お風呂場パラダイス

「あの人たちが誰か、知らないんでしょ?」

「うん」


 引きずられて、部屋に戻った俺は、ため息を吐いたフロンを見つめる。


「『緋色の学徒スカーレット・スコラー』よ」

「なんだそれ」

「『魔術の根源は、緋色でかたどられている』」


 首を傾げると、ベッドに腰掛けたフロンは苦笑する。


「史上初めて、四大元素エレメンタルを観測して、魔術という技術体系に落とした最古の魔術師が言い残した言葉。

 彼にると、魔術の根源は緋色なんだって」


 まとめていた銀髪を解いたフロンは、伸びをしてから続ける。


緋色の学徒スカーレット・スコラーは、インクリウス魔術学院の成績優秀者上位6人のみに与えられる称号。1年から3年まで、学年問わず、学内の上位6人が手に入れられる栄誉なのよ。

 彼らだけが、特別製の緋色の制服を着られる。つまり、魔術の根源に至る程の才能を持っていてもおかしくはないと認められたってこと」

「古来の魔術師が言い残した言葉を元にして、作られた特別な称号みたいなものなのか……良いなぁ、あの制服、格好良いなぁ」


 髪留めを枕元に投げて、フロンは靴下を脱いだ。


「呑気なこと言ってる場合じゃないよ。

 あの食堂は、B~Sランク専用。その中でも、3階のテラスは、緋色の学徒スカーレット・スコラーしか使っちゃダメなの。あの人たちは、気にしてなかったから良かったものの、処罰されても文句言えないからね」

「なんだ、食堂まで、ランクで分かれてるのか」

「当然。良い設備を使いたいと思ったら、学習意欲が上がるでしょ。緋色の学徒スカーレット・スコラーだって、生徒たちのやる気を引き上げる制度のひとつ。

 バディ・システムなんて、物は言いようで、実際のところは弱者をかてにして強者を引き上げるためのものだろうし。

 体裁良くはしてるけど、この学院、一貫して実力主義なんだから」


 ふと、気がついた俺は、フロンを見つめる。


「だったら、朝、俺とフロンは別々の食堂に行かなきゃいけなかったんだな。もしかして、俺に飯を食わせるために、わざわざ、低クラスの食堂を使ったのか?」

「仕方ないでしょ。ひとりじゃ、食べられないって言うんだし」

「お前、良いヤツだなぁ。どんどん、好感度が上がるぞ」

「やめて。妙な気起こしたら、文字通り、殺すから」


 カーテンを引いたフロンは、手早く部屋着に着替えてからドアへと向かった。


「じゃあね。

 私、お風呂に入ってくるから。変なことはしないように」

「あぁ、待ってくれ。俺も一緒に入りたい」

「はいはい、じゃあ、さっさと準備し――なんて?」


 特に準備は必要ないので、制服姿で立ち上がった俺は、ドアの前で立ち止まったフロンへと繰り返す。


「俺も一緒に入りたい」

「却下」

「……なんで?」


 壁に手をついたフロンは、がっくりと項垂うなだれる。


「キミは、年頃の女の子と男の子が、一緒にお風呂に入っても良いと思ってるの?」

みだりに肌を晒すのはダメだが、風呂に入るには脱がなきゃいけないんだから、特に問題ないと思うが」

「いや、問題、大いに有りだから。

 悪いけど、私、キミのお風呂の世話までする気はない」

「そうか、残念だ」

「…………」


 風呂の前までは、一緒に行こうということになって、俺とフロンは連れ立って部屋を出――目の前に、ファイが立っていた。


「きゃあっ!」


 悲鳴を上げたフロンを無視して、ファイはぼそりとつぶやく。


「一緒に入る?」

「風呂か?」


 こくりと、ファイは頷く。


 胸を押さえていたフロンは、急に元気を取り戻して、腰に手を当てながら言う。


「一緒にお風呂、ね。別に良いよ。Sランク同士、積もる話もあるだろうし。

 正直、キミとは、一度、ゆっくり話してみたかっ――」

「ラウ君、それじゃあ、行きましょうか」

「おう」


 俺とファイは、フロンの横を素通りして、そのまま廊下を歩――


「いやいやいや! ちょっと、待って!!」


 目の前に、飛び込んできたフロンに道を塞がれる。


「なんだ、やっぱり、寂しくなったのか。

 ふふ、素直じゃないヤツだ」

「うるせー、『やれやれ』みたいな顔するな!! 違う!! 消えるのは、キミ!! 私は、ファイと入るの!! 男子禁制!! キミは、ひとりで、男湯!!」

「……そもそも、貴女、誰?」


 ぼそりと、つぶやいたファイの言葉に、愕然としたフロンは立ち尽くした。


「俺と同室のフロンだ。良いヤツだぞ。同級生の名前くらいは、憶えてやっても損はないと思うが」

「ラウ君がそう言うなら、憶えてあげてもいいけど」

「いやいやいや!! そもそも、キミたち、どういう関係性!?」

「「他人」」

「嘘つくなっ!!」


 俺とファイは、顔を見合わせる。


「他人が、一緒にお風呂に入ったりするわけないから!」

「そうなのか。

 じゃあ、ファイ、俺はお前と一緒に風呂には入らない」

「…………」

「な、なんで、私のこと睨むの……こ、怖いんだけど……」


 ファイの全身から、殺気が漏れ出ていた。戒めるように、俺が魔力を発すると、彼女は、一瞬だけしゅんとした顔になる。


「本当は、ファイは、フロンと一緒に風呂に入りたくて迎えに来たんだろ? 他人が、一緒に、風呂に入るわけがないもんな?」

「……えぇ、そうね」

「なんだ、ただの冗談か。当然と言えば当然」


 安堵の息を漏らしたフロンは、挑みかかるようにファイを見つめる。


「じゃあ、行こうか。私、同級生の中で、貴女にだけは興味あるから」

「…………」

「は、話、聞いてる?」


 俺は、こちらを見つめるファイと分かれ、ひとりで寮の一階にある大浴場へと向かって――


「クッ……おれほどの男が、ココまで、震えるとはな……!」

「ラウ君の乳首が!! 乳首が綺麗過ぎる!!」


 ふたりの男に、服を脱がされていた。

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