山頂の激戦

 王国の端に位置するガルハ大森林。


 鬱蒼とした樹々の下で、ふたりの男女が腰掛けていた。


 悪魔、幻獣、巨竜……一部が、深淵と繋がっている危険地域であるガルハ大森林では、見慣れた存在たる凶悪な魔物たちは、舌をだらんと伸ばしてむくろを晒している。


 ふたりの男女が座っているのは、切り取られたその頭だった。


「なぁ」


 聖衣と魔鉄が混じった特徴的な衣服……銀と黒の布鎧ふがいまとった女性は、灼熱の如き真っ赤な髪の毛をもっていた。腿の裏にまで伸びた赤色の髪の毛には、青色の髪房も混じっている。


 煙草を咥えた彼女は、手の内に生み出した炎を見つめる。


「飽きたな、マー坊。高らかに、虐殺でもしたい気分だ。

 高名な『灼處しゃくど』と『断章』が、揃って討伐に赴くほどに、炎唱様ってのは偉いのかねぇ。幾ら、血を視たところでイラつきがおさまらねぇよ」

「先輩、貴女、騎士でしょ」


 彼女と連れ立つ黒髪の青年も、灼處しゃくどと呼ばれる女性と同じ布鎧ふがいを身に着けている。この特殊な布鎧ふがいこそが、歴史に名を残す『王帰の魔剣アイオーン・グラディオ』たるあかしだった。


 痩身そうしんの彼は、一見、ただの好青年のように視える。


 が、普通の人間とは、異なる箇所があった。


「殺戮を楽しむようじゃあダメだよ。我慢が必要だ。僕だって、コイツらを片付ける時に、痛みなく安らかに眠らせてやった。慈悲ってヤツだ。

 先輩、世界にはね、祈りってもんが必要なんだよ。純白の清純さってもんが、純黒の暴力を犯していく感覚を要するんだ」


 赤黒い両腕。


 その細いかいなには、赤黒い文字で、禁書として指定された魔導書が書き込まれている。その色濃い魔力の残滓ざんしが、両腕から浮き出ていて、空中に文字が投影されているかのようだった。


「相変わらず、よくわからん口上で語るねぇ」

「弱者にとって、詭弁きべんは必須科目なんでね。

 てか、先輩、剣はどこやったの?」

「なくした」

「ハハ、マジかよ、アレ、なくしていいレベルの触媒じゃねぇから。先輩、貴女、また、団長にどやされるよ」

「知らねぇよ。俺に説教たれられんのは俺だけだ」


 紫煙を吐いた灼處しゃくどは、気だるそうに立ち上がる。


 そして、彼女を見上げた。


「しかし、まさか、魔女まで持っていけとはなぁ……王国魔術院のバカどもは、俺らのことを舐め腐ってんじゃねぇのか?」


 あでやかな肢体したい


 宙空に浮いている女性は、銀色の拘束具で雁字搦めにされている。両目は、硬く閉じられており、胸の中心には幾重にも魔法陣が重ねられていた。


 詠唱を封じるためか、口枷くちかせは特注のもので、塗りつぶすように赤色の禁字が書かれている。


「王国魔術院は、僕らのことを、命令違反の常連で、鎖の付けられない狂犬だと思ってるからね。致し方ない致し方ない。弱者の定めだ。仲良しこよしを装って、そのうち、寝首でも掻いてやれば良い」

「その時は、俺にやらせろよ。灰ひとつ残さねぇから」

「そりゃあ楽しみ……まぁ、お楽しみは後にして、とっとと行こうよ」


 立ち上がった断章は、伸びをしてから、アトロポス山を見上げる。


「あの火の魔術……村の周囲を回ってた火球の詠唱者が、お山の大将気取って待っててくれるんだから」

「アレは、やばかったな。人間の行使して良い術式じゃねぇ。使い手は、俺らと同じたぐいのバケモンだ。術式、バラすのに、あそこまで手こずるとは思わんかったわ」

「そもそも、僕らの感覚がズレてるだけで、ガルハ大森林に棲み着いてる時点でバケモンでしょ。ココに居着いてる魔物を殺せるのなんて、王国中探しても、そうは見つからないと思うよ」

「良いねぇ、楽しみ楽しみ」


 つまらなそうに、煙を吐いてから――灼處が消える。続いて、断章が消え失せて、山頂に着地した。


「楽しかったなぁ、登山」

「いや、つまらないでしょ。なんで、こんなもんに楽しみを見出す人間がいるのか意味わかんないわ」

「で」


 山頂には、残雪が残っている。


 純白の雪原。


 風が吹雪ふぶいて、ひとつの影が、たなびいた。


 焦げ茶の襤褸ボロを纏った痩身の少女が、ぽつんと、山のいただきに立っている。風に流れるあか色の髪は、煌々と輝き、雪片が触れる度に蒸発する。蜃気楼の如く、彼女を中心に、世界が歪んでいた。


