第二章 霞ヶ丘小男児四名遭難事故
「馬鹿じゃないのかい!!」
その言葉に、最もな言い分に、俺は呻くことしか出来なかった。
そう、この時点で、俺が出来ることなど限られているのだ。
だから、こうして、保健室、同じベッドの上で愛に相談しているのに。
……あ。もちろん寝ちゃいない。流石に。お互い、ベッドの上に座っていた。俺はあぐらをかき、愛は端っこに腰掛けて。
――遡るは、本日二時間目の休み時間。
「なあ、良も行くよな」
「ん。ああ。行く。行く」
俺は疲れていた。
子供の体力は無限大、なんて言うが、昨日あんなことがあってずっと気を張ってたし、職業柄――こうして小学生になる以前の元の職業柄――あんまり規則正しい生活をしていなかった俺だ。心底から疲れていた。それはもう。
無論、他にも様々な理由がある。
こんな時間に起きていなかったのは勿論だし、約二時間に及ぶ小学三年生の授業内容は退屈極まりなかったし、連続で全く違う科目に移るのも脳が疲れるし、ただでさえ学校で会話がぎこちないのに、家に帰ったら会話はさらにぎこちなくなるし、その度どうしたって神経はすり減るし、父と母がやたら若くて思わずびっくりしたし、ガキの頃飼ってた犬がまだ生きていて感動してむせび泣いてしまったし、父と母からは常時変な顔して見られるし、味覚が大人の時と違い過ぎて食べる度いちいちびっくりするほど美味しいし、何気なく視聴したテレビ番組がどれもこれも面白過ぎて夜更ししてしまったし、どうにも朝から食い過ぎていたし。
つまり、眠気のピークだったのだ。
よく話を聞いていなかったとして、誰が俺を責められよう。
――そう、誰にも俺を責める権利はないはずである。
「馬鹿じゃないのかい!?」
愛は言った。
誰が責めなくともわたしだけは君を責めようという意思が感じられる。
この年になると、人から真剣に怒られるってことがないからな。俺は小学生に怒られながらもけっこう応えている。辛い。
愛の吐いた言葉は先程とは若干ニュアンスが違っていた。驚き、から、信じられない、というそれへ。愛は大きくため息をつく。
「はああ。馬鹿も休み休み言えって言うけれど、あれって本当の言葉なんだ。馬鹿という奴は休むっていうことを知らないんだ。付ける薬もないんだ。馬鹿も極まると自殺行為なんだろうな。いや、正しく自殺なんだろうな。よりによって昨日の今日で、しかもこんな天候で――」
「あんまり馬鹿馬鹿言うなよ」
「ひうっ」
「あ、すまん。言わなくてもいいじゃないか」
「……言いたくもなるさ」
拗ねるように唇を尖らせ、愛は窓の外を見る。
雪景色が広がっていた。
予想に反して昨日から降り続いた雪が積もり、校庭は美しくも白に染まっていた。そこかしこに雪にはしゃぐ子供たちの姿が。周りを取り囲む家々の屋根も同じく真っ白で、普段なら深い緑に覆われているはずの山々も、今はこうして雪化粧。
未だ雪は止まずにいる為、今夜辺り、俺が大人のままだったら腰まで届くくらいに、子供の今となってはすっぽりと埋まってしまうくらいにまで積もりそうだ。
「――あの山に登るだなんて」
視線の先に聳え立つは名もなき山々の中でも一際大きく、そして険しい山。
標高約千四百メートル。
小学生の頃、俺を含む霞ヶ丘小男子四人が{遭難|そうなん}することになった山である。
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