第二章 霞ヶ丘小男児四名遭難事故2
「だいたい、なんであんな山に。何にもないよ、あの山」
タイムリミットは後わずか。
手短に話し、対策を練らねばならない。
「イエティとビッグフットを捕まえようと思った、らしい」
呆れる愛に対し、俺はさっきまで居た絵里に聞いたままのことを告げた。
「それはわたしも聞いたけど」
まだ分からないという顔だ。
「いないよ」
「知ってる」
ひとしきり和やかな会話を絵里とした後、ふいに絵里は言ったのだ。
「わたしもう行かなくっちゃ。教室で話してたんだけどね? 椿ちゃんと菊ちゃんとね? 遊ぶの。椿ちゃんのお家でね? あ、どうせなら良も来る? 愛ちゃんも良が一緒なら気まずくないでしょ? ゲームもあるしお菓子も」
「いや、わたしは」
愛が断りを告げる前に、何かに気付いたように絵里は頭上を見上げた。
「あー、でもだめかあ。良、今日はイエティとビッグ……なんだっけ? それ捕まえにいくんだもんね。気をつけてね!」
「え。あ。うん」
「ばいばい」
そう言ってきらりと白い歯を覗かせ微笑んだ絵里はつたたたっ、と急ぐようにして保健室を出て行った。
「イエティはヒマラヤ、ビッグフットはアメリカだ。今からじゃ飛行機は間に合わないだろうし、行くなら明日だろう。パスポートは持っているのかい。ないなら一週間くらいは見た方がいいね。お土産は何がいいかなあ。洋書がいいな」
「いや、ふざけてる場合じゃないんだ」
悠長に冗談を言い始めた愛を遮り、俺は言う。
「待ち合わせは十五分後だ。後五分しかない。遅れたら、あいつら俺を置いて行きそうだし、そうなったらそうなったでまずい」
「置いて行かれればいいじゃないか。君は助かる」
「そういうわけにはいかないんだよ。事が事だからな。大事だったんだ。なにせ、当時新聞にまで載ったんだ。テレビでも放映されたっけ。散々ニュースで流されたんだぜ。写真付きで。有名人だ有名人」
「恥の喧伝」
正に、な感想を漏らす愛に俺は当時起きた事件を改めて語る。
一月半ば、二時半頃。{霞ヶ丘|かすみがおか}小の男児――由浅松司、戒場レン、尾崎陸、福田良夫の計四名――が地元の山に入山した。以降行方が分からなくなる。当時記録的な積雪を観測。夜の気温はマイナス十二度に到達。件の山は私有地であった。禄に舗装されていない、強いて言えば獣道があるばかりの山だった。
私有地、持ち主は地元猟友会のメンバーの一人で、熊、鹿、猪等を狩る為に使用していた山である。それは男児四名も知っていたと見え、時折山から聞こえる猟銃の音を聞いては、撃たれたであろう動物のことを話題にあげていた。子供たちが入山する前夜、テレビ番組でUMA――未確認生命体特集が放送されており、それに触発されて山に登ったと言われているが、男子たちの内一人は普段と様子が異なっていたというクラスメイトの証言もあり、本当にテレビ番組に触発されたかどうかは不明。
{捜索|そうさく}は三日に及んだ。
警察は勿論のこと、自衛隊まで派遣し捜索された。
発見時、四名共に酷い衰弱状態にあった。福田良夫に限っては崖から転落し、右足首を骨折していた。
その後、男児四名は回復に向かい、福田良夫の骨折も無事完治。
以上が、『霞ヶ丘小男児四名遭難事故』という名で新聞にも掲載された事件の概要である。
「……UMA特集って昨日テレビでやっていた?」
話を聞き、片眉を上げ疑問を呈す愛。俺は一度頷いた後、微かに首を振る。
「やってたな。……たぶんそれもあるんだろうが、一番は自暴自棄だったんじゃないかな。松司の奴が。昨日あんなことがあった後だろ。ちょっとやけになってたんだよ」
「むしゃくしゃしていたってやつかい。でも、そもそもそのあんなことが起こっていないじゃないか。
最もだ。だが。
「ほら、女子たちと喧嘩みたいになってただろ? 軽い言い合いだったけど。あんな風に見えて意外と繊細な奴なんだよ」
「繊細ねえ。傍迷惑な」
愛は呟いた後、何かに気付いたように表情を変える。
「結局のところ、全体の大きな流れは変えることが出来ないということなのかな」
「流れ?」
「うん。わたしは運命や使命については否定的だけどさ。流れ。何かが起こるには様々な要因が絡み合う。今日のそれもテレビ番組がきっかけかもしれないし、女子たちとの喧嘩が原因かもしれない。しかし、もっと前から彼の頭にはあったかもしれない。遅かれ早かれという問題だった。全体の大きな流れに個人は逆らえないっていうのは、気持ちとしては納得しやすいかな。わたしはね。そういうのがあるって事は感覚的には分かるよ」
気持ちが暗くなる。
俺はこれから起こるあらゆる出来事を気にしつつ、けれど決して避けられないのだと諦めながら生きていく、そんな俺のこれからのこと。みんなのこれからのこと。
目の前の少女のこれからのこと。
「ま、結末くらいは変えられるってことなのかな」
「変えてみせるさ」
俺はベッドの上で立ち上がった。
ベッドを覆うカーテンの隙間から見える時計は、約束の時間を十分も過ぎていた。
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