第四章 マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン 7
「良」
声に顔を上げるとレンがいた。珍しく思う。レンはもっと早くに登校してきて松司たちと一緒に外で遊んでいることが多いから(漫画や絵の練習についてはやはり学校でするのは抵抗があるようで、俺たちはやるとしたら専ら日曜に互いの家に集まってと決まっていた)。
「どうしたんだ。こんな時間に」
「どうするんだっていうかこの後どうなるんだ? 陸、悩んでるぞ。夏希ちゃんも。このままだと可哀想だろ。拓真もな。クラスの雰囲気も俺、今のこの感じは好きじゃないな。知ってるなら教えてくれよ。たぶん夏希ちゃんがやったんじゃないんだろ」
ああ。相談の為に時間をズラしてきたのか。相変わらず気の付く。俺はチラとクラス全体を見渡し、どこかいつもよりよそよそしい雰囲気を感じ取ると、目の前のレンに向き直った。こんな日くらい、夏希ももっとあいつみたいに遅れて登校してくればいいのに。
「その陸は? 拓真も――鞄はあるな」
後方のロッカーにはランドセルが突っ込んであった。陸は校庭だろうか。
「今さっき二人でどっか行ったんだよ。それで気になったんだ」
「え」
「やっぱ知らないのか? 昨日の反応、良びっくりしてたもんな」
レンの眉が寄った。
「どこまで知っててどこまで知らないんだ? お前がのんびりしてるってことはある程度安心かなとそれでも思ってたんだけど」
「すまんお前にも話しておくべきだった。今回に限っちゃ俺は殆ど知らん」
レンは俺のタイムスリップの件を知っている。俺が話したんじゃなく、レンが自力で辿り着いたことだ。そして言い当てられた。よく気の付く奴だし、もっとレンと情報共有しとくべきだったかもしれない。混乱の中そこまで頭が回らなかった。
「いいけどさ。陸の感じがちょっとな」
「どこだ」
「こっち」
授業五分前を知らせるチャイムが鳴り響き始める中、俺とレンは廊下を走り抜けた。下駄箱まで辿り着く。レンに顔を向けると、外を指差している。靴を履き替え下駄箱の外へと出た。先導するレンに付いて行くと、校舎裏にある林の方から陸の声が聞こえてきた。
「黙ってちゃわかんねえだろっ」
「つっ……」
いかん。陸の怒鳴り声と同時に誰かが砂利にざあっと転がるような音がした。俺とレンが速度を上げると、陸が脚を大きく振り被っているところだった。
「馬鹿野郎!!」
思わず怒鳴る。
「っ。なんだよ良夫かよ。びっくりさせんな。ああ、なんだレンもいんのか。なんだよお前ら二人して関係ねえだろどっか行けよ」
俺の発した大声に陸がすんでのところで振り上げた脚を止める。驚いたのを誤魔化す為か、口早に何やら喚き立てていた。とりあえず全部無視して陸の元まで歩み寄る。陸と拓真の間に割って入るようにする。
「な、なんだよ。やんのかよ」
「やらん。ほら、立てるか拓真」
「……」
差し出した手を取ることもなく拓真は黙って立ち上がった。砂利で手のひらを擦りむいている。大したことないが後で保健室だな、これは。
「何やってんだよ」
レンが陸を咎める。口調は厳しいが、手の甲でぽんぽんと陸の胸を叩いている。冷静になるよう同時に呼びかけているようだ。俺は軽く息をつく。ほんとだよ。校舎裏の砂利道。右側には林が広がり、左側、すぐ真横には校舎がある。この裏は家庭科室だな。今は誰も使っていないようだ。ひっそりしており静か。林と校舎のせいで日中なのに薄暗い。
男が男を呼び出してこんな場所で言い合い喧嘩とはね。告白ならまだしも。こういうの、実に小学生らしいけれど。
陸はこれ見よがしに舌打ちし、拓真を指差す。
「決まってんだろ。こいつのせいで夏希があんな風になってんだぜ」
「殴ってどうなるもんでもないだろ。何も分かってないんだから」
「そう言うけどな。レンもこいつがチョコ貰えるなんて思うか? 全部こいつが自分でやったことだろ。自分でチョコ買って自分で喰って勝手に病院に運ばれたんだ」
「そんな馬鹿いるわけないだろ」
ふむ。どうやら俺の発想は小三の陸と同レベルのようだな。しかしどうだろう。まだ間違いと決まったわけじゃないし――と、視線を拓真に向ければ拓真は辛そうに首を振っていた。うん。やっぱ違ったらしい。
「嘘つくなよ」
「嘘、じゃない……」
「なんだ喋れんのかよ」
「……」
「また黙った。ほらな。こいつが自分でやったんだよ。誰もお前になんかチョコやんねえよ。夏希だってお前になんてやるわけねえだろ。誰にでもああなんだよ、あいつ」
実感込もってそう。
「っ」
「てめっ。このっ!」
「わあっ、馬鹿馬鹿。どっちもやめろ!」
陸が拓真に掴みかかる。
拓真も陸の言葉の何がそんなに癪に障ったのか――それともさっきの仕返しか――突然陸を両手で勢いよく突き飛ばしたのだ。すっ転びそうになった陸が顔を真っ赤にして拓真に掴みかかろうとしている。元々の気の短い奴だったが、いつになく気が短い。下に見ていた者に突然やり返され、プライドが傷付けられたのだろうか。
俺は拓真を、レンは陸を、後ろから羽交い締めにして慌てて止めた。
「ふうふう」息を吐きながら興奮する二人は、少し手を離したら再び相手に向かっていきそうだった。どうしたもんかなあ、と考えていると、ザザッと砂利を踏む音が。
すわ先生か、とこの状況に焦りと光明を見出しながら振り返ると、
「青春だねえ」
と、のんきに愛がランドセル背負って歩いてきたところだった。……光明、でいいのか? 始業のチャイムが鳴り響く中、欠伸をかましながら近寄ってくる。
思いっきり遅刻だ。
「や。見つけて。普段ならこのまま保健室直行するところなんだけど、何やら面白そうだったから見に来たんだ」
毒気が抜かれたようにその場にいた全員が息をつきながらも知らず怒らせていた肩を落とす。割って入ってきた愛はどこまでも自由だ。
「よいしょっと」
辺りをざっと見渡し、茂みを抜け、林の方に入って行くと、「何してるんだい。こっちこっち。早く」と、俺たちを手招きした。俺たちは視線を交わし、内心首を傾げながらも林に入って行く。
ここは校門過ぎて下駄箱に辿り付くまでにあるちょっとした林。特に面白いもんがあるわけでもない。何時からあるんだかわからない二宮金次郎像と百葉箱があるだけ。一応中には桜の木もぽつぽつと混じっているから、春なんかには花見にも使えるかもしれない。やった記憶はないけれど。
「座りなよ。ここなら先生に見つかることもない」
愛は金次郎像の前にあった適当な石に腰を下ろした。と言っても――、周辺にあるのは雑草ばかりで腰掛けられそうな石はなく。愛が座ったのが唯一で、けれどレンが何も言わずに愛の隣の雑草に座ったものだから、俺たちもそれに続いて腰を下ろすしかなくなる。自然、愛を囲む形に。愛の正面に拓真が座った。草は朝露で湿っている。勘弁してほしいぜ。尻が濡れた。
「さて。何があったか教えて貰おうか」
皆より上段にいる愛が偉そうに口火を切った。
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