男三人、裸の付き合い

 俺は、大浴場で出くわしたラインとグールに服を脱がされていた。


「なんで!? なんでだ、ラウ君!! なんで、君はひとりで服を脱げないんだ!? どうして、こんなに乳首が綺麗なんだ!?」

「グール、貴族の誇りを忘れるなッ!! 落ち着けッ!! 取り乱すなッ!! まだ、上着だけだ!! フハハッ!! まだ、下が残っているとはなァ!! 震えてきたわ!!」

「悪いな、服を脱がせてもらって」


 脱衣所で、バンザイした俺は、上着を脱がしてもらいながら謝罪する。いい加減、服くらいは、ひとりで着脱出来るようにならなければ。


「ラウ君の乳首が、神々しい……人の乳首は、ココまで美しくなれるものなのか……なんだ、この神々しい桜色は……慈愛すら感じるよ……」

「グール、取り乱すなッ!! 乳首を拝むなッ!!」

「ライン、ボクはね、大人しそうな顔をしたドスケベなんだ。初めて、脱がすのは、心底愛した女の子と決めていた。

 だけど、今、ボクの目の前にあるのは綺麗な乳首だ……男のなァ!?」

「フッ、お前の乳首も、なかなか綺麗だぞ」

「いやいや、ラウ君には負けるよ」

「貴様ら、しっかりしろ!! 男同士で、乳首を褒め合うのは異常だぞ!?」


 わーわー騒ぎながら、ラインとグールは、俺のズボンに手をかける。


「行くよ、ライン……!」

「あぁ、行くぞ、グール・ハーズバン!」


 覚悟を決めたラインは、上腕筋を盛り上げて叫ぶ。


「おれは、ライン・フォン・ウェルズベルト!! ウェルズベルト家の名をかけて!! 貴様のズボンを下ろすッ!!」

「俺は、ラウ、よろしくな」

「「黙ってろッ!!」」


 一気に、ズボンが、引き下ろされる。


「「…………」」


 俺の股ぐらを見つめたふたりは、口端を曲げて肩を組む。仲良く肩を組んだふたりは、静かに引き戸を開けて、大浴場へと姿を消していった。


「おい、なんで、置いていくんだ」


 俺は、引き戸を開ける。


 もやっとした煙の中に、広々とした浴場が広がっていた。


 浴室の床には大理石が敷き詰められていて、壁で仕切られた洗所が備わっている。獅子の形をした湯口から、滾々こんこんとお湯が溢れ出て、ゆったりとした浴室に満ちていた。


 浴槽に入っていたふたりを追いかけて、俺は湯の中に身体を沈めてゆく。


 全身の血管が開いていく感覚。


 心地よい温かさに包まれながら、俺は彼らに近づいていった。


「なんで、置いていくんだ」

「まぁ……貴様じゃわからないか。この領域レベルの話は」

「出直してきなよ、ラウ君。君のために空けられた肩は、今、ココには存在しない」

「別に、肩を組みたいわけじゃないが」


 急に冷静になったのか、肩を組んでいたグールとラインは離れた。男三人、肩を並べて風呂に入っていると、可愛らしい話し声が聞こえてくる。


 よくよく視てみれば、風呂場の上部に隙間がある。この隙間を通して、隣の女湯から、女生徒たちの声が入ってくるらしい。


 魔術で泡を構築して、遊んでいた男子生徒たちは、一斉に動くのをやめて耳を澄ましていた。


「「「「「…………」」」」」

「おい、なんで、急に全員で黙り込むんだ?」

「ラウ君、静かに……静かにしてくれ……今、この時間だけは……ボクたちは、声を潜めなければならない……存在を殺せ……出来ないなら殺す……」


 女湯からの声が止んで、また、男たちが騒ぎ始めた。


 血色の良くなったグールは、ほうっと、息を吐いてから前髪を掻き上げる。


良き女声グッド・ボイス……」


 俺は、立ち上がって、片手を上げる。


良き女声グッド・ボイス


 湯を跳ね除けながら、勢い良く起立したグールは、手のひらを俺の手に叩きつける。


 パァン!! と、高らかな音が鳴った。


 ニヤリと笑った俺とグールは、腕を組み合って叫ぶ。


「「グッ・ボイスッ!!」」

「やめろ、貴様ら!! 気色悪いぞ!! すごく嫌な感じだ!! 気味の悪い通じ方をするなッ!!」

「時にラウ君、君はフロンさんと同室らしいね。

 羨ましいなぁ……と言うのは、紳士として半ば冗談、なかなか女子と一緒の部屋というも大変だろうね」


 両腕を組んで、タオルを頭にせたラインは頷く。


「相手は、五大貴族のフロン・ユアート・アイシクル。色々と気苦労もあるだろう。庶民を庇護ひごするのは、貴族としての努め。辛くなったなら、いつでも言うが良い。おれたちの部屋であれば、いつでも歓迎する」

