山頂の激戦
王国の端に位置するガルハ大森林。
鬱蒼とした樹々の下で、ふたりの男女が腰掛けていた。
悪魔、幻獣、巨竜……一部が、深淵と繋がっている危険地域であるガルハ大森林では、見慣れた存在たる凶悪な魔物たちは、舌をだらんと伸ばして
ふたりの男女が座っているのは、切り取られたその頭だった。
「なぁ」
聖衣と魔鉄が混じった特徴的な衣服……銀と黒の
煙草を咥えた彼女は、手の内に生み出した炎を見つめる。
「飽きたな、マー坊。高らかに、虐殺でもしたい気分だ。
高名な『
「先輩、貴女、騎士でしょ」
彼女と連れ立つ黒髪の青年も、
が、普通の人間とは、異なる箇所があった。
「殺戮を楽しむようじゃあダメだよ。我慢が必要だ。僕だって、コイツらを片付ける時に、痛みなく安らかに眠らせてやった。慈悲ってヤツだ。
先輩、世界にはね、祈りってもんが必要なんだよ。純白の清純さってもんが、純黒の暴力を犯していく感覚を要するんだ」
赤黒い両腕。
その細い
「相変わらず、よくわからん口上で語るねぇ」
「弱者にとって、
てか、先輩、剣はどこやったの?」
「なくした」
「ハハ、マジかよ、アレ、なくしていいレベルの触媒じゃねぇから。先輩、貴女、また、団長にどやされるよ」
「知らねぇよ。俺に説教たれられんのは俺だけだ」
紫煙を吐いた
そして、彼女を見上げた。
「しかし、まさか、魔女まで持っていけとはなぁ……王国魔術院のバカどもは、俺らのことを舐め腐ってんじゃねぇのか?」
宙空に浮いている女性は、銀色の拘束具で雁字搦めにされている。両目は、硬く閉じられており、胸の中心には幾重にも魔法陣が重ねられていた。
詠唱を封じるためか、
「王国魔術院は、僕らのことを、命令違反の常連で、鎖の付けられない狂犬だと思ってるからね。致し方ない致し方ない。弱者の定めだ。仲良しこよしを装って、そのうち、寝首でも掻いてやれば良い」
「その時は、俺にやらせろよ。灰ひとつ残さねぇから」
「そりゃあ楽しみ……まぁ、お楽しみは後にして、とっとと行こうよ」
立ち上がった断章は、伸びをしてから、アトロポス山を見上げる。
「あの火の魔術……村の周囲を回ってた火球の詠唱者が、お山の大将気取って待っててくれるんだから」
「アレは、やばかったな。人間の行使して良い術式じゃねぇ。使い手は、俺らと同じ
「そもそも、僕らの感覚がズレてるだけで、ガルハ大森林に棲み着いてる時点でバケモンでしょ。ココに居着いてる魔物を殺せるのなんて、王国中探しても、そうは見つからないと思うよ」
「良いねぇ、楽しみ楽しみ」
つまらなそうに、煙を吐いてから――灼處が消える。続いて、断章が消え失せて、山頂に着地した。
「楽しかったなぁ、登山」
「いや、つまらないでしょ。なんで、こんなもんに楽しみを見出す人間がいるのか意味わかんないわ」
「で」
山頂には、残雪が残っている。
純白の雪原。
風が
焦げ茶の
赤渦の仮面――奇妙な模様の仮面で、顔を隠している少女は、無手にて強者を迎える。
王国が誇る最強の魔剣、
「早速、お出迎えか」
「アレが、炎唱? 先輩より、カワイイね」
「あ? バカか? お前、女を知らないから、んな口叩けるんだよ。全身から醸し出す、この色気がわからねぇの?」
「随分と、
ぼそりと、少女は、つぶやいた。
そして、静かに、二本の指を立てた。
「オマエたちに、慈悲をあげる。選択肢はふたつ。
ひとつ、この場で自害する。
ふたつ、この場で殺される。
どっち? 早く選んで」
「おい、マー坊。
コレが、今、流行りの『舐められてる』ってヤツか?」
