第七話「タイドの足跡」

「うーん、意外と見つからないものね」


「そうですね……。無機物だとステラちゃんの魔法も使えないから仕方ないですね」


「あぁ、それもだけどタイドさんの情報もね。タイドさんのことを知ってる人で探したら、名前を知ってるだけの人ばかり引っかかったからね」


 私とラヴェルは年配の方のお宅で、おばあさんが失くしたという大事な結婚指輪を探していた。


 こうした困りごとは報酬を提示した上で、各村や近隣の村が共同して運営する『ギルド』という協同組合に集まっている。


 この村のような小さい規模では農業、狩猟その他の協同組合が全て合わさっていることが多いようだ。


 大きい街では農業ギルドなどが中間卸売業や組合員への農業指導、農具の共同購入や管理、そしてそれらに出資して利益の一部の配分を得る准組合員といったものがある。もちろん狩猟ギルドでも似たような仕組みで、冒険者ギルドは就職活動やリクルートの場といった感じだろうか。


 結局のところ、こういうところは並行世界だからなのか効率化の終着点だからなのか、根幹世界の仕組みと同じような仕組みの物が動いている。


 ただ、実際には国が発行する狩猟免許や魔法免許など、免許や資格が必要な仕事も多いので、仮に達成可能な能力があってもなかなか手が出せない仕事も多い。


 仕方がないので私達は金額よりも困り具合で仕事を選ぶようにしている。


 差しずめ、金額を提示した困りごとの依頼は内職といったところだろうか。


◇ ◇ ◇


「ありました!! ありましたよ、おばあさん!!」


 ラヴェルが埃まみれになりながら洋服タンスの裏にある隙間を覗き込みながら大きな声を上げた。


 しかし、思ったより奥にあったのか、手を伸ばしても届かない様子だった。どう転がったらそんな所に入ってしまったのだろうか。


 さっきも言った通り、私達が選んだ仕事は結婚指輪の捜索だった。


 おばあさんが亡くなったご主人から、若い頃に貰った大切な指輪を自宅の何処かでなくしてしまったらしい。自宅と断定できるのは最後に見かけた時から自宅を出ていなかったからだそうだ。不幸中の幸いと言うやつね。


 指輪は一般的にサイズがちょうど良いものなのではないかと思ったのだが、年を重ねて指のサイズが細くなってしまったので、最近はふとしたことで外れてしまうらしい。


 それならそれで大切なものなら保管しておけば良いのではとも思ったけど、それでも身につけておきたいという気持ちは、当事者ではないけれどもとても理解できた。


「うーん、あとちょっとなのに……」


 ただでさえ狭い洋服タンスの裏だ、タンスも大きく全面が床に面しているタイプというのもあって、ラヴェルが手を伸ばそうとするも、ちょうど真ん中辺りに指輪があるから左右のどちら側から手を伸ばしても十センチは足りない。


「ラヴェル、こういう時こそ魔法を使えばいいじゃない」


「た、たしかに……」


 隙間から腕を出して埃をはらいながらラヴェルが感心した顔でこちらを見てきた。


 真面目なのか自分の手で頑張ろうという気持ちはよく分かるけど、どうも一生懸命すぎて前が見えなくなる時があるみたいだ。悪い子ではなく良い子すぎて困ることなんてあるのね。


