第四章 マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン 5
一瞬の空白。
「――……絵里ちゃん」
「ああ」
「まって。でも、絵里ちゃんって永久歯消失事件の後の絵里ちゃんってことだろう? もうみんなから遠巻き……避けられていたんじゃないの? みんなの輪に加わってたの?」
「加わってない。そしてどっちもされてたさ。だからこそだよ。拓真に群がる俺たちに向かって、絵里はただ一人机に座ったまま言ったんだ。『やめなよ。嫌がってるでしょ』って。みんなが黙った。あんなことの後だったしな。そんな絵里から言われれば。俺たちは熱が引いたようにサーっと拓真から何も言わずに離れていったんだ」
「……なるほどね。絵里ちゃんがいなくなったことでそれが失くなったのか」
暫しの沈黙の後、愛は言う。
「確認だけど拓真くんがカカオアレルギーだってことは知らなかったの?」
「知らなかったさ。学校でチョコ食う機会なんてそうそうあるもんじゃないだろう? 仲良かったなら遊ぶ過程でお菓子食べ合うくらいはありそうだが、拓真はあの通り、殆ど喋らない奴だったからな。一緒に遊んだことなんて一度もなかった」
中学は別クラス。高校もこのエスカレーター式の私立となれば一緒だったんだろうが、俺はもう、その時点で拓真の存在すら認識していなかった。なんたって人数が多いからな。
「そうなってくると――」
愛は片手で口を覆い考えるようにする。
「考えられる可能性は二つだな」
愛の考えが纏まる前に俺は口を付いていた。
「誰かがバレンタインデーにちなんで拓真にチョコをあげた可能性。勿論相手は拓真がカカオアレルギーを持っていることなんて知らない。そこにあったのは純粋な好意のみ」
手紙、名前、送った自身の情報を伏せたのは、照れか、はたまたうっかりか。
「拓真くんってモテるのかい? わたし、そういう話題には疎いからよく知らないけれど」
「モテなかった俺が言うのもなんだがな。モテる方じゃなかったよ。見てて分からないか? 運動得意な奴、勉強得意な奴、気さくで話しやすい奴、気難くても思慮に富んだ奴、顔だけは良い奴、ブサイクでも何かに一つに秀でている奴……。こんだけ人数のいる学校だ。モテる奴はいっぱいいたし、そうじゃなくても極一部に好かれている奴はいた。拓真はそのどれでもなかったからな。とにかく、目立たなかった」
少なくとも俺の知る小中九年の内は。
「その極一部に好かれていたっていう可能性は?」
「ま、可能性としては捨てきれないな」
言ってて本当に失礼だな。
「そして可能性二が」
「誰かがバレンタイデーにちなんで拓真くんにチョコをあげた可能性。勿論相手は拓真くんがカカオアレルギーを持っていることを知っていた。そこにあったのは純粋な悪意のみ」
愛が俺の言葉を引き継ぐようにし、つい今し方言ったことをなぞった。何かがカチッと音を立てた。音のした方を見上げると、学校に置くにしてはやけに可愛いデザインの時計が壁に掛かっていて、時計は十時十分を指していた。未だ二時間目の最中。授業は国語。俺は具合悪くて、と抜け出してきたが、目の前のこいつは言い訳なんてしたのだろうか。言い訳したかすら怪しい。いつものように黙って抜けたか。告げた犀川先生は「ああ」と一言、それから「大丈夫?」と付け加えた。心ここにあらず、とまでは言わない。だが、忙しいのだろうなと俺は察した。問題ばかりの四組。先生方、頭が回る人は気付いているかもしれない。今度の問題、そこに悪意があったとすれば――。
「下手すれば殺人だ」
「食物アレルギー起因によるアナフィラキシーショック。呼吸器系の異常も持っていたみたいだからね。未遂に終わったけれど」
愛は言う。
「大事だ」
既にな。
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