「そうだね、いつでも、ボクとラインの部屋に来てくれ。大変だろうしね。ストレスで、胃に穴が空く前に逃げてきなよ」

「ふたりは、同室なのか?」

「そうなんだよ」


 グールは、身動ぎしながら顔をしかめる。


「学院が、ウェルズベルト家に忖度そんたくしたみたいでね。本来であれば、DランクのボクとCランクのラインはバディになることは有り得ないんだ」

「そうなのか?」

「うむ。バディシステムで組まされるランクは、SはEと、AはDと、BはCと……そういう風に、最初から決まっているからな。

 この学院の成績ランクの付け方は相対評価で、各ランクの人数はあらかじめ決まっている。Sランクは、年度ごとに、主席の生徒のみが得られる最高評価だ。今年度は、入学試験の満点評価……つまり、主席Sランクがふたりいたので、Eランクを付けられる生徒もふたりになってしまったらしい」


 だらんと、両足を伸ばして、湯船に沈む足先を見下ろす。水中で歪んでいる両足の指先は、互いにくっついているように視えた。


「本来なら、ボクは、Aランクの美少女と同室の筈だったんだ……輝かしい未来のために、ボクは、必死で紅茶をれる練習をしたのに……学院の忖度そんたくのせいで、このアホにお給仕してるんだよ……」

「本人を前にして、よくそこまで言えたな、貴様。

 というか、あの机の上に立って、高高度から紅茶をれるのやめた方が良いぞ。貴様の気色悪さが引き立つ上、顔に紅茶が全部かかる」

「あぁ、ボクが得る筈だった『強気なAランク美少女が、ボクにだけ見せる弱気な顔』はどこにいったんだ……ボクの未来は、一体、どこにある……?」

「最初から、なかったんじゃないか?」


 俺たちは、三人で、風呂を上がる。服を着せてもらった俺は、仲良く三人で肩を並べて、脱衣所から出た。


「あ」


 ばったりと、風呂上がりのフロンとファイに出くわす。


「なに、今、上がったの?」

「うん」


 どことなく、無防備な雰囲気を受けるフロンは、血色が良くなっているのか肌がピンク色に染まっていた。


「あ、ちょっと、こら!」


 腕を引っ張られて、引き寄せられた俺は、タオルでぐしぐしと頭を拭かれる。


「やっぱり、ちゃんと、頭拭いてこなかった! 男の子のお友達と一緒だから、頭は拭かないで出てくると思ってたよ! こういうところをサボると、妙なサボり癖つくんだから、きちんと頭は拭く!」


 風呂上がりだからか、薄い部屋着越しに、密着しているフロンの肌が熱かった。鼻元に、洗髪剤の香りが漂ってくる。


「……あんまり、乱暴にしないでくれる?」


 横から、割ってきたファイが優しい手付きで、撫で付けるように俺の頭を拭いた。ぎょっとしていたフロンは、対抗心を燃やすかのように胸元に俺を抱き寄せる。


「この子は、私のパートナーだから。お世話もちゃんと視てるし。

 貴女には、関係ないんじゃない?」

「…………」


 なすがままの俺を視て、悔しそうな顔をしたファイは踵を返した。そのまま、立ち去っていき、フロンは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる。


「勝った……!」

「フロン、喉が乾いたから、湯船のお湯を飲んできても良いか?」

「ダメに決まってるでしょ。食堂に行こ。飲み物くらいなら、勝手に、取ってきても良いみたいだから」


 フロンと、ふたりで、歩き出そうとして――俺は、立ち止まり、男友達に別れを告げることにした。


「グール、ライン、色々と世話をかけて悪かったな。本当に助かった。

 じゃあ、ま――」

「ライン、早く部屋に帰って、ラウを殺す方法を考えよう」

「うむ、そうだな。

 しかし、殺すだけで良いのか?」

「はは、バカ言うなよ。まずは、爪を剥がすに決まってるだろ。殺すのは最後だ」


 物騒な会話をしながら、ふたりは去っていく。


「……キミたち、本当に友達?」

「いや、グールとラインはドスケベだから、フロンたちの裸を視たいがあまりに機嫌が悪くなったんだろう。思春期だしな。そういう目で、視てしまうのは仕方ない」

「うえっ、真面目だと思ってたら、あのふたりってそういう感じなの……さいてー」


 顔を歪めたフロンは歩き出して、俺は、手を引かれて隣に並んだ。

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