「王国魔術院に続いて、僕らのことをなんだと思ってるんだか。少しは、礼儀ってもんを学んだ方が良いよ」
「雑魚ほどよく吠える」
笑って、灼處は、空をかき混ぜた。
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。
あっという間に、灼熱が天蓋と化した。炎熱が場を満たしていき、周囲の雪は溶け落ち、水となって滝となり、山頂から流れ始める。勢い良く、流れ落ちる大量の水の中で、灼處は笑いながら炎唱を指した。
「雑魚ほど喋らねぇんだよ。その前に死ぬから」
堕ち――る。
灼熱の空が、墜落する。
凄まじい質量の熱そのものが、炎熱の大口を開けて、一気に少女へと襲いかかり――砕け落ちた。
「……あ?」
「
少女の姿が、消える。
赫色の光線が、灼處の視界上に表示される。だが、飽くまでも、視えるだけだ。背を折り曲げた炎唱は、地面を滑るようにして
「先輩、手、出すよ」
高速で口を動かしていた断章は、彼の周りを回転していた禁術のひとつを解放する。
「『栄者、盛衰、破滅』」
短い詠唱。
地面が割れ落ちて、境目から覗いた悪魔の腕が炎唱を殴りつける。
深淵から呼び出した
当然、そんな一撃を受ければ、人間はタダでは済まない。
直撃――少女の身体は、粉々に砕け散っ――たのは、
咆哮を上げながら、
「おいおい」
断章は、額から汗を流す。
「洒落にならないぞ」
「マリウス!!」
余裕を失った灼處が叫ぶ。
「魔女を解放しろッ!! ココで、コイツは殺すッ!!」
「チッ、マジかよ。
こんな所で、魔女まで解放したら始末書も――」
弾け飛ぶ。
断章の視界が、横に吹っ飛んだ。
顔面を蹴られて、意識が飛ぶ感覚、轟音と共に流れ続ける水筋の中に叩き込まれる。
咄嗟の防御が間に合わなかったら、間違いなく死んでいただろう。ただ、反応出来たのは、彼が断章だからであって、大概の人間はあの一瞬で殺されている。
「あら、硬いのね」
すらりと、片足を上げた炎唱は、どうでも良さそうにつぶやいた。
「本当に面倒。一撃で死んでれば、楽だったのに」
「マリウスッ!!」
「うるっせぇッ! 今、やってる!!」
断章は、両手で印を組んで、魔女の封印を解放するための
「『解錠――』」
膨大な魔力が、ゆらめく。
初めて、炎唱は、反応らしきものを見せた。空気中を流れるようにして、両目を紅く光らせた彼女は、マリウスへと突っ込んでくる。
「ハハッ!! テメェの遊び相手は、こっちだッ!!」
間に、灼處が飛び込み――蹴り、受ける――灼處の両腕が、メキメキと音を立てて、反対方向へとへし折れる。
「テメェ、どんな術式を籠めたらこんな……!?」
「術式?
術式なんて使うわけないでしょ、オマエたち如きに」
「『果てよ果てよ、地の果てに生まれよ! 天地開闢、世界変転、森羅万象!! 天理の果てに、真理の目を開けッ!!』」
世界に、魔が、満ちていく。
魔女が、ゆっくりと、目を開いて――弾け飛んだ。
「なっ!?」
天から堕ちてきた火球が、封印の一部ごと、正確に魔女を吹き飛ばした。幾重にも仕掛けられた封印を蝕むようにして、着弾後に、纏わりついた炎が燃え盛る。
凄まじい威力、それこそ、天の裁きのような。
「マリウス、今だ!! 引くぞッ!!」
「クソッ……!」
急に、攻撃を止めた炎唱を放置し、灼處と断章は一気に山を駆け下りる。
この日、歴史には。
二名の
百万回転生して、感謝のファイアボール一垓回撃ってみた かるぼなーらうどん @makuramoto
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