第三章 霞ヶ丘小女子児童自殺騒動7

 チャプター13 土建会社階堂組 敷地 岩場、影2


「で? 今度は君たちの番だ。わたしが死ぬって? もしかしてこの前のことかい」

「おい良。ぼうっとしてんな」

「ん、ああ」

 愛の話で唐突に過去の記憶が蘇ってきた。

 あれは、最後に愛を見た、その後のことだったろうか。

「お前、何で死んだんだよ」

 なんて言おうか迷った挙げ句、そのまんま聞いてみることにした。

 愛は目を細める。そうして、口を開く。なんだか目が怖い。

「知るわけないだろ。そんなこと」

「えっ」

「えっ、じゃないよ。何で自分が未来で死ぬことを、今の段階で予想出来てると思うんだよ。馬鹿じゃないのか」

 それに――、と愛は言葉を続ける。

「だいたい自殺の詳細さえ聞いてない。本当に自殺だったのか? ていうか何時の話? また凝りもせずに、今晩のことだよ、なんて本当に勘弁してくれよ」

 ……最もだな。

 俺は申し訳なさと気恥ずかしさを感じつつも愛の自殺の詳細を改めて語ることにした。




 チャプター14 平成十四年度八月二十一日 昼休み教室にて。


「なあ。なんで崎坂死んだんだろうな」


 陸が言った。興味津々といった様子だった。

 気持ちは理解出来た。退屈な日常に文字通り『降って』湧いた事件。それも自分たちと関わりのあった人間。関係性は希薄でも、確かに、クラスに存在はしていた女の子。

 俺は最後に見た崎坂愛の姿を思い出しながら言った。まあ、確かに悩んでいると言えば悩んでいる様子だった。俺は夏休み中そのニュースを見た時、自分家に警察が突然やって来て事情聴取でも求められるんじゃとびくびくしていたのだが。そんなことはなく。

「さあ。いじめ?」

「そもそも教室に現れないだろ。いじめも何もねー」

「確かに」

 レンが少しムキになって返してくる。俺と陸はレンに気圧されつつ、視線を交わす。

「……実は、殺人?」

「ないって散々ニュースで言ってただろー。部活の居残り組が崎坂飛び降りるのを目撃してたんだって。あ、なあ光輝、お前見たんだろ?」

 陸上で疲れてでもいるのか、腕枕していた{光輝|こうき}を無理やりに陸が起こした。

「んああ? ああ、見たよ見たよ。つか思い出させんなよ。ほんとトラウマ。その日夕飯食えなかったんだからな、俺」

「その日の、しかも夕飯だけじゃねーか。なんだ? 脳漿ぶちまけてたのか?」

「う。思い出したら吐き気が。すまん。トイレ行ってくる」

「遺書は?」

 お前、いい加減にしろよ、陸。隣のレンの顔、こえーんだよ。さっきから。

 俺は意外に思っていた。レンは、あまり感情を表に出すってことがないからだ。ただ、レンの気持ちも理解出来た。今のは大分悪趣味だった。

「なかったって言ってたよ」

 幾分冷静になったのかレンが言った。

「でも、ずっと考えてたんだけどさ。不思議だよな」

 独り言のようにレンは続ける。

「なにが?」

 俺と陸が同時にレンに顔を向けた。

「だって六年生だぜ? 今、俺たちは。しかもこれから夏休みって時期だった。今の環境が嫌でもさ。この後すぐに長い休みがあったんだよ。半年待てば小学校も無事卒業だ。中学に行ったら生活環境だって変わるだろ。なんだって、今、死ぬんだよ」

