第四章 マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン 9
小石川美乃里。
優等生然とした女の子。でかい眼鏡に細い三編みが左右に二つ。常に肩肘張ってる奴だった。指差しで本人が悪いと思ったことは指摘し注意する。服装。態度。ルール。その他。しかし、口があまり上手くないのか相手が言い返してきたら弱い。それでよく泣き、周囲から慰められていた。泣かれたらお終いなので、指摘される方は嫌がった。年齢が上がるに連れて美乃里の委員長気質な面は鳴りを潜めるかと思いきや、中学高校行っても終始そんな調子で、両方とも生徒会までやっていたような。役職はよく覚えてない。友達は少なかった。
口うるさい女子。俺としてはそんな印象。男子も女子も疎んでいる奴は一定数いた。イジメにまでは発展していない。億劫がっていた。
――泣いてたんだよな、あいつ。あの時。
拓真が病院で運ばれたあの時。泣いていた唯一の子が小石川美乃里だったのだ。他の奴は驚き、戸惑いこそすれど、泣くまではしていなかった。
「小石川はお前のアレルギーのことは知っていたのか?」
一応確認する。拓真は首を埋めたまま頷いた。
「うん。家も近いし」
声が込もっていてよく聞き取れん。
「それはよく遊ぶとかそういう?」
「うん」
「以前こういったことはあったか?」
「こういう?」
やっと顔を上げこちらを見てくれた。半分は埋めたままだが。
「バレンタインにチョコが送られてきたり」
「ない。いつもバレンタインはバタークッキー焼いてくれるから」
「あそう」
羨ましい限りだ。
「でも」
「でも?」
「ぼくが一回一年生の時クラスの女子と話したことがあって」
「あって?」
「その時はちゃんとチョコ食べたよ」
ちゃんとて。食うなよ。
「それは何か? お前が女子と話したことに対する罰なのか?」
「うん。あの時は家で病院にも運ばれなくってしかもこの前みたいなおっきいチョコじゃなくて中は全部クッキーだったから量は凄く少なかったんだ肌が赤く腫れたくらいで済んで」
話すことに慣れてないんだろうな。息継ぎもなく矢継ぎ早に話す為、頭に入ってきづらい。
「美乃里ちゃんってわたしもたまに注意されるけど罰与えてきたことなんかないよ?」
愛が不思議そうに言った。まあ愛はそうだろう。注意される方であろう。その頻度が少ないのは、注意しようとしてもすぐいなくなるからだな。
「俺も」
「な」
陸とレン二人ともが頷きながら言い、愛が小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「愛の深さ故ってやつかい。そういえば彼女、わたしたちがバレンタインの話をしていたあの授業、ちょうど後ろの席の班だったね。そうだ思い出した。拓真くんあの時夏希ちゃんと話していたね。アレが話していたといえるかは微妙だが。美乃里ちゃん基準だと会話していたことになるらしい。あの時に耳をすませて聞いてたんだ。いやあ怖い怖い」
「……話を聞いた感じ、泣いてたことも踏まえると、小石川もそこまでの事態になるとは想定してなかったんだろう。前みたいに少し苦しむくらいで済むはず、と思っていたのか。ただ、ちょうどバレンタインデー、気合の入ったチョコを送ってしまって拓真も何故か知らんがガツガツチョコを喰ったもんだから病院送りにまでの事態になったと――そういや、お前何であの時あんなガツガツチョコ喰ってたんだ? 自分に対する戒めだったりすんのか?」
「それは……」
拓真が言い淀んだ。
あの時――。言った通り、拓真は一口目こそ小さかったが、その後ガツガツチョコを齧っていった。ありゃなんだったんだろう。結局、拓真は言い淀んだままそのまま先を言わない。
「つまり夏希に対する嫉妬、牽制……、さらに拓真に対する罰、それら含めバレンタインチョコを送ったと」
「肝心なことを忘れてるよ」
愛が口出してくる。
「なんだ」
「愛だよ。愛。愛こそ女の子が男の子にバレンタインチョコを送る唯一にして無二の理由さ。それ以外は二の次さ」
