サボった後の飯が美味い

 学院に戻ると、校門の前で、マリー教員が仁王立ちしていた。


「授業サボって、なにしてたのかなぁ~?」


 額には、青筋が立っている。くしゃくしゃの髪が、魔力を帯びて、ぱちぱちと音を立てていた。


 どうやら、怒っているようだ。


「散歩」


 マリー教員の後ろには、イロナが立っていて、安堵の表情を浮かべていた。どうやら、彼女が、ゼンと遊んでいた俺のことを先生に伝えたらしい。半ば、絡まれるような形だったから、心配だったのだろう。


「ゼンは?」

火球ファイアボールで撃ち落とした。ちゃんと、生きてるが。

 俺は、結構、アイツのことは好きだぞ」


 マリー教員は、大きくため息を吐いた。


「あのね、どうやって、ゼンから逃げられたかわからないけど……あの子と関わるのはやめときなさい。

 さすがは、アグロシア家と言うべきか、魔術の才能センスだけはピカイチ。今年度の主席が精鋭揃いだっただけで、例年通りだったら、当然のようにSランク指定を受けてたような子だからね」

「その割には、大分、火力を絞った火球ファイアボールで墜落したが……アレ以上に、加減するのは面倒だなぁ」

「ともかく、先生のいないところで、ゼンには関わらないように。もし、ちょっかいかけられるようなら、直ぐに私のことを呼びなさい。

 この後、お説教フルコースするつもりだけど、ああいうタイプのバカはなに言っても言うこと聞かないんだから」

「説教か。取り巻きのふたりは、寮に送り返してしまったが必要なら持ってくるぞ。俺も、説教してやってもいい」

「はいはい、ありがとありがと。ともかく、無事でなによりよ。アグロシア家に手を出すと、後々、面倒だったから穏便に片付けてくれて助かった」


 頭を撫でられる。


 火球ファイアボールで撃ち落としているので、穏便でもなんでもないが、マリー教員の今後は大丈夫なのだろうか。


 まぁ、優秀な教師として、どうにかするだろう。


 俺は、教員から、イロナへと目線を移す。彼女は、慌てて、俺から目を逸らした。


「き、きみを置いて逃げたのは悪かったけど……し、仕方ないじゃん……あ、アイツ、ヤバいし……そ、それに、元々、きみが勝手に……」

「なにを言ってるかわからんが、あの公園は良い場所だな。散歩には最適だ。世界には、ああいった場所もあるのか。

 火球ファイアボール以外にも、目を向けてみたのは正解だったな。他の基礎魔術ファーストを学ぶのも楽しみだ」


 世界からは、学ぶべきことがたくさんある。


 火球ファイアボールを撃ち続けていたら、わからなかったことばかりだ。こうして、得た世界の景色を、村の連中に伝えてやるのが楽しみになった。


「残念だけど、授業は、とっくの昔に終わっちゃったわよ~。グールとラインが、心配してたから声かけてあげなさい」

「えっ」

「あと、ラウ君は、後でイロナと一緒にお説教。イロナをひとりにさせておけないって、君の優しい心は理解するけど、授業中に校外に出るのは校則違反。然るべき処置を加えるのは当然です。

 まぁ、まんまと、校外に出るのを見過ごした私も校長に怒られんだけど」


 がっくりと、肩を落としたマリー教員に微笑みかける。


「あまり、気を落とすな。大丈夫だ。世界には、火球ファイアボールがある」

「テクニカルな慰めの言葉をありがとう」


 少々のお小言の後に、マリー教員に解放される。その間に、イロナは、そそくさと立ち去っていた。


 日は暮れて、夕食時。


 本日の授業は、すべて、終わってしまっていた。香ばしい匂いが立ち込め、生徒たちが、食堂へと入っていく光景が目に入る。匂いに釣られるようにして、俺も、食堂へと向かうことにした。


 俺が入った食堂は、なぜか朝の時とは、様相が異なっていた。


 天井には綺羅びやかな装飾灯シャンデリアがぶら下がっていて、5人掛けのテーブルが用意されている。純白のテーブルクロスがかけられた丸テーブルには、銀色の蓋が落とされた食事が並んでいる。


