第三章 霞ヶ丘小女子児童自殺騒動20

 チャプター36 二階堂家 別宅 廊下


「だ、だれ」

 絵里は声が震えているのを自覚した上で、それでも尚、男に向かって言った。男は億劫そうに、ゆっくりと絵里を振り向くと、何も言わず絵里に向かって歩いてきた。

 大股で。

 背後は壁。だが、ここは廊下。扉を開ければ向こうにはダンベル、それからキッチンには包丁、それから、それから、それから、それから――。

 男が助走を付け絵里に蹴りを浴びせた。絵里の腹に男の靴がめり込む。絵里の呼吸が止まった。絵里はその場に蹲り嘔吐した。

 男が、蹲った絵里の髪の毛を掴む。そのまま、絵里を引き摺るようにして隣の部屋へと入っていく。




 チャプター37 崎坂家 愛の部屋3


 ――先生と鉢合わせして襲われたんだ。写真まで撮られてね」

 感情を感じさせない声音で愛は言う。俺もなるべく義務的に、知りたいだけを訊くことにする。

「警察ではどうだったんだ? その、捜査線上に先生の存在は浮かび上がっていたのか? 俺の知る歴史では、元町先生は最後まで俺たちを観て、その後もしばらくは小学校に在籍していたが。そんな様子は全然なかったぞ? けど、こっちでは空き巣に入って、さらに二件目にも入って、その上、鉢合わせた小学生を強姦までしているわけだろ? 勘付かれていたりとかは」

「なにぶん、わたしの家も絵里ちゃんの家も繋がりが多いからね。人の出入りは山程ある。敵も多い家だ。先生も一応は捜査線上に上がっていたみたいだけれどね。あくまで一応の存在。同一犯かどうかは警察でも結構意見が分かれていたらしい。空き巣と強盗強姦。手口も状況も違い過ぎた。人数のせいか知らないけど、捜査の班まで分かれてたみたいだしねえ。そりゃ意見も割れるだろうよ」

 ――この町は色々ある。疑い始めたらキリがない。と、愛は呆れるようにぼやいた。

「蒸し返すようだが足跡だとかは?」

「靴も履き替えられていたようだよ。その靴も先生の家で見つかったみたいだけれどね。わたしの家に入ったそれと、絵里ちゃんの血が付いたそれが」

 血――絵里の、永久歯が折れた際に付着した血が付いた靴。

「雪の勢いも強かったから。先に入られたわたしの家は、すぐにそれと解らなくなっていた。足跡というより、点々と凹んだ跡があるなって感じでさ」

 先生は車で移動していたのかな。そうすると、車の轍の方も判別付きにくかったろう。

「……なるほど玉突きは分かった。だが、お前の自殺のタイミングはどう説明付ける?」

「これはわたしの想像でしかないけど」

 と、愛は言いたくないことを言うように口を開いた。

「……たぶん、継続的に先生に脅されていたんじゃないのかな。身体もあるんだろうけどそれよりは金品目当てでさ。お父さんはわたしに甘いから。言えば何でもやってくれると思うよ。それに…………、わたしは、強く言われたら逆らえないだろうし」

 そういえば、そうだった。

 俺の知る歴史においての元町先生は、教師としての給料以外に、愛から継続的に金銭を受け取れる環境にいたのかもしれない。だとすれば、危ない橋をそれ以上渡る必要がなかったってことにもなるのか。

 もちろん、実態がどうだったかは知らない。知らないところで空き巣強盗を繰り返していたのかもしれない。あまり、考えたくないことだ。

「だけど、それだって、もう少し我慢すれば」

 自分で言ってて酷いと感じた。何が我慢だ。

「たぶん、その後の関係もほのめかされたとかね。或いは」

 愛はそこで初めて言い淀んだ。

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