夢の中へ3

 愛、藍、愛衣、亜依、あい。

 やっぱりそうだよな。この頃、アイって名前が異様に多かったんだ。

 タレントや歌手の影響だろう。三時間目の終わりがてら、トイレ行くついでに、隣とその隣とそのまた隣のクラスを覗いてきたが、やっぱりそうだった。覚えてなかったのも無理ないぜ。

 うちの学校、異様に人数多いからな。なんたって十クラスだぜ。三百人近くいるんだ。覚えているわけがない。

「愛さんは?」

「さあ。どうせいつもんとこじゃね?」

 いつものところ? 三時間目と四時間目の合間の休憩は五分しかない。どこに行くというのだろう。口ぶり的にトイレではないようだが。

「なに、お前。あいつのこと好きなの」

「好きかどうかはべつとして。まあ、綺麗だよな」

 俺の机に腰掛けてた陸に何気なさを装って訊いた。陸は変な顔をした。

「?」

 内心首を傾げる。だなー、とか、いいよなー、とか、そんな言葉が返ってくるかと思ったのに。そこから適当に会話を広げるつもりだった。そんなにきょとんとされては困る。

「良夫が愛きれいだってー。綺麗だよなーって。きれいーって」

 ああ。

 やってしまったらしい。好意を少しでも口にすることが恥ずかしい年代なのか。そういえばそうか。小学校三年生なんて、恋のこの字すら、興味がない輩はたくさんいた。俺もそうだったような気がする。たぶん、普段俺が口にしないようなことを口走ってしまったんだろう。なるほど。年代特有の会話の機微って難しいな、と俺はどこか他人事のように思う。自分事だが他人事だ。

「そんなに気になるなら保健室行けよ」

 松司が近付いてきて言った。からかうような口調だ。こいつは、この頃からこんなか。

「保健室?」

「とぼけんなって。どうせこっから先そこで寝てんだろーし」

「ふうん」

「きれいー」「きれいー」という俺のモノマネを繰り返し出した陸を横目に、俺はだんだんと思い出している。

 ああ、そういえば。愛って。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る