第三話「大魔道士モーリス」
この世界に限った話ではないけど、他所から来た人間はどうしても怪しまれてしまう。
普段この世界では冒険者的な旅人であると名乗って、ボランティア活動などで好感度を高めつつ情報収集をしている。
ヨカヨカ村ではどうしようか迷った部分はあったけど、モーリスという大魔道士が目的だし、殆ど情報が出回らないというのであれば人を避けて過ごしているのかもしれない。村民と親交を深めるのは後回しで問題ないだろう。
ここは当たって砕けろの精神でモーリスの所に向かってみることにした。
◇ ◇ ◇
ステラの指示に従って村の郊外へ街道を進むと、木々に囲まれた中に一軒のレンガ造りの家があった。
集落から明確に離れて、林の中にあるポツンとある住宅。人と関わりたくないという強い意志を感じる状態に少し尻込みしてしまった。
しかし、そんなことは言っていられない。使命を果たすためには、様々な困難を乗り越えなければならない。入りづらい家程度で挫けていたら、何百年かけても使命を果たすことは叶わないだろう。
「ごめんくださーい!!」
玄関の木製のドアをノックしながら大きい声で出す。
……しかし、全く反応がない。
「ごめんくださーい!!」
二度三度繰り返すも全く反応はなかった。
「まぁ、普通ならここで引き返すのかもしれないけど……ステラ?」
「はーい!」
私達には
言われて間もなくステラが人差し指を一本立てた右腕を天に掲げ、扉に向かって振り下ろした。
世界全域に使用した時と違って、狭い範囲で対象も決まっていればホタルの光ほどの淡く白い光がゆらりと現れるだけだ。
白い光は扉をすり抜けて家の中に侵入し、対象を探し出す。
「家の中には二人いるみたいだよー」
嫌らしい使い方と言われるかもしれないけど、いることが確定しているのであれば何度でもアタックするまでだ。
「モーリスさーん! せめてお話だけでもー!!」
四度五度、六度七度と声をかけても反応はなく、その後数時間に渡って嫌がらせのように何度も何度も声をかけた。朝に訪れたからもう昼に近い時間になっている。
木製の開き戸のため、数時間も叩き続けてそろそろ壊れてしまうのではないかと心配になり始めた頃、ようやく扉が数センチ程度だけ開いた。
完全に相手をしたくない訪問業者に対する対応の仕方で「あぁ私も生きていた頃はこうやって業者に対応したことあったなぁ」と一瞬感慨深い気持ちになったが、今は業者側の立場だからその時の相手の大変さを身をもって実感している。
「全く……ここまでしつこいのは初めてだ……。すまないが見知らぬ者と話すことはない、お引取り願いたい……」
扉の隙間からは渋い男性の声が聞こえてきた。
人間を声だけで判断してはいけないが、少なくとも威厳や貫禄のあるオジサマという感じだろうか。アクション映画に出てくる組織だとしたら、絶対に幹部以上の配役が与えられること間違いなしだ。
「我々も事情があって来ました、せめてお話だけでも聞いていただけませんか?」
そう言った瞬間、扉の隙間から恐ろしいスピードで何かが飛び出してきた。
私には青白い光の壁――『
吹き飛んではいるもののすぐに立ち上がったあたりからして、少なくとも殺意を持った攻撃ではないようだった。ただ、何故かステラは雨の中を全力疾走したかのように全身がびしょ濡れにはなっていたが。
私の能力『
「びっくりした……」
何やかんや頭の中で思考はしていたが、思わず率直な感想が口からこぼれてしまった。
「……今の水魔法を防ぎますか」
扉の向こうから呟き程度の渋い声が聞こえてきた。
あちらはあちらで驚いているようだった。
「少なくとも単なる野次馬ではなさそうですね。良いでしょう、話くらいは聞いてあげましょう」
木製の扉が開くと、そこには五十代から六十代だろうか、オールバックの長い白髪に白い顎髭を貯え、大柄で良い年の取り方をした素敵なオジサマが現れた。
栗色のワンピースのような服を纏い、腰に白い紐を結んでいる。創作物のファンタジーな世界で見る魔法使いの格好に似ているけど、単に暑い地域だから涼しいワンピース型の服装なのだろう。色も麻の服を着古しているだけだろうし。
顔は少し老けて皺があるものの、声によく合ったダンディとかハンサムという褒め言葉が似合う格好良い方だ。私のいた世界で俳優をやっていたと言われても違和感はないだろう。
