第三章 霞ヶ丘小女子児童自殺騒動19

 チャプター34 家庭訪問 福田家 六年生 春


「犬を飼っているんでしたっけ?」

 先生が、先からうるさい襖に目を向けた。

「ええ。もう老犬なんですけれど。まだまだ元気が有り余っていて。知らない人が来るといつもこうして吠えるものですから。うるさいですけれど。小型犬なのでどうしようも」

「防犯になっていいじゃないですか。泥棒もこれじゃあ裸足で逃げ出しちゃいますね。もう飼ってどのくらいになるんですか?」

「さあ。もう十年は経っていると思いますけれど。まだまだですねえ。それより、良夫学校でどうです? 迷惑掛けていません?」

「良夫くんはねえ。忘れ物さえ無ければねえ」


「あの先生、去年も同じこと言ってたな」

 先生が帰り、一言母が言った。俺はやっと帰ったかという気持ちだった。

「何を?」

「泥棒がどうとか。たぶん、犬飼ってる家全部に毎年同じこと言ってるんでしょうね。先生って大変。話合わせるのも面倒よね」

「はあ……。おお、よしよし。ごめんなあ。寂しかったなあ」

 と、隣の部屋に一端閉じ込めておいた犬――この時代にやって来、十九年ぶりの再開を果たした愛犬、ポメラニアンのジョンを出し頭を撫でた。それでこの話は終わった。




 チャプター35 崎坂家 愛の部屋2


 俺はぞくりと身震いする。

「遭難事件」

 思考が遮られた。

「その日にわたしの家に空き巣があったね。これは言うまでもないが」

「それが、元町先生の仕業か」

「うん。あの日は半日。元町先生はパ……お父さんと職場が一緒だ。帰宅時間を推し量るのは容易いことだった。お父さんの仕事量を見、早めに仕事を終わらせた元町先生は、その足でそのままわたしの家へと向かった。わたしの家がターゲットとなった理由のもう一つ。それはわたしの毎週の英会話教室通いを把握していたから」

 おまけに町一、二を争うほどの金持ち。先生に狙われるのは必定だったろう。

「……ん? しかし、あの日は――」

 俺は腕組し、斜め上を見上げた。

「そうだね。わたしは君と一緒に山に向かったし、それに実際英会話教室は先生がインフルエンザに掛かったせいでお休みになった。わたしが電話を入れ判明したことだ。ここで」

 と、愛は間を開けた。

 そして、一呼吸入れた後に愛は言う。

「玉突きが発生した」

「玉突き……」

「君の知っている、良夫くんの経験した歴史では、わたしが空き巣に入った先生と鉢合わせしたんだ。だって、英会話教室に向かったわたしはその日教室が休みであると唐突に知ったんだもの。とぼとぼ帰ったんだか、うきうき帰ったんだか知らないけれど――たぶんうきうきして帰ったのかな――しばらく家で本でも読んで過ごしていたんだろうね。きっと。しかし」

「そこに、先生が入ってきたわけか」

 愛が大きく頷いた。

「ああ。これはこの前も言ったことだけど、窓ガラスが割られていてね。一階のさ。そこから入ってきたんだ。どうしてわたしがいることに気が付かなかったのかは、先生の侵入経路の問題じゃないかな」

「侵入経路?」

「足跡だよ。正面から入らず裏から入ったから気が付かなかったのかな。気付いててそれでも侵入したってことも、まあ、ないとは言えないよね。推測だけど」

「そして、襲われたと」

「正しく襲われたんだろうね。裸に剥かれてさ。絵里ちゃんみたいに」

「……っ」

 反射的に、脳裏に浮かんだ絵里と愛の裸を振り払い打ち消した。

「さて。片や、わたしの知るわたしの歴史。君にとっては二度目となる不本意なやり直しの歴史」

 不本意かどうかは今置いておいて。

「このやり直しの歴史では絵里が襲われたってのか? だが、待て……待ってくれよ。こちらでも、愛の家は空き巣には入られてるじゃないか。結局同じだろ。何でそれで絵里が襲われるんだよ」

「君は察しが悪いねえ」

 驚かれた。子供ってどんな子でも感情表現豊かだよな。おじちゃん傷付くわ。

「わたしが君と山へと向かっただろ? 遭難し掛けている三人を助けるためにさ。帰宅時間が遅くなったわたしは先生との鉢合わせを避けられた。一方、君の歴史においてのわたしはそうはいかない。先生と鉢合わせてしまった。襲われ、裸に剥かれた。時間は要ったろう。誰もいないよりはね。だから、そっちの歴史においての先生は、それでその日は手仕舞いにしたんだ。だけど、こっちの先生はそうじゃなかった。誰とも会わなかった。首尾よく盗める物だけ盗み出せた先生は欲を出した。さらなるターゲットを求めたんだ」

「それが絵里だと? なんだってまた」

「絵里ちゃんはあの日、椿ちゃん家で遊ぶと言っていただろ? 確か、教室で話して合っていたとかね。わたしと良夫くんも一緒にと誘ってきたよね? これを、先生に聞かれていたんだ。覚えているかい」

「それなら覚えてる。なるほ……いや、だったら絵里が襲われるのはおかしいだろ」

「しかし、絵里ちゃんは唐突にその予定を取りやめていたんだ」

「取りやめた? キャンセルしたってことか。どうして」

「インフルエンザ。椿ちゃん、咳をしていただろ。きっと、あの日ずっと具合が悪かったんじゃないのかな。それでその日は無しになったらしいよ」

 して……いたか? ……いたな。椿か菊、どっちかは忘れたが。そうか、椿の方か。よく見ている。

「そうして、遊びの予定を急遽無しにした絵里ちゃんは帰宅し――

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