第三章 霞ヶ丘小女子児童自殺騒動6

 チャプター11 土建会社階堂組 敷地 岩場、影


「鳥雲会?」

 予想外のワードの連続だった。

 聞いた話はどれも俺の今までの人生において、全く関わりないものだった。今までの、二階堂絵里永久歯永久消失事件と、霞ヶ丘小男児四名遭難事故は、俺自身関係のあるものだったから。

 だから、どうにか出来たのに。

 しかし、今回は……。

「知らない?」

 愛が訊いてくる。俺は首を振り――、掛けたところで慌てて止めた。

 現在俺たちは愛の家から離れ、俺たちがよく遊び場にしていた、あの土建会社の敷地に来ていた。歩きながらも話を聞いていたが、愛の話に俺たちは驚いた。自分たちの用事を忘れてしまうくらいに。

「……いや、聞いたことあるような。待ってろ。そう。確か。そんな団体がいたな。俺が中学一年か二年の時だったかな。信者がマスコミに団体の実態をチクってそこから瓦解して……そのトップの数人? が、逮捕されていたような……。すまんな記憶力が悪くて。なにせ」

「自分たちとは関わりない奴らがどうしたってね。忘れるよね」

 ――まして中学生の時なんて。子供だ。

 と、愛は俺をフォローするような言葉を吐いた。

 俺は思い出す。テレビに映った、作務衣(さむえ)みたいな服を着ている男の姿を。堂々としており、顔を隠すでもなかった。脇を固める警察。後ろに何人かが続いていて。恐らく、会の経営を握っていた奴らだ。俺はなんとはなしに眺めていた気がする。

 母が、「あ。これ」と言い、父が「どうした」と返していた。母は「私も誘われたことある」と、びっくりしていた。

 俺は「へえ。乗らなくて良かった」と言った。こんな田舎町で悪どいことやる団体がいるもんだなあと呑気に思っていたんだ。母の発言もあり、頭の片隅に引っ掛かってはいたのか。

「愛ちゃん家に入った空き巣がその会の奴だって言うの?」

 レンが訊いた。顔は相変わらず下を向いている。視線の先で蟻が歩いてる。

「なんとなくね。先々月にも空き巣があったんだ。隣町だけど。これは知ってる?」

 俺たちは首を振った。

「そっちは捕まってるんだけどね。この犯人がどうやら会の熱心な信者だったらしいよ。取り調べで、そう吐いたって。何でも高価な物を持ち込めば持ち込むほど、会における自分の立場が上がるとかで、ついつい魔が差してやってしまったと。もう会に献上出来るような、手持ちの物品が無かったそうだ」

「お前、よくそんなことまで知ってるな」

「うちは警察とも繋がりがあるからね。鳥雲会は今マークされてる。遠からず捕まるんだったら良かった。これは嬉しいネタバレだね」

 鳥雲会。ううむ。その名前は記憶にない。関わりなかったんだろうな。

 聞いた教義や、やってること事態は面白いと思う。感心すらしてしまう。

 最もな言葉で、理解がしやすく、手が付けられやすく、それだけで何かをした気分になり、人によってはだんだんと歯止めが利かなくなりそうな。そんな手口。

 愛は続ける。

「鳥雲会の上手いところは、物や人間関係を手放せば手放すほど、人間が本来持っている所有欲や集団への帰属意識が薄れてしまうところだろうね」

「? つまり、どういうことだ?」

「無限ループって言えばいいのかな。大事な物を手放す。煩(わずら)わしいと感じていた人間関係を切り捨てる。ある程度までは成功するんだろうよ。それで救われた気になるかもしれない。すっきりもするかもしれない。が、一度手放すわけだから」

「……ああ」

 俺は想像する。自分の持っている漫画を手放すところを。……もにょっとした。

 飢餓感(きがかん)は募(つの)るだろうな。そして、喪失感も残るだろう。その気持ちは鳥雲会へと向かうってわけか。

 すると集団への帰属意識が生まれる。不安だろうが、もう一度会合に行ってしまえば、自分の今している行為について再度納得のいく説明が与えられる。周囲も同様のことを行っているし、競争意識も生まれるだろう。コミュニティとしても機能しているかもしれない。

「無限ループか」

 愛が俺の目を見、頷いた。

「そういった{喜捨|きしゃ}や預かり金の高い者には階級を上げているらしい。すると、もっともっと、と考え出す人間がいるみたいだね。そいつがこの前捕まった空き巣ってわけだ。週に一回、決まった曜日に定例会を開催しているのもミソだね。習慣化しやすい。一度でも根付いた習慣はなかなか抜け出せないから。すかんぴんまっしぐらだね。全く涙が出るよ」

 さっきからすごいな。何時になく流暢で発言が攻撃的。

「階級を貰うとどんないいことがあるんだよ」

 俺は愛の勢いに若干引きつつ訊いた。愛は肩をすくめて返す。

「さあね。身も心も洗われて健康にでもなれるんじゃないか? 宗教ってそういうもんなんだろう?」

 心底馬鹿にしたような表情だった。

「なんか恨みでもあんのか」

「……あれ」

 愛が唇を尖らせる。まるで拗ねた子供。いや、正しく拗ねた子供。

「あれ?」

 愛は説明するのも嫌だという顔をしたが、俺がじっと見てくるのに耐えられなくなったのか、渋々といった様子で口を開く。

「……見ただろ。不法投棄の現場をさ」

「……? ああ! あれ! あの崖底の! あれ、鳥雲会がやったことだったのか!」

 一瞬意味が分からなかったが、すぐに思い出した。

 あの岩と一緒にあった家庭ゴミ粗大ゴミの山。

 横でレンが「ああ」とぼんやり呟いている。こいつも現場を見たはずだった。

 愛は盛大に溜息を吐いた。

「現場を押さえたわけじゃないけどね。あと、鳥雲会だけじゃないけど」

「うん?」

 後の呟きは意味を図り兼ねた。鳥雲会だけじゃない?

