第二話「口実」

 ステラの指示に従いながら道を歩んでいく。


 時は既に二ヶ月が過ぎていた。


 既に死んで精神だけの状態となっているから疲れないとはいえ、森や林や平原といった同じような景色がずっと続くのは流石に飽きてくる。


 もちろん疲れ知らずの私達なら道中走って進めば早いのだが、情報収集を中心にしながら進んでいるため、どうしても立ち止まる時間が多くなってしまう。


 やはり大自然が広がる景色を堪能して進むしかないのだ。


「――世界に選ばれた運命の男女……って正式名称なんだっけ……?」

 村と村とを繋ぐ街道でステラがこっそりと話しかけてきた。


 周囲を見回すと、遠くに山は見えるけど地平線まで広がるような平原。辺りに人がいない事は容易に確認できた。


 一応、この話を他人に聞かれては駄目だという認識はステラにもちゃんとある様子だ。


「……運命の女性が私のフルネームと同じ名称の『レイラフォード』で、運命の男性が『ルーラシード』よ。今までの世界で何度も教えたでしょ」


「違う違う! レイラのことは大好きだからレイラフォードの方は覚えていたんだけど、ルーラシードの方が時々思い出せなくて!」


 ステラのことだから本当なんだとは思うけど、後出しで言われるとどうしても疑ってしまう。


 ステラは腕っぷしが強い代わりに頭の方は少し控えめだ。一方で私は知識は人並みにあると自負しているけど、代わりに運動神経については一般的な成人女性程度しか持ち合わせていない。


 だからこそステラという存在はとても貴重なのだし、お互いに不足しているところを補っているとは思っているんだけど、あまりにも極端すぎるからもう少しお互いに歩み寄った能力差だと良かったんだけど……。


 情報の共有はさっきのように、可能な限り他人に聞かれないように村と村の間の街道を歩きながら行っている。


 そもそも情報収集は私がメインで行っているから、情報共有と言っても私がステラに伝える一方なのだけど。


「――今は運命の女性であるレイラフォードの情報を収集しているわけだけど……。さっきの村で聞いた話だと、どうもレイラフォードがいる座標の距離にある村には物凄い魔法が使える『大魔道士』がいるらしいわ」


「大魔道士! なんかすごそうな名前だね!」


「念のためだけど人の名前じゃないからね。多分二つ名のことだから……えーっとステラが『迅速のステラ』って呼ばれているのと同じよ」


「なるほどぉ。うん、大体わかった」


 本当かしら……。まったく……。


 こういうときのステラは大体わかってないことのほうが多いけど、ステラの二つ名という例えに関しては本人も理解しているようだった。


 彼女の物語についてはまた語る機会もあるだろうけど、並々ならぬ経歴の持ち主だ。少なくとも『迅速のステラ』という二つ名が付くほどの力量の持ち主であることは間違いない。


「あと、ステラの星をみるひとスターゲイザーで見てもらった地点の村の名前は『ヨカヨカ村』というらしいわ。現地の言葉で凄く良い村という意味だそうよ」


「じゃあ、その村にいるレイラフォードをルーラシードのところまで連れていけばいいんだよね?」


「そうね、でもかなり遠方までその女性を連れて行くとなるとかなりの日数がかかると思うわ。無理やり連れて行くことはもちろん出来るけど、やっぱり本人が納得して共に旅をするのが理想的ね。そのためにもその女性がどういう人物かを知り、共に旅をしたくなるような理由を見つける必要があるんだけど……」


「うーん、連れていく理由かぁ……。連れて行って出会わせちゃえば後は勝手に恋して終わりだからねぇ」


 ステラも珍しく顎に手を当てて考えている。いつもは私任せなのに成長したものだ。


 まぁ、考えていてもまともな答えが出てくることは殆どないのだけれど。考えていることが重要だ、人間はそういうところから成長していくのだから。


 私達みたいに肉体が死んで精神だけの存在となったら、身体的な能力や見た目は死亡時から止まってしまう。私は二十歳くらいの見た目で凡庸な運動神経のまま、ステラは少女の姿で超人的な身体能力を持ったまま衰えることも成長することもない。


 しかし精神は違う、気持ちは変わるし考え方も変わる、知識も増える、ステラには日々成長してもらいたい。


 いやいや、そんなことよりもレイラフォードをルーラシードの所に連れて行く口実だ。


 世界から選ばれた男女は、運命の赤い糸で結ばれているから、出会うだけで一目惚れをして即座に『恋』に落ちる。そして、その二人が結ばれ、『愛』というエネルギーが生まれ、そのまま幸せに暮らしてハッピーエンド。


