実践基礎魔術

 インクリウス魔術学院には、室内外合わせて、5つの演習場が存在している。


 特に用途は定まっていないようだが、室内にある第五演習場への入室は許可制らしく、勝手に入ろうとしたら守護像ガーゴイルに怒られた。


 今、俺が居る第一演習場は、魔術学院の中心に位置している。


 見た目としては、だだっ広い整備された平地。特になにかあるわけではないが、異様に広いので、ランニングをしたら気持ちよさそうだった。


 青空の下で、突っ立っていると肩を叩かれる。


「フハハ、気安いなァ、庶民!」


 赤色の髪に長身の少年、服の上からでも筋肉の陰影がわかる……彼は、俺に向かって、偉そうに胸を張った。


「おれは、何事も一番でなくては気に障る! なぜ、おれよりも、先に演習場に到着した? 庶民ごときが、生意気だとは思わんか?」

「なんだ、そんなルールもあるのか。なら、次からは、気をつけて、遅刻するようにしよう」

「フハハ、貴様、気に入った! 施しをやろう!

 喰らえ、パンだっ!!」


 ポケットから、彼が出したパンに食いつく。美味い。目の前の少年は、とても良いヤツだとわかった。


「いや、そんなヤツの言うこと聞かなくて良いよ」


 長身の少年の背後から、陰鬱そうな顔をした少年が現れる。目の下に色濃くくまが残っていて、今にも、吐きそうなくらいに顔色が悪い。


「はじめまして。

 ボクは、グール・ハーズバン。こっちの偉そうな赤髪は、ライン・フォン・ウェルズベルト。

 ラインは、一応、ウェルズベルト公爵家の長男。ボクは、ハーズバン男爵家の次男。ハーズバン家は、代々、ウェルズベルト家の坊っちゃんの世話係をしてる。毎世代、恒例で、貧乏くじを引かされてるんだ」

「ふぅん、なんか、知らんがわかった」

「うん、まぁ、ウェルズベルト公爵家は、それなりに有名ではあるんだけど……五大貴族と比べたらね……」

「それなりの回数、耳に届いたが、五大貴族ってなんだ? アイシクル家とかアグロシア家とか、諸々、あるんだろう?」


 俺は、パンを食べながら、グールに尋ねる。


「この地における有力貴族だよ。王国を牛耳ぎゅうじっていると言っても過言じゃない。どいつこいつもエリート揃いさ。インクリウス魔術学院の1年から3年まで、主席は五大貴族のどなたかで、進路先は王国魔術院や国選騎士団、対深淵魔導商業会ハルト・ヤハーランと言った超有力職。

 魔術は、血統と研究で成り立ってる。著名魔術師の血を継いでいて、歴史もある五大貴族のランクはSかAって決まってるんだ」

「でも、五大貴族って、パンをくれないしなぁ……Cランクが妥当じゃないか?」

「人の話、聞いてた?」


 グールは、目を擦りながらつぶやく。


「君は、ラウ君だよね? アイシクル家の長女とパートナーって聞いたよ」

「アイシクル家の長女?」

「フロン・ユアート・アイシクル」

「なんだ、フロンのことか、そうならそう言え。アイシクル家の長女だのなんだの、よくわからん名称でアイツを呼ぶな。

 お前は、火球ファイアボールのことを四大魔術の三番目なんて呼ぶのか? フロンはともかく、火球ファイアボールをそう呼んだら殺すからな?」


 俺がそう返すと、ラインは、大口を開けて笑った。


「フハハ! グール、コイツ、面白いぞ!! 庶民のくせに、貴族を庇っている!! なんとも剛毅ごうきではないかっ!!」

「いや、今のは、ボクが悪かった。君の言う通りだ、申し訳ない」

「あぁ、次からは、きちんと火球ファイアボール火球ファイアボールと呼べ」

「なんか、話、すり替わってない……大丈夫……?」


 なにが気に入ったのか、ラインは、俺の肩をバンバンと叩いて笑みをこぼした。もう一個、パンもくれた。


 そんなこんなで、騒いでいるうちに、指導教員がやって来る。どうやら、『実践基礎魔術』は、マリー教員が担当らしい。


「はい、それじゃあ、E・D・Cランクの『実践基礎魔術』担当のマリーです。よろしく。私の授業は、私語厳禁どころか、口を開けば即死のストロングスタイル、しゃべったらあの世見せるので気をつけるように」


 マリー教員は、サイズの合っていない体操着を着ていた。俺を見つけると、ひらひらと手を振ってくる。


 元気に振り返すと、嬉しそうに笑った。


「知ってはいると思うけど、『実践基礎魔術』は、E・D・CとB・A・S、ふたつのクラスに分かれて授業を実施します。

 理由としては、基礎魔力から魔術の理解まで、CとBを境目に大きな差があるからだね。実践基礎魔術は、魔術を実践と演習で学んでいきます。実力差のある生徒たちをひとまとめにすると、重大な事故を引き起こす可能性もあるからね。

 じゃあ、E・D・C、なるべく同ランクで固まらないように三人組を作って」


 顔見知りのいる生徒が多いのか、あっという間に三人組が出来ていく。ぼーっと、その様子を見つめていると、ラインとグールに声をかけられた。


「ラウ君、良かったら、ボクらと一緒に組まない?

 ボクはDで、ラインはCなんだ。ちょうど良いよ」

「構わないが、お前は、俺になにをくれるんだ?」

「まさか、誘いに対して、強気で求められるとは思わなかったよ」


 特になにもくれないらしいが、組む相手もいないので、誘いにノることにし――隅の方で、ひとり、ぽつんと立っている少女を見つける。


「おれと友になれる権利をやろう!! 光栄に思え!!」

「悪いが、他を当たってくれ」

「えっ」


 ラインとグールであれば、他に見つけられるだろうと見切りをつける。俺は、彼女に近づいて声をかけた。


「よう」

「は? なに?」


 目つきの鋭い金髪の少女は、腕を組んで俺を睨みつける。


火球ファイアボールは好きか?

 好きなら、俺と組も――」

「ふつーにきらい」


 俺は、引き返して、ラインとグールに声をかける。


「俺と組もう。

 あの娘は……残念ながら、手遅れだ……」

「えぇ……」

「ふ、フハハ! わかっていたぞ! 本当は、おれと友になりたかったのだとなぁ! 嫌われたかと思ったわ、庶民ごときが焦らせおって! フハハァン!!」

「ラウ君、ラウ君、こっち来て!」


 マリー教員に呼ばれて、俺は、駆けていく。


 先ほどの金髪少女が、つまらなそうに爪を弄っていた。マリー教員は、ニコニコと笑っている。


「申し訳ないんだけど、この子と組んでくれない?

 人数的に合わなくてね、たまに、先生も入るようにするから」

「マリー教員の頼みとは言え、さすがにそれは無理だ……コイツは、火球ファイアボールを嫌っているからな……」

「でも、先生は、火球ファイアボールが好きだからプラマイゼロじゃない?」

「確かに……なら、良いか……」


 こうして、俺は、手遅れの娘と組むことになった。

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