 愛が何でもないというように瞳を逸らした。

「いいや。それはこっちの話。……まあ、ほぼ確信しているよ。捨ててある物に節操がなさ過ぎる。如何にも貰ったけどいらない物ばかりって言った風。金になりそうな物は自分たちの懐に入れてるんだろうね。全く、うちの山になんてことを」

 だいぶ憤っているな。

 なるほどな。

 警察とも繋がりがあり、そして現在警察にマークされてる。立場もあるのだろうが、実害も被っている為、ある程度情報共有はしているのか。


『狩りは得意なんだ』


 先週の愛の得意気だった様子を思い出した。お父さんの後にくっついてでもいたのか。こいつが時折見せる妙な判断能力の高さや瞬発力に納得がいった。

「そ、そうだ。怪我はないの?」

 話に入っていけないのを恥じるようにレンが勢い込んでくる。

「ありがとう、レンくん。言ったようにぴんぴんしているよ。山に行ってて犯人と鉢合わせなかったのは怪我の功名ってやつかな。偶然の連鎖とは恐ろしいもんだ」

 そう、俺たちが山で遭難し掛けていた、正にその時だったらしい。

 愛の家に空き巣が入った、というのは。

 愛の家を狙うのは理解る。この町でも有名で金を持っていそうな、そんな家だからだ。塀に囲われてはいるが、乗り越えられないわけじゃない高さ。大人なら容易だろう。

 その日――たまたまなのか、事前に調べていたのか――愛の家にはその時間帯人がいなかったそうだ。父は仕事で、母は出ていた。

 愛の話によれば、犯人と{思|おぼ}しき人物はまず塀を乗り越え、庭に一端身を潜めた。それから窓を割って侵入。家に誰もいないのを見て取ると、家にあった金になりそうな物を片っ端から盗んでいった。被害額は七百万円程。金庫壺等、大きくて嵩張る物は難を逃れたが、それでも、かなりの量だったようだ。

「美術品をね。まとめてごっそり。酷い話だろう? けっこうな量だよ。単独犯か複数犯か。何れにしても大した度胸だよ。ちゃんと塀だってあるのにさ」

「テレビで見たことがあるな。塀があった方が近隣の住民に見られる心配もないから、却って泥棒からは狙われやすいらしいぞ? その家の住人の行動パターンだけ把握しておけば、後はもう塀のないそのへんの一般家庭住宅よりもよっぽど泥棒にとっては安全で、且つ金になる可能性が高い」

 俺は昔テレビで見た知識を並べた。それを見た時思ったものだ。

「じゃあどうしろと? 塀を壊せってのか」

 と。愛は、当時俺が思ったことをそのまんま言った。「それより」と言葉を続ける。

「それより?」

 何やら苦い顔をしていたので先を促す。

「猟銃がさ。やられたんだ」

「銃……」


 夢。


 教室で誰かが銃をぶっ放す夢。

 ここに来る、戻る、その切っ掛け、トリガーとなった夢。

 トリガーを引く女の子。

 銃。その言葉で忘却していた記憶がぶわっと蘇る。どうして今まで忘れていたのか。

 顔は……黒塗りでよく見えなかった。

 そこに、今、ぴったりと愛の姿が重なった。

「はあ」

 愛は頭上を見上げ、大きく溜息を吐いた。

「これでしばらく狩りもお預けかなあ」




 チャプター12 平成十五年度七月十九日 階段踊り場にて


「わっと」

「おおっとお」

 勢いよく階段を駆け下りて行ったら、踊り場で誰かとぶつかった。一瞬焦るも、そのジャージに寄った皺で顔を確認せずとも誰だか分かった。

 元町先生だ。

「ご、ごめんなさい」

「危ないですねえ」

 慌てて謝り、脇をすり抜けようとしたら、すかさず袖を掴まれた。少し痛かった。

「待ちなさい。廊下は走らない。また忘れ物ですか。あれだけ一学期最後だから全て持ち帰るようにと言ったのに」

「ああ、はあ。えっと。宿題を忘れて。ロッカーに」

「だめですよ。もっと整理しないと。必要のない物は捨てないと。あれもこれも。いつかいつか。いるかもしれないいらないかもしれないなんてやっていると、いつの間にか」

 まーた始まった。

 なげーんだよ、先生のこの説教。

「先生こそ。なんでまた教室に?」

「先生は教室に用があったんです」

「ふうん。あ」

 それに気付いた。

 前も見ずに、下ばっかり見ていたからだろう。呆れと、都度都度聞いていた耳タコな説教に対する憤り、さらには陸とレンを待たせていることによる焦りも生まれていた俺は、普段より少しだけ大胆になっていた。

「じゃあ、先生の付けていた指輪。それはどうしたんですか」

 今思えば全く意味の分からない問い掛けだったろう。

 たまたまどこかに置いてあるだけかもしれない。ただ単に、その日は外していただけかもしれない。けれど俺は、先週までは確かにしていたはずの指輪が、先生の薬指に嵌っていないのを発見し、どうしてだか失くしたと思ったのだ。

 当て擦り、当て付けのつもりで言っていた。得意気になって。

 つまり、お前もどうせ失くしたんだろう、という意味を込めて言った。

「ああ」

 先生はサッと左手を隠す。

「整理したんですよ」

 逆光で先生の表情はよく見えない。

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