見た目が渋く格好良いからか、多分どんな貧相な服装を着ても着こなせるだろう。そういうタイプの人だと見た瞬間にわかった。
宅内に招かれて入り、食卓テーブルの椅子に私とステラが並んで座るよう促された。
服から髪まで全身が濡れたままのステラが家の中を興味深そうにキョロキョロと頭を動かして見ている。
恥ずかしいからやめてほしいが、実際に家内には鹿の剥製や暖炉などおしゃれな雰囲気が漂っていた。
窓ガラスこそ文明レベル的に存在してないが、それ以外であれば私達の世界で言うアンティークな家屋で、古風な木とレンガのアンティークがモチーフの家屋だと言われたら、あってもおかしくないくらいには充実した家だ。
「それで? どこまで知ってて何が目的だ?」
客として扱ってくれているのか、温められたミルクが入った木製のカップが出され、オジサマは私達の向かいの椅子に座った。
「それでは自己紹介から、私はレイラ=フォード、こっちはステラ=ヴェローチェです。簡潔に説明すると、ここには大魔道士と呼ばれる方がいると聞き、そしてここにいる女性に会いに来ました。私達の目的はその女性と共に北部の地へ向かいたいということです」
オジサマは腕を組み、険しい目つきでこちらを見つめてくる。
別にこちらは何も嘘はついていない、どう反応してくるかは相手次第だ。
私は背筋を伸ばしたまま相手の出処を伺った。ステラは猫背で早速ミルクを飲んでいる。
「不自然なくらい断片的な情報だな……。確かに大魔道士と呼ばれる者はここにいる、この私ジャック=ドール=モーリスがそれだ。しかしどこで聞いた情報か知らぬが、ここに女などおらん。残念だが希望には添えないな、そのミルクを飲んだらお引取り願おう」
大魔道士を自称したジャックさんは腕を組んだまま、怪訝そうな目で私とステラを交互に見ると席を外そうとした。
「……ステラ」
「うん、美味しいよねこのミルク」
「そうじゃないわ、どこにいるか調べて」
「はーい」
珍しく能力名を呟くこともなく、右手でミルクを飲み、左手の人差し指を適当に前に突き出すとやる気のなさそうなフワフワとした親指の爪ほどの白い小さな光を出現させた。
光はフワフワとゆっくり前に進み、そのままジャックさんの背後にあった部屋へ入っていったようだった。
「その背後の部屋にいるみたいだよー?」
「……魔法は人生で一つしか選べぬにも関わらず、この時勢で探知探索の魔法を選ぶとは……。随分と物好きがいたものだ……」
ジャックさんが目を瞑り、呆れた様子で深々と溜息をつく。
この世界で魔法と呼ばれているもの、私達が使っている能力は一人につき一つしか使えない。
私の場合は防御、ステラの場合は探索、それ以外に新たに使えるようになることは無い。もちろん一つの能力を上手く二つ以上の使い方をすることは出来る。
使える能力は自らが強く願った時、その者に見合った能力が使えるようになる。私の場合は大切な人を守りたかったという強い気持ちが、ステラは人を逃さない、迷いたくないという強い気持ちが能力を具現化させた。
能力は特定の感情が一定の閾値を超えれば誰でも使えるようになる。しかし殆どの人はどの感情がどの程度強くなれば良いのか知らずに生きている。
だから、この能力は誰にでも手に入れることの出来る力だが、誰もが手に入れることが出来るわけではない。
「ラヴェル、出てきなさい」
「……いいんですか?
ジャックさんが目を瞑ったまま私達の方を向いたまま声をかけると、奥の部屋から小さな声が聞こえてきた。
「ここまで知った者だ、隠したところでどうなるものではない」
「……はい、わかりました」
か細い声が聞こえ、奥の部屋の扉が開くと、セミロングの薄紅色の髪をした十代後半であろう少女が一人姿を現した。大人しそうで可愛らしい顔立ちをしている。ジャックさんのワンピースと見た目はお揃いだが、色は黒。恐らく墨染めしたものだろう。暑さはあるかもしれないけど汚れが目立ちにくいという機能的な面がありそうだ。
「ラ、ラヴェル=エミューズ=モーリスと申します。以後お見知り置きを……」
若干震えるような声で彼女は丁寧にお辞儀をした。
この娘がこの並行世界のレイラフォードか……。
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