなければ探索することが難しい。


 どうやら夜空に浮かぶ星々でいうなら無数に存在する三等星以下の星に見えてしまうらしい。


 逆に言えば、名前や属性など、個人を特定できる特徴があれば一等星のように輝きを放って簡単に特定することが出来る。


 実際にヨカヨカ村に来るまでは、次に向かいたい村の名前を調べて「○○村に住む人」という属性で探索して進んでいた。


 他にも「青髪のレイラ」では反応しない、私は青髪じゃないからだ。「青髪」「レイラ」で探索すれば青髪の人と私が反応するらしい。インターネットで検索するときの様な感覚だろうか、アンドとオアの使い分けが難しいので探索するときはステラに任せずなるべく私が指示をしている。


 もちろん更に詳しい探索方法などはステラに聞けばもっと細かく聞けるだろう。


「いいよぉ! まず最初の人から! いっくよー! 星をみるひとスターゲイザー!!」


「魔法名まで口に出す者が本当にいるとはな……」


 これに関しては私も慣れてしまったから人のことは言えないけど、この世界のマナー云々以前に少し恥ずかしいと思う。


 私自身もテンパったときとかについ口に出てしまうので、気をつけるようにはしている。



「よし、最後のタイドって人も終わり。多分亡くなってるんじゃなかな、名前で探索したけど該当する人は見つからなかったよ」


「……うむ、そうか」


 最後の人物の探索の時に、ジャックさんは考え込むような顔をしており、その後ろに立っていたラヴェルが少し挙動不審だったのを私は見逃さなかった。


 恐らく、ジャックさんが調べさせた四人はジャックさんやラヴェルの関係者なのだろう。 ジャックさんが調べさせた四人はジャックさんやラヴェルの関係者なのだろう。


 まぁ、亡くなっているか存命でどこにいるのか把握しているくらいだから当然なのかもしれないけど。


「ステラの魔法は良かったかしら」


「なかなか素晴らしい精度だった。探索や探知系の魔法は戦争時には必ず必要となるものだが……。なるほど、これだけ的確に場所を特定出来るのであれば、ラヴェルの事を少しでも認知していればここに来れるはずだ。各国の軍に見つからないようにした方が良いぞ」


 ラヴェルに関してはレイラフォードという世界が認める絶対的な属性だから、当然のように見つけることができる。


 それと同時にありがたい忠告を受けた。今後旅をする上でステラの能力の使い方には多少気をつけた方がいいかもしれない。下手に使いすぎて不要な事態に陥らないように気を付けたほうが良いかもしれないけど……。でも便利なんだよなぁ、この能力……。



「次は貴女の魔法を見せて頂きたい、レイラ嬢」


「わかりました」


 私はそう言いながら右手を前に出し、目を瞑りながら念じると、青白く光るバリアを自らの周りにドーム状に展開した。


 私個人の範囲であれば自動的に発動する能力なので、普段はわざわざ展開する必要はないのだけど、見せてくれと言われたので珍しく自分の意志で展開させた。


 ちなみに他人への付与や範囲を広くしての使用は自らの意志で行わなければならない。当たり前なのかもしれないけど、誰かを守るという行為はやはり自らの意志で行うものなのだ。


「これが私の魔法『全てを守る力インビンシブル』。名付け親は私ではありませんが、あらゆる攻撃から身を守る私の最強の防御魔法です。さぁ、いくらでも攻撃してきてください」


 全てを守る力インビンシブルは私の身に危険を及ぼすような攻撃は自動的に全て防御する。


 例え不意にトラックが突っ込んできても防御出来るから、私が物理的に死ぬことはありえない。そう、この盾を貫ける矛はどの世界にも存在はしないのだ。


「探索魔法の次は防御魔法か……。なんとも不思議な構成で旅をしているものだな……。私が直接水魔法で測りたいものだが、如何せん老いぼれてしまってな……。同じ水魔法使いとして、代わりにラヴェルの魔法をお見せしよう。ラヴェル、水槍を使いなさい」


