夢の中へ2

「おおおおおおおっしいっ!!」

「うわ。やっべ。良夫が超張り切ってる」

「おら次々!」

「なんだあいつ」

「馬鹿みてえ。くそわらえる」

「けど、下手っていう。ばっかお前どこ投げてんだよー」


 やばい。やばい。めちゃくちゃ楽しい。

 俺は自身が置かれている状況など考えの外にやって全力で今楽しんでる。つまり、広い校庭の隅っこでドッジボールを男子六人でやっている。

 そうそう、そうだ。思い出した。校庭の大半は上級生たちがサッカーをしたり、その時々流行っているスポーツで使用していて、我ら低学年男子たちはその隅っこにあるスペースで遊んでいたのだ。別に対立しているわけじゃなくってそれが暗黙のルールになっている。俺がボールを上級生の方にすっ飛ばしたら、向こうは笑ってこちらに返してくれる。ぺこりとお辞儀。相手は会釈。良い人だ。

 学校ってのは暗黙のルールが多い。

 最近の暗黙のルール。休み時間は外でドッジボールだ。らしいぞ?

「はあ。はあ」

 ぐるりと見渡す。学校だ。俺の通っていた、記憶にある通りの小学校。私立霞ヶ丘小学校(かすみがおかしょうがっこう)。先程廊下を通ってきた時もそうだった。二十年前のまま。この後校舎は一部を皮切りに、だんだんと新しく建て替えられていくのだが――それはまだ始まってないようだった。

 陸。宗介、松司、レン、光輝。

 みんなみんな小学校の時の同級生だ。

 レン、か。

 この中でも一際幼く見えるレン。彼は高校三年時、免許取得後早々、暴走事故を起こして捕まる。レンは利き腕を失う程の大怪我を負った。人生に多大なハンデを負った。

「てえっ!」

「良、ぼおっとしすぎ」

 そうそう。レンはスポーツが得意だった。というか何でもできた。

 俺は腕を擦りつつ、枠外へ回る。




 枠の外に飛んできたボールを適当に中へと投げ込みながら考える。

 どういうことだろう、これは。

 両手脚のこの感じ、ボールの感触、砂の地面、学校。どれを取っても本物に思える。ドッキリ、なんて可能性が頭を過ぎるが、俺をドッキリに嵌める意味が分からないし、第一こんな大掛かりなものは不可能だろう。VRゴーグル、なんてものを使えばまた別かもしれないが、触った感じ、そんな感触はない。

 脳神経にこう、電波か何かを送り込んで? ……いや、そんな技術、現代では確立されていないだろう。じゃあなんだ?

 タイムリープ。タイムスリップ。タイムトラベル。

 定義は知らないが、そんな言葉が頭を過った。

 飛躍し過ぎだ。頬を思いっきりつねってみる。そう、夢だ。夢。夢を見ている。けれど、この痛みからしてそれもどうやら違うようだ。夢? 何か重要なことを忘れているような気がする。

 キーンコーン、と学校のチャイムが鳴り出した。

 そこでみんな、ぱたりと動作を停止して、名残惜しそうに校舎に向かって歩き出した。一瞬訝しく思うもすぐに気付く。

 そうか十分休憩か。二時間目と三時間目の合間の休憩。昼休み以外他は五分だったな。時代か? 今の子供たちもそうなのか? それとも、これは俺たちの学校だけなのか。判断は付かないが、これでもう休み時間は終わりらしい。この為だけにわざわざ校庭にまで出て、ドッジボール……って、感心通り越して呆れる。子供ってのはすごいわ。

 見れば、上級生たちも同じだった。お調子者はギリギリまで残って遊んでいるようだ。さっきの彼もいる。


 さて。

 これで教室に戻り、クラスメイト全員が揃うわけか。

「……」

 懐かしいなーと思う反面、みんなこんな顔だったっけ、という感想だ。

 みんな同じに見える、とまではいかないが、幼さの残る顔立ちは、俺のよく知っているこいつら――中学時代――とは若干顔立ちが異なっている。当たり前か。これから成長していくんだから。

「はい。みんな席に付きましたね。じゃあ、国語の教科書八十八ページ」

 元町(もとまち)先生。

 嫌いだったなあ。

 眼鏡を掛け、天パで、いつも笑顔の元町先生。一見普通のどこにでもいる小学校の先生なのだが、説教、生きる上での教訓染みたお話、無駄に長いのだ。そりゃあもう。何分同じ話題で話すんだよってくらいに。主題は大体が整理整頓。俺は出来ないタチだったからな。特に苦手だった。苦手通り越して嫌いになる辺りで卒業出来たのは幸い。

 教科書は――入ってた。国語のノートは、これか。うわ。なんだこのきったねえ字。

「今日は百面相だね」

「ん」

 横を向けば、すました顔の少女が頬杖を付き、こちらを見ていた。

 大人びて見える。無論、周りに比べてという話だが。

 黒のロングヘアーをまとめて右に流し、こちらからは少女の真っ白なうなじと鎖骨が見えていた。子供にしては聡明な印象を与える。こちらをじっと見つめるその半眼眼のせいか。何か、見透かされているようで居心地が悪くなる。

 こんな子いたっけ。

「良夫くん。愛さんばっかり見てないで。集中してください。はい。八十八ページ最初から読んでみましょう」

「え、あの、はい、ええっと」

 くすくすくすと、そこかしこから笑い声が聞こえた。俺は恥ずかしくなって、慌てて教科書に視線を落とす。ええっと。八十八、八十八。って、ごんぎつね。懐かしいな。

 しっかし。

 読みながら思う。

 先生はつかつかと教室を歩き、俺の横、つまり、先程話しかけてきた少女の真横に突っ立った。俺が読み終わるまでそこにいるらしい。どこまで読めばいいんだこれ、長くないか。

 意地の悪い先生だな。集中していなかったのはもちろん悪いことだが、この年代の子にそういう言い方すると、後々のからかいの対象になると思うのだが……。

 こいつもこいつだな。

 見れば、愛さん、とやらは、教科書で顔を隠して震えていた。

 何がそんなツボに嵌ったんだか。

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