「二も三もあるんだったら唯一でも無二でもねえよ」
「愛は全てを内包する」
「都合のいい……」
自分の名前に掛けたわけではないだろう。気がつけばレンが呆れた目を俺に向けていた。何だと問い返す間もなく、
「お前ら難しい言葉知ってんなあ。崎坂は何となく分かるけど。今のやり取り何言ってんのか全然分かんなかったぞ」
陸が感心半分驚き半分で言ってくる。俺は多少の気まずさを覚えながらも、ここまで話を聞き導いた結論を拓真に伝えることにする。正直、俺たちに出来ることはあまりないはずだ。アドバイスがせいぜい。何時ぞやみたいに子供に諭すみたいに喋ろう。
「拓真」
「うん」
「正直、話を聞いた感じ、俺たちに出来ることはあまりないぞ? お前も理解しているんだろうが、大事なのは拓真の気持ちで拓真がどうしたいのかだ。小石川だって拓真が病院に運ばれたことで一歩間違えればこうなることは覚えたとは思う。拓真がまだ小石川と交際を続けるつもりだったら、もう一度二人の中でルールを見直して、拓真が日常生活を送りやすいようするべきだろう。小学校六年間その先も女子と会話しちゃいけないなんてルールははっきり言って無理だ」
二人は何時まで付き合っていたんだろうな。拓真の性格がずっとこうだったことを考えるとこの後もずっと付き合っていたということになるんだろうか。
それともどこかで別れたか。ただの無口なら良いが、無口を強いられていて、結局それが地になってしまったなんてことだったら可哀想だ。
「……うん」
小三には酷か。決断をしろ。はっきりしろってのは。
「拓真」
「なに?」
ここまで自分から発言することのなかったレンが言った。
「美乃里ちゃんとは話したのか?」
拓真はふるふると首を振る。
「じゃあ何で美乃里ちゃんがくれたんだって分かったんだ?」
あ。そういえば。言われてみれば確かに。察したってことだろうか? 案の定拓真は、
「泣いてるのが見えたから……なんとなく」
と、零す。なるほどな。付き合いは長いようだ。
「拓真は美乃里ちゃんのこと好きなのか?」
「……えっと」
「そこで口ごもんなよ。何でそこで口ごもんだよ。相手にそこまでさせて。ここまでさせといて。拓真は……、なんかもう俺どうでもよくなったきたけどさ。でもこのままってわけにもいかないだろ。美乃里ちゃんに失礼だろ。きちんと向き合って話して拓真の気持ちを伝えろよ。自分から呼び出せ。待ってるんじゃねえ」
レンの珍しく強い口調。聞いてて少し恥ずかしい。この青臭さは今の俺には無理だ。当時でも無理だったろうが。
「そうだぞ拓真」
レンに当てられたのか陸まで口出してくる。
「はっきりしねえ男は格好悪いんだぞ。男だろ? 優柔不断が一番嫌われるんだ。大事なのはお前がどうしたいのかだろ」
俺の台詞パクってんじゃねえ。
さっきまでど突き合い喧嘩してた癖して随分熱いじゃないか。これもまた小学生っぽいな。
「二人とも自分事のように熱いねえ。やあ。青春青春」
愛が両手で頬杖つきながらうんうん頷き、何故か二人ともが気まずそうに顔を逸らした。愛が不思議そうに首を傾げ、けれどまあいいとしたのか、何も返さない拓真に目を向けた。拓真はまた俯き膝に顔を埋め、それを見た俺たちの間に「またか」「長くなりそうだな」という空気が漂い出す。十秒ほど経ったろうか。業を煮やして拓真以外の全員が何か言おうと口を開き掛けたその時、
「わかったぼくきちんとする美乃里ちゃんとちゃんと別れる。それで」
……そうか。そういう結論になるのか。拓真が出した答えだ。それにどうこう言うつもりはない。皆を見る。ふっと吐いた息はほっとしたというのは無縁で、どこか心を痛めているようだった。これから別れを告げられるであろう小石川のことを想っているのかもしれない。促したのは俺たちなのだ。
「それで?」
愛が先を促す。拓真は決意するように俯いていた顔を上げた。
「それで――。ぼく夏希ちゃんに告白する」
「えっ」
陸が間の抜けたを声を発した。
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