「おばあさん、ちょっとお家にあるお水を使いますね」


「えぇ、構いませんよ」


「……水よ」


 右手の手の平を前に出して軽く詠唱すると、玄関に汲んであった水桶から人差し指サイズの水球がラヴェルの指先に集まった。


「……踊れ」


 その言葉と同時に指先にあった水球は瞬時に洋服タンスの隙間に入り、再び姿を現した時には水球の中にキラリと輝く指輪が入っていた。


「おぉ、ありがとうございます!」


 浮いた水球はふよふよとおばあさんに近づき、両手を差し出したおばあさんの手元にポトリと指輪を吐き出した。


「いえ、お役に立てて何よりです」


 ラヴェルは一礼をし、まるで自分のことのように嬉しそうな顔でおばあさんに微笑む。


 ちなみに私はというと、ひたすら探していただけで見つけることもできず、回収する手伝いもできず、何も手伝うことができなかった。


「ついでに軽くお掃除しておきましょうか」


 そう言うと水球が二つ三つと次々に分かれて水飛沫のようなサイズになり、一斉に家の隅々へと飛び散った。


 渦のようなそよ風を感じると、ラヴェルの手元に水飛沫が集まり始め、再び元の大きさに戻ったときには灰色の水球になっていた。


「これくらい汚れてたので、外に捨てておきますね」


 あれ? この娘も私よりもずっと実用的な能力の持ち主なのでは? すごく今更ではあるけど。


「そこまでしていただいて、なんとお礼を言っていいのか……、本当にありがとうございます。魔法使いの方は本当にお優しい方ばかりなんですねぇ」


「ばかりってことは、他の魔法使いとお会いした事があるんですか?」


 言葉尻を取るような聞き方だけど、今は少しでもヒントが欲しい。魔法使いに関する情報なら知っている情報でも何でもウェルカムだ。


「えぇ、今では遠い存在になってしまいましたが、大魔道士と呼ばれるようになった方のお世話になったことがありまして。亡くなった主人が私と同じく指輪を無くして、その方は魔法も使わず主人と一緒に探していただいたんです」


「失礼ですけど、その大魔道士という方のお名前を伺ってもよろしいですか?」


 もしかしたらタイドさんかもしれない、そんな偶然があったら良いなという願望でつい聞いてしまった。


 仮に違っていたとしてもそれはそれで話が終わりなだけだ。


「えぇ、ハーツグラン様です。とても心優しい方でした。お恥ずかしい話ですが歳のせいか、お優しかったという思い出だけでどのようなお方だったかなかなか思い出せませぬが……」


 やはりそんな偶然はないか、大魔道士と呼ばれる人も大勢いるようだし。


 それにしても今の私達みたいに探しものを手伝う大魔道士とは、少なくとも悪い人ではないのだろう。


「ハーツグラン様!?」


 大人しく話を聞いていたと思ったラヴェルが驚いたように突然声をだした。驚いたのはこっちだ。


「びっくりした……。ハーツグランって方は有名な方なの?」


「有名なのは間違いないです。使用する魔法は秘匿されたまま亡くなられてしまったそうなのですが、父の同郷でとても心優しいことで有名だったそうです! 覚えてはいないんですけど、私も子供の頃に何度かお会いしたことがあるとジャック父様に教えてもらいました」


 どんな魔法を使うのかも分からないけど大魔道士と呼ばれ、魔法の凄さよりもその優しさの方て名が知れているというのは単純に凄いわね。


 私も世に名前が知れ渡るなら性格の良さで広まりたいものだわ。


「おや、お父様がハーツグラン様の同郷の魔法使いとなると、もしかしてあの時ご同行されてたタイド様のことですかねえ?」


「父をご存知なんですか!?」


 普段は落ち着いたラヴェルが興奮しておばあさんに詰め寄っている。


「まさかタイド様の娘さんがいらっしゃるとは。わたしゃお会いはしておりませぬが、この村にはハーツグラン様と二日ほど立ち寄っておりましたよ」


 その言葉には私まで嬉しくなった。


 もしかしたら今まで通ってきた村にもタイドさんを知っている人がいたのかもしれない。


 ただ、流石に村民全員に尋ねるわけにもいかないし、偶然でもこうして情報が出てくるというのは本当に日頃の行いの成果だと思う。ラヴェルのね。


「ラヴェル、タイドさんが来ていたという情報があったのもだけど、ハーツグランさんという方と一緒に行動していたというのも大きな手がかりになるわね」


「そうですね、もしかしたら一時的に行動を共にしていただけの可能性もありますけど、こうして情報が手に入っただけでも本当に嬉しくて……」


 この村に来ていたという情報だけで、ラヴェルが泣きそうになっている。


 それくらい嬉しかったのはわかるが、このペースだと情報が見つかる度に涙で溢れてしまいそうだ。出来れば村の度に泣くくらい情報が集まると良いんだけど……。


「ちなみにおばあさん、そのハーツグランさんとタイドさんの他にどなたか同行されている方がいたという話はご存知ですか? あと、できればこの村のあとどこに向かわれたとかもわかると嬉しいのですが」


「ふむ……。他に一緒におられた方はわかりませぬが、西の村に向かわれたということは覚えておりまする。何せここから近い村は西か北東、あとは南方の三方しかございませぬからのう」