「言われてみれば?」

 苦しげに言葉を吐くレンに向かって、陸は「だったら」と言葉を紡ぐ。

「すぐに変えられないもの。親、家庭環境。それか、何かその日突発的に嫌なことがあったとか? 他にはなんか嫌なことが続いていて、心がぽっきり折れて身を投げ出した」

 どうとでも言えそうだな。

 レンは、

「分かんねえよ」

 と、言った。

「死人に口なしだからなあ」

 と、陸は返す。だからな。一言多いんだって、お前。

 俺は言葉を発さない。

 ふと、視線の先――そこには崎坂愛の席があった。夏休み前、何を思ったのか、座っていた席。一輪の菊、なんてものは飾られていない席。俺は無くてもいいと思っていた。あれば、否応にも誰かが死んだことを意識してしまいそうだし、どこかイジメみたいで嫌だったから。

 視線を外す。

 向こうには、顔を俯けて、窓の外をぼんやりと眺める二階堂絵里がいる。一人で背中を丸めているその姿は、俺たちが低学年の頃には想像も出来なかったろう。

 松司は昼休み、どうしているんだろうなあ、と、ぼんやり考えた。




 チャプター15 友達


「な? だからさ。何か悩んでいることあったなら、相談に乗れないかと思って来たんだよ」

 俺は本来の目的を回り回ってやっとこ告げた。途端に、愛が難しい顔をする。

「そんなこと言われても……」

「あるだろ? 笑わないぜ? だいたい俺、歳違うし」

「違ったらなんなんだよ」

「同い年の奴には相談しにくいことだってあるだろ? それに、お前何でいつも保健室登校なんだよ。もうそれこそ愛が大それた悩みを抱えているっていう何よりの証拠だろ?」

「君は繊細さに欠けるね。モテないだろ」

「……」

 ふう、と、呆れたように愛は息を吐いた。耳の裏をぽりぽりと掻いている。どうしたもんかなあってのが伝わってくる。

「そういえば、良ってもう本当なら三十超えてるってことだろ? 結婚とかしてんの。彼女とかいんの」

「子供ってのは集中力がないよなあ、おい。すぐに意識が散漫になる。だめだぞ? 目の前の物事にちゃんと集中しないと。今真剣な話をしてるんだから」

「うわっ、やめろ、良っ、お前っ。人の頭勝手に撫でんなっ。てめえ、こんな時だけ大人ぶんじゃねえよっ」

「友達が……」

「あ?」

「ひう」

 レンをぐりぐりやってたら、愛がぼそぼそ言い出した。よく聞こえなかった為、訊き返したら物凄い怯えていた。……ああ。久しぶりに感じるな。愛のそのムーヴ。

「すまん」

「けほ。けほ」

「で?」

 苦しげに喘ぐ愛に先を促すと不満そうに唇を尖らせた。

「悩みなんて。ない」

「嘘つくなよ。お前、今さっき友達が、って言い掛けただろ。……友達? 友達が上手いこと作れなくて保健室登校なんて許されるのか? あ、そうか。校長の娘だからある程度融通利くっつーか、大目に見られてるってことか? どうせアレだろ? あんまり教室に顔出してないもんだから、出るに出にくくなってるってだけだろう? な? でもさ。やっぱり今の状態を続けているのも愛にとってよくないんだよ。それが直接の原因かは分からないけど、そういうことが俺のいた未来ではあったんだしさ。だからさ? まずは俺たちが愛の友達でもいいじゃないか? 後それに、友達っていうんなら、絵里なんて今よりももっと仲良くなれそうじゃないか。この前だって遊びに誘ってくれたんだし――」

「ううぅ……うるさい! もう今日は帰る! 良夫くんなんて嫌い! 友達になんてならない! 絵里ちゃんなんてもっと嫌! 友達なんてごめんだ!」

「え」

 パンッ! と、腰掛けていた岩に両手を突いて、愛が突然立ち上がった。

 呆気にとられるしかない俺。

 愛はパッと地面に下りると、さっさと駆けて行った。こちらを振り返りもしない。遠ざかる足音。敷地外に出、すぐに見えなくなってしまう後ろ姿。ぽつんと残される俺たち。

「お前なあ。考えなしに喋んのもいい加減にしろよ」

「考えて喋った結果だったんだが」

「じゃあ、もう一生喋んな」

「………………」

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