 そして、新しい並行世界を旅して再び『愛』を生み出すのが私の使命だ。


 つまり、二人の居場所を見つけて、出会う口実があって、出会ってしまえばそれで実質的に私の使命は終わりなのだ。


 ――まぁ、使命と言っても誰かに命じられたわけではなく、私が好きでやってるだけでステラもそれに付き合っているというだけなのだけど。

 

「それにしてもヨカヨカ村って何か面白い名前だねっ!」


「まぁ、他所の世界の言葉もだけど、自分の育った世界の外国の言葉でもそういうことはよくあるでしょうしね。それより、情報を更に探りましょ」


「はーい!」


 ステラが元気よく手を挙げる。


 案の定、考えていたのは全く関係ないことだった。本当に無邪気で良い子だ。


◇ ◇ ◇


 時は更に一ヶ月過ぎた。


 地元住民から旅の冒険者に装いを変えヨカヨカ村に近づきながら情報収集をしている――けど、思ったより情報が集まらない。


 ゆっくり時間をかけて進んでいるのも様々な情報を得て対策を練ってから物事を進めたいのだけど、情報が集まらないので何も進めることが出来ない。そんな一ヶ月だった。


 結構な距離が離れている村でも「大魔道士がいる」という情報があったのに、具体的な場所や名前もわからなかったし、そもそもヨカヨカ村の情報自体もそんなに集まらない。一体どうなっているのか。


 しかし、それでもヨカヨカ村に近づくにつれて少しずつではあるが情報を得ることができた。


 一番の収穫はヨカヨカ村周辺の地図を手に入れることが出来たことだ。地図があればステラの星をみるひとスターゲイザーで、より正確な位置を探索することが出来る。そして、そこから更に情報を調査し続けることが出来る。


「ステラが調べてくれたレイラフォードの居る場所は、どうやらヨカヨカ村の郊外の辺りみたいなんだけど、そこに住んでいるモーリスという人がくだんの大魔道士らしいわ」


「くだん?」


「そこは気にしないでいいわ」


「えっと、じゃあそのモーリスってのがレイラフォードなの?」


「断定は出来ないけど位置的に可能性は高いって感じね」


 レイラフォードは世界からの加護を受けている。


 世界はレイラフォードとルーラシードを守るため、他者の能力の影響を受けづらくしている。


 この世界風に言えば魔法を使う力が強く、魔法に対する抵抗力も非常に高い。つまり、この世界で大魔道士と呼ばれる存在であってもおかしくはない。


「それにしてもここまで情報が出ないとなると、人を近づけないようにしているのか、それとも単に人との交流を避けているのか、どちらにせよ近づき辛いというのは面倒ね。なにか近づく口実でも作らないと……」


「そのままルーラシードがいるところまで一緒に冒険してーっていうのは?」


「そんな簡単に……あーいや、確かにそれくらい直球なのも一つの手段かもしれないわね……」


 何かしら壁を作っている人なら、その壁ごと打ち破ってしまうというのもコミュニケーションのひとつではあると思う。まぁ、相当野蛮なやり方だとは思うけど。


 もしかしたら意外と案ずるより産むが易しという感じで上手くいくかもしれない。いや、そこまで行くと流石にステラに毒され過ぎか。


「……そうね、このまま時間をかけてもモーリスって人の情報があまり集まらなさそうだし、このまま当たって砕けろって感じでヨカヨカ村に行こうかしら……」


「はーい、もう村までは近いからすぐ着くと思うよー」


 私はこうやって判断が遅かったり、優柔不断だったりすることが多い。完璧にプランニングして行動を進めるタイプだし、そこに手を抜くことはない。その代わり自分の中のプランが上手く建てられなかったり途中で崩れたりすると、途端に焦ってしまう。


 誰かの指示に従って動くのは得意だと思うけど、自分が決定を下すのは本当に向いていないと思う。


 良い選手が良い監督になれるわけではないように、私も智将というよりは武将タイプなのだと思う。まぁ、守ることしかできないけど……。


 なんてことを思いながら数日かけてヨカヨカ村に到着した。


「さて、ここに大魔道士が――レイラフォードがいるのね……」

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