 赤渦の仮面――奇妙な模様の仮面で、顔を隠している少女は、無手にて強者を迎える。


 王国が誇る最強の魔剣、王帰の魔剣アイオーン・グラディオ……歴史上に、数多の英雄譚を残す彼女らを前に、少女はおくすことなく立っていた。


「早速、お出迎えか」

「アレが、炎唱? 先輩より、カワイイね」

「あ? バカか? お前、女を知らないから、んな口叩けるんだよ。全身から醸し出す、この色気がわからねぇの?」

「随分と、五月蝿うるさい小蝿ね」


 ぼそりと、少女は、つぶやいた。


 そして、静かに、二本の指を立てた。


「オマエたちに、慈悲をあげる。選択肢はふたつ。

 ひとつ、この場で自害する。

 ふたつ、この場で殺される。

 どっち? 早く選んで」

「おい、マー坊。

 コレが、今、流行りの『舐められてる』ってヤツか?」

「王国魔術院に続いて、僕らのことをなんだと思ってるんだか。少しは、礼儀ってもんを学んだ方が良いよ」

「雑魚ほどよく吠える」


 笑って、灼處は、空をかき混ぜた。


 ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。


 あっという間に、灼熱が天蓋と化した。炎熱が場を満たしていき、周囲の雪は溶け落ち、水となって滝となり、山頂から流れ始める。勢い良く、流れ落ちる大量の水の中で、灼處は笑いながら炎唱を指した。


「雑魚ほど喋らねぇんだよ。その前に死ぬから」


 堕ち――る。


 灼熱の空が、墜落する。


 凄まじい質量の熱そのものが、炎熱の大口を開けて、一気に少女へと襲いかかり――砕け落ちた。


「……あ?」

もろい術式」


 少女の姿が、消える。


 赫色の光線が、灼處の視界上に表示される。だが、飽くまでも、視えるだけだ。背を折り曲げた炎唱は、地面を滑るようにして疾走はしる。凄まじい速度で、地面に焦げ跡を付けながら迫ってくる。


「先輩、手、出すよ」


 高速で口を動かしていた断章は、彼の周りを回転していた禁術のひとつを解放する。


「『栄者、盛衰、破滅』」


 短い詠唱。


 地面が割れ落ちて、境目から覗いた悪魔の腕が炎唱を殴りつける。


 深淵から呼び出した偉大なる大悪魔グレーターデーモンによる膂力りょりょく任せの一撃、古代より地の底に封じられていた悪魔は、腕を振るうだけで大陸を縦に割ると言われている。


 当然、そんな一撃を受ければ、人間はタダでは済まない。


 直撃――少女の身体は、粉々に砕け散っ――たのは、偉大なる大悪魔グレーターデーモンの右腕だった。


 咆哮を上げながら、偉大なる大悪魔グレーターデーモンは右腕の断面を押さえつけ、地獄へと逃げ帰っていく。


「おいおい」


 断章は、額から汗を流す。


「洒落にならないぞ」

「マリウス!!」


 余裕を失った灼處が叫ぶ。


「魔女を解放しろッ!! ココで、コイツは殺すッ!!」

「チッ、マジかよ。

 こんな所で、魔女まで解放したら始末書も――」


 弾け飛ぶ。


 断章の視界が、横に吹っ飛んだ。


 顔面を蹴られて、意識が飛ぶ感覚、轟音と共に流れ続ける水筋の中に叩き込まれる。


 咄嗟の防御が間に合わなかったら、間違いなく死んでいただろう。ただ、反応出来たのは、彼が断章だからであって、大概の人間はあの一瞬で殺されている。


「あら、硬いのね」


 すらりと、片足を上げた炎唱は、どうでも良さそうにつぶやいた。


「本当に面倒。一撃で死んでれば、楽だったのに」

「マリウスッ!!」

「うるっせぇッ! 今、やってる!!」


 断章は、両手で印を組んで、魔女の封印を解放するための解呪ワードを唱える。


「『解錠――』」


 膨大な魔力が、ゆらめく。


 初めて、炎唱は、反応らしきものを見せた。空気中を流れるようにして、両目を紅く光らせた彼女は、マリウスへと突っ込んでくる。


「ハハッ!! テメェの遊び相手は、こっちだッ!!」


 間に、灼處が飛び込み――蹴り、受ける――灼處の両腕が、メキメキと音を立てて、反対方向へとへし折れる。


「テメェ、どんな術式を籠めたらこんな……!?」

「術式? 

 術式なんて使うわけないでしょ、オマエたち如きに」

「『果てよ果てよ、地の果てに生まれよ! 天地開闢、世界変転、森羅万象!! 天理の果てに、真理の目を開けッ!!』」


 世界に、魔が、満ちていく。


 魔女が、ゆっくりと、目を開いて――弾け飛んだ。


「なっ!?」


 天から堕ちてきた火球が、封印の一部ごと、正確に魔女を吹き飛ばした。幾重にも仕掛けられた封印を蝕むようにして、着弾後に、纏わりついた炎が燃え盛る。


 凄まじい威力、それこそ、天の裁きのような。


「マリウス、今だ!! 引くぞッ!!」

「クソッ……!」


 急に、攻撃を止めた炎唱を放置し、灼處と断章は一気に山を駆け下りる。


 この日、歴史には。


 二名の王帰の魔剣アイオーン・マギカが、一名の魔術師にやぶれた事実が書き込まれた。

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百万回転生して、感謝のファイアボール一垓回撃ってみた かるぼなーらうどん @makuramoto

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