「はい、父様」


 老いぼれたというジャックさん、この世界の平均寿命がどの程度かわからないけど、白髪ではあるが見た目も元気そうではある。


 見た目が元気そうに見えても、魔法というものは老いとともに衰えるものなのだろうか? 私もステラも既に死んで年齢が止まっているから意外と知らない内容だ。


 ジャックさんの代わりに魔法を使えと言われたラヴェルは、一歩前に進んで右手を上げると、周囲の池の一部や水溜め、果ては土の水分まで全てがラヴェルの右手に集まった。直径五メートルから六メートルはあるのではないだろうか、重量も百キログラムは超えるであろう巨大な水球となった。


 そんな大きい水球がラヴェルの頭上に浮遊し、彼女自身は緊張しているのか表情が固く、若干オドオドとしている。せめて自信をもって攻撃してきてほしい、大丈夫と分かっていても攻撃される私まで不安になってしまう。


「……万が一貫いてしまったらラヴェルの代わりに私を恨んでくれたまえ」


「い、いきます!」


 水の一部が二メートル程度の槍へと変貌し、同じサイズの槍が次々と合計五本生み出された。


 生み出された水の槍は切っ先を私に向けられると、一斉に高速で突撃してきた。


 バリアの側面に着弾した槍は「ガギン」という大きな音を出しながら勢いそのままに破裂するように弾け飛んで、すべて水飛沫となって地面を濡らした。


「……なるほど。ラヴェル、水蛇」


「はい……!」


 私の実力を測っているのか、残りの水球を全て使わせ、透き通る巨大な蛇の姿へと変貌させた。


 蛇は龍の如くに天高く飛び上がり、私が展開するバリアに向かって降下して噛みついてきた。


 あまりの大きさに私も流石に驚いて一瞬怯えてしまったが、バリア自体は微動だにしなかった。


 結局噛みついた水蛇の両顎は弾け飛び、その水しぶきは当たれば痛みが生じるほどの勢いだった。というか、近くにいたステラが実際に痛がっていた。


 ちなみにジャックさんとラヴェルは飛んできた水飛沫を操ったのか、全くダメージを受けていなかった。


 両顎が弾け飛んだため水蛇の胴体部分がそのまま落下し、バリアに当たったところからただの水となって、辺りを堤防が決壊したかのように膝下くらいまで津波のように水が押し寄せてきていた。


「ラヴェル、戻しなさい」


「はい!」


 その声とともに、周囲に溢れていた水が再びラヴェルの頭上に集まり、近くの池へすべて戻された。地面も適度に湿る程度まで乾かされており、まるで何もなかったかのようにすべてが片付けられた。


 その様子を見届けたジャックさんは考え込むように目を瞑っていた。


「うむ。正直なところ、思った以上だった。探索魔法にも驚かされたが、特にその防御魔法。魔法はその者が人生で一つしか持つことができない故、言わばその者の人生の象徴と呼べるものだ。ただでさえ防御魔法を選択するものが少ない中、これだけ強大な防御力を誇るものは初めて見た。もちろん探索魔法についてもなかなかのものだった」


 守りたいという気持ちが生み出した私の『魔法』は誰にも負けはしない。


 この魔法が打ち破られたとき、私の想い人を守りたかった気持ちにヒビが入ることになってしまう。


「どんな理由があってここに来たのかは分からないが、これほどの魔力を持ちながら探索魔法と防御魔法を選択するような者たちだ、邪な気持ちが無いという事は同じ魔法使いとして実感した。先程話した内容も概ね信じよう。その『先』を知っているということもな」


 私は無意識のうちにこの魔法を選ぶことになった。


 私の信念の一つとして、他人に無理やり何かをさせるということは避けたいというものがある。


 『世界を渡る者』である私達はこの世界でいう魔法を使う事ができる。そして、この魔法はこの世界だけでなく、どの世界でも使うことができる。


 こういった能力を使えば他人の意思を無視して行動させることも出来るかもしれないが、それは許されない行為だ。


 他人を攻撃する魔法もそうだ、他人を傷つけるようなものは可能な限り避けたい。


 例え傷つける能力であっても、他人を救ったり守ることができたりする能力であってほしいと思っている。


「さて、十人並の魔法使いである私の審判は終えた。あとはどうするか自分で決めなさい、大魔道士ラヴェル」


「え? うえええええぇぇ!?」


 ジャックさんの後ろに控えていたラヴェルが突然の出来事に悲鳴に近い声を上げた。

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