第四章 マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン 8
「見りゃ分かるだろ」
「陸が拓真の自作自演だって言って突っかかったんだよ。そのせいで夏希ちゃんがあんな状況になってるって」
俺の言に被せるようにレンが全部説明した。
「ありがとうレンくん。君は相変わらず使えない」
昨日から俺に対する当たりキツくないか?
「……」
陸から文句が上がるものかと思ったが、陸は黙ったままだった。そういえば、愛と陸は接点があったか。遭難事故の時。あの時、陸を助けたのは愛だった。それで頭が上がらないのかもしれない。体育座りをした陸は、先程の拓真みたいに黙ったままだった。
「僕はやってない」
ぽつりと拓真が呟いた。
「じゃあ誰がやったんだい」
「それは」
「君はそれを知っているんじゃないのかい」
キュッと唇を引き結ぶように押し黙る拓真に、愛が上から優しく問い掛ける。保健室の時もそうだ。こいつは何かもう勘付いているようだった。俺の方は勘付いている、と言えるのだろうか。頭で一人の女の子が浮かんではいるが、意図や行動の意味がよく分かってない上に、その子を知っている身としては、人物的にも納得しかねていた。
「小石川美乃里」
「はあ!?」
「はあ!?」
陸とレンが拓真を見、同時に声をあげた。表情は驚きに満ちている。まさか、といった心の声が聞こえてくるようだ。
無論俺も。ああ、やっぱりといった感想と、え? 何であいつが? といった感想が入り混じっている。予想は出来ていたが、ううむ……。
名前を口に出した拓真は皆から顔を背けるように己の膝頭に顔を埋めた。
「大丈夫だよ。誰にも言わない。けれど君はこのままでいいの? このままだと、何も関係ない夏希ちゃんがずっと謂れのない中傷を浴びせられることになるんだよ?」
「……幼稚園の時」
愛の言葉で意を決したのか、暫しの沈黙の後、拓真は顔を埋めたままぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「告白されて」
「へえ」
「そこから付き合い始めて」
「ええ?」
「ぼくらの幼稚園って同じ教室に二人しかいなかったから」
「ああ」
「美乃里はいつもぼくにちゅうしてくれて」
「は?」
「胸とかいつも触らせてくれて」
「……」
「だから裏切っちゃダメだよってずっと言われ続けてて。これから新しく小学校に入って他の子もいっぱい増えるけど、ぼくだけは他の子と話しちゃダメだからって。いつも言われて。もし話したらみんなにわたしの身体触ったってこと言い触らすからって。絶交だからって。ぼくも悪くて。いつも我慢できなくて抑えられなくて美乃里にちゅうしたり胸とかお尻とかあそことかお互い触っちゃうからどうしようってなって」
俺たちは視線を交わした。普段大人しい同級生の口から投下されたとんでもない爆弾。見ればレンは口元ひくつかせドン引きした様子でいて、陸は興味湧いたんだか知らないが前のめりになっていて、愛はと言えば顔を真っ赤にしてこっちを見ていた。見られても……。こいつも想定外だったんだろうな。そこまでの話が出てくるなんて。
あの小石川がなあ……。そして目の前の拓真がねえ……。でもなあ。
こいつらよりは生きてきた俺だから分かる。マセガキっているんだよ。本当に。小学生だろうと園児だろうと、進んでる奴は進んでるんだ。そういう奴はその手のことを武勇伝の如く語り始めるからな。こっちが聞いてもいないのに。今は俺たちが訊いたからだが。うん。あったあった。あったわ。
子供ってのはエスカレートするからなあ。同じ環境に男女が二人だけ。比較対象がいない。歯止めってものがなかったのかもしれない。
「良夫くん」
「なんだ」
突然愛に名前を呼ばれた。
「話を進めてくれ」
「丸投げしてんじゃねえよ」
手に負えなくなったからって。
ううむ。しかし俺も大人だ。立場としてこれをこのまま愛に任すのはかなりの抵抗がある。幸い、今の話でだいたいの事件の流れは掴めた。問題は、この一件をどう収めるかだが……いやほんとどうしよう。
チラリを視線をやれば愛は首を竦めて俺から仰け反っていた。すぐに思い至った。愛は強い言葉を使われるのが苦手だ。片手を顔の前で切って詫びを入れる。不承不承といった様子で愛が頷く。「それってど」「気持ちわり」という声が同時に聞こえそちらを見ると、前者は陸で後者はレンだった。被ったことで気まずそうに視線を交わし結局何も言わない。陸は話が気になって聞き返そうとした、レンは普通に引いてしまい思わず感想が漏れた、といったところだ。被ってもレンの言葉は聞こえていたのか。拓真はますます膝頭に首を埋めてしまって最早亀のようだ。レンが口パクで俺に向かって「すまん」と言った。
こっからどう始めればいいかがわからん。
俺は小石川美乃里を思い浮かべる。
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