 南部は恐らく私達がこの村に来る前に通ってきた村だから、次に行く先は西の村ということになる。


「それじゃあ、この村の次はその西の村に行かなくちゃね」


「いいんですか? レイラさん」


「どうして?」


「西にある村だから、北方面に向かうには遠回りになってしまいますけど……」


「何言ってるの、これは私の旅でもあるけどラヴェルの旅でもあるのよ。タイドさんが通った痕跡があるならそっちに行かなきゃ」


「……ありがとうございます」


 ラヴェルが改めて頭を下げてお礼をしてきた。


 私からしたら、一緒に北へ向かってくれれば通る道が最短である必要なんてどこにもない。冷たい言い方をすればレイラフォードが目的地へ進んで向かってくれれば良いだけだし、素直な気持ちを言えばラヴェルが満足してくれる方が私にとっては重要だ。


「おばあさん、ハーツグラン様と父のことを教えていただいてありがとうございました」


「お礼を言うのはこっちじゃよ。指輪も見つけてくれた上に家の掃除までしてもらってしまって。少しでもお役に立てたなら何よりじゃよ」


「よし、じゃあステラと合流して次の村へ向かいましょ」


「はい!」



「レイラー! ラヴェルー!! ここだよー!」


 ステラが村の広場の真ん中で大きく手を振っている。周りには何人か人かおり、ステラに話しかけているのだが、それを無視してこちらに向かって叫んでいる。


 どこにいても目立つのはステラの良いところでもあり悪いところでもある。


 結局、ステラが私達の方を頑なに優先して聞かなかったため、残っていた方達には諦めて解散してもらった。ステラに代わって謝罪します、大変申し訳無いです。


「さて、ステラの方はどうだった?」


「うん! いっぱい稼いだよー!」


 ステラの手元の小袋には、大量の硬貨が詰められていた。


 私とラヴェルが指輪探しやその前に諸々いくつかの頼まれごと解決して得られた金額と比べて、軽く数倍の額を一人で稼いでいた。それくらい連絡手段の少ない時代での人の居場所というものへの需要は高いのだろう。しかも、魔法が浸透している世界だから結果に対する信頼度も必然的に高くなるだろう。


 ジャックさんから言われた『軍に狙われるかもしれない』という忠告など、全く聞く耳を持てなくなってしまうくらいの金額だ。


 ある程度の金銭が無いと一般人と生活するのは難しいからね。


 ちなみに予めステラには『初回は無料で試させて、二回目以降は有料で探索する』という対応を採るように指示してある。魔法という物が浸透しているとはいえ、人はよくわからないものに対していきなりお金は出さないから、それに対する方法だ。


「ステラちゃんすごーい!!」


「えへへ~」


 ステラの頭をラヴェルが撫でると、ステラは油断しきった猫のように喜び甘えていた。


 以前から気がついてはいたけど、ステラは頭や顎の下を撫でられるのが好きなようだし、ラヴェルもそれを本能的に見抜いたのか、出会った当初から頻繁に頭を撫でて褒めている。一方で、私は褒めるときか、扱いが面倒な時にしか撫でない。何か人の頭を撫でるのって結構抵抗感があるのよね。


 それにしても、ラヴェルは水を使って掃除も出来るようだし、本格的にこのパーティーメンバーで一番役に立たないのが私になってきている……。


 いや、いざ戦闘になれば私だって最強の盾があるし……。


 まぁ、盾だけあっても相手が倒せるわけじゃないと言われるとそうだし、そもそも戦闘自体そんなにないし、むしろ無いように過ごしていきたい……。


◇ ◇ ◇


「じゃあ次はその西の村に行く感じなの?」


 ステラにも概ねの事情を説明して、今後の方針を伝えた。


 基本的にステラはよっぽどのことが無い限り私に同意してくれる。


「ワタシはどこでもいいよぉー。レイラの言うところに付いていくだけだよぉー」


「レイラさん、ステラちゃん、本当にありがとうございます!」


 ラヴェルが深々と頭を下げる。


 そこまで気にすることはないと何度言ってもこうだから、本当にこういう性格なんだろう。


 素直で純粋で、まるで自分の悪い部分が映し出されてしまうようで心苦しくなるくらい、良い娘すぎる。


 汚れてほしくないと思う一方で、少しくらい悪い部分が見えないと逆にこちらが萎縮してしまうくらいの優等生っぷりだ。


 この旅で彼女を汚したり落ち込ませたりしないように心がけたいものだ。


「さぁ、行きましょ。次の足跡を探しに!」

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