 謎の食堂は、三階建てになっていた。


 どうせなら、眺めの良いところで食うかと、三階まで上がっていく。


 階段には、赤色のカーペットがかけられていて、高級感が漂っていた。金色の手すりは、ツルツルに磨き上げられていて、穏やかな音楽が流れる広間には絵画がかけられている。


 三階は、無人だった。


 奥には、テラスがあって、ひとつのテーブルが置かれている。あそこで食べれば、なかなかに気分が良さそうだ。


「ん?」


 テラス席に腰掛けると、見慣れない少女に見つめられる。


 足下にまで伸びている長髪。右と左の袖口からは、金鎖が伸び出ていた。緋色のに金色の線が入っている制服の胸元には、蒼色の光を帯びている花が生えていた。


 視たことのない制服だ。


「やぁ、少年。こんなところに迷い込んでどうした?」


 いつの間にか、周囲が静まり返っている。誰もが食事を止めて、こちらを注視していた。彼女の一挙手一投足に見惚れているのか、惹きつけられているのか、怯えているのか。


 周囲を観察してみれば、彼女の周りには俺以外、誰も座っていなかった。


「ふふん、なんだ、オレが怖くないのか。よくよく視れば、カワイイ顔をしてる」


 前髪を掻き分けられて、顔を見つめられる。


「いや、お前の方が、カワイイ顔をしてると思うが」


 彼女は、ぽかんとして――大笑いした。


「ありがとう。その物言いには、一瞬の快感を覚えるな。なかなか、貴様は、見所のある男だ。

 どうだ、一緒に食事でも? ここの食事は、他の食堂とは一味違うぞ」

「最初から、ココで食うつもりだが」


 再度、少女は、笑い声を上げる。組んでいた両足を下ろしてから、ワイングラスに入っていた赤色の飲み物を煽った。


「あーっ!!」


 大声。


 振り向くと、緋色の制服を着た少女が、こちらを指差していた。


 彼女の背中からは、蝙蝠コウモリの羽が生えていて、両目は血のように真っ赤だった。口元からは牙が生えていて、利発そうな目玉がくるくると動いている。着崩した制服の胸元からは、豊満な胸元が覗いていた。


「ベーちゃんが、新入生の男の子、たぶらかしてる!! ずるいんだー!! スケベだー!! エロの擬人化だーっ!!」

「いちいち、うるさいのが来たな……失せろ、爬虫類もどき。今宵のオレは、興が乗じて気分が良いんだ。貴様の小五月蝿こうるるさで、この夜を濁したくない」

「ベーちゃんが、新入生の男の子とスケベしてるーっ!! この人、顔からして、間違いなくスケベでーっす!!」

「殺すぞ」


 蝙蝠少女は、テラスから、乗り出して叫んだ。満足気に微笑み、俺の横にやって来て、椅子に腰掛ける。


 当然のように、彼女は、俺の腕を組んで自身の胸元へと引き寄せた。


「ね? 新入生くん、キスしてもいい? おけ?」


 そして、彼女は、俺へと口を寄せてきて――鎖少女の手で、顔面を掴まれ、押しのけられる。


「新入生相手にやめろ、爬虫類もどき」

「えーっ、だって、わたし、この子、欲しーんだもん!! なんか、レア物の香りするんだよねーっ!! 顔、カワイイしー!! ほしーほしーほしーっ!!」

「チッ」


 舌打ちの音がして、俺の前の席に、ひとりの少女が腰掛ける。


 緋色の制服。女神像かと見紛う程の美しさ、両耳の先端が尖っている。白みを帯びた金色の髪の毛が、肩にかかっていた。切れ長の両目は、黄金のように光り輝き、あたかも宝石のようだ。


 腕を組んで足も組んだ彼女は、吐き捨てるように言った。


「なぜ、この私が、下賤な劣等種どもと食事を共にしなければならないのですか。

 それに、そこのゴミはなんですか? 食事時なのだから、とっとと片付けてください」

「オレが拾った」

「いや、わたしのだから~!!」


 俺は、わいわい騒いでいる女子連中を横目に、銀蓋クローシュを開けて料理を露出させる。よく焼けている鳥の丸焼きが出てきたので、フォークで突き刺してから、丸ごと一匹持ち上げて口に運ぼうとする。


「……コレ、大きすぎるぞ」

「いや、取り分けるに決まってるだろう」

「よくわからんが。ひとりで、食事が出来んからな」

「えーっ!? なにそれ、どういうキャラー!? なに、カワイイんだけど、キュン死にしそーっ!!」

「チッ」


 蝙蝠少女は、歓声を上げながら、切り分けた鳥の丸焼きを俺の口元に運ぶ。食いつくと、色めき立った声が上がった。


「なにこの生物、ちょーカワイイんだけどぉ!!」

「バカ、退け。それは、オレのだ」


 両脇から、口に、料理を突っ込まれる。さげすんだ目で、俺を見つめていたトンガリ耳の少女は、無言でアイスクリームを食べていた。


「今日は、男連中はどうしたんですか?」

「知らん。オレの興味の範囲外だ」


 散々に、餌付けされた俺は、満腹になったので立ち上がる。


「帰る」

「えーっ!? もうちょっと、一緒にいよーよー!? この後、わたしの部屋来る~? めちゃくちゃ、良いことしてあげるよ~?」

「眠いからいい」


 見送られた俺は、その場を後にして――唖然としているフロンと出くわした。


「き、キミ……どこにも居ないと思ったら……」


 彼女は、その場で、へなへなと崩れ落ちる。


「なんてことしてんの……」

「すまん、そんなに鳥の丸焼きが好きだったか?

 今から、もらって来――」


 首根っこを掴まれた俺は、ずるずるとフロンに引きずられていった。

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