イジメは良くない

 椅子を蹴ってきたのは、長い金髪をもつ少年だった。


 彼は、楽しそうに、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。背後には、妙にゴツい少年をふたり引き連れている。


退けよ、底辺Eランク。ココは、オレの席だって、ついさっき決めたんだ。薄汚えケツをとっとと退けろ」

「俺に言ってるのか?」

「一年には、底辺Eランクはふたりしかいねーんだよ。もうひとりは、オレが一緒に遊んでやったら既に不登校だ。

 わかったら、とっとと退けろ」


 教室中が、静まり返る。


 不穏な気配を感じ取ったのか、会話に興じていた新入生たちは、遠巻きにこちらをうかがっていた。どうやら、今、俺に話しかけている金髪の少年に対して、恐怖心を抱いているようだ。


「うん、わかった」


 俺は、立ち上がって、別の席に座ろうとし――椅子が吹き飛んだ。


 今、まさに、座ろうとしていた椅子が、宙を舞い上がって床に叩きつけられる。徐々に、椅子の四脚が曲がっていって、死んだ虫みたいに四脚が丸まった。


 魔術。


 金髪の少年は、魔力の残滓ざんしを帯びて、手先から蒼色の燐光を放っていた。彼は、口端を曲げて、人差し指で床を指す。


「床に座れ。底辺Eランクに椅子は必要ねーだろ」

「別に構わんが」


 俺は、床に腰を下ろす。


 気に食わなかったのか、金髪の少年は舌打ちをしてから、俺の頭に足を置いた。笑いながら、彼はつぶやく。


「オレは、Aランクで、アグロシア家の次男だ。ゼン・フェア・アグロシア。

 意味、わかるか?」

「わからんが」

「バカが」


 俺の髪を掴んで、アグロシア家の次男坊は笑う。


「オレに歯向かったら、お前は死ぬってことだよ。つーか、死ぬよりも酷い目に遭わせてやるよ。

 わかったら、オレの靴を舐めろ」

「腹を壊したら、贄の娘たちに怒られるから嫌だなぁ」

「……理解出来てねぇみてーだな」


 彼は、顎をしゃくって、背後のふたりの少年に合図を出した。


 合図を基に、ゴツい少年たちは、魔力を帯びる。魔術による筋肉と骨格強化、身体能力を強めた彼らは、俺の腕を潰そうとして両手で思い切り握り込む。


 握り込んで――その笑みが、消えた。


「……おい、なにしてる?」

「い、いや、ぜ、全力でやってるんですが、な、なぜか、潰れなくて」

「あぁん?」

「ほ、本当です! オレもコイツも、本気でやってます!!」

「そろそろ、立っても良いか?」


 俺の問いかけに対して、金髪の少年の目に怒気が混じった。


「オレに歯向かったら死ぬって、きちんと教えてやったろーが」


 そう言って、彼は、足下に魔法円を広げる。


 なんらかの殺気が、空気に混じって届いたので、反転場アンチフィールドを発動して掻き消す。


「な、なんだ? なんで、オレの『触れざる者たち』が発動しない……?」

「そろそろ、立っても良いか?」


 再度、問うと、彼の顔面が怒りで赤黒く染まった。


「オレは、底辺カスに舐められるのが、この世で最も嫌いなんだよ……もう退学になってもいいわ……てめーは、ココで殺す……」


 先程とは、比べ物にならない量の魔力が、彼を中心にして渦を巻いた。蒼色の燐光が、空気中に飛散して、俺は部屋に筆記具を忘れたことに愕然とした。


「マズい……!」

「今更、焦ってもおせーんだよ……死ね……!」


 俺は、筆記具を取りに行くために立ち上がり、彼は、蓄えていた魔力を解放しようとして――腕が、凍りついた。


「……あ?」

「三秒以内に、術式を解除しなさい」


 彼の背後で、冷気を放っているフロンは、手のひらから白色の魔力を漏らしながらささややいた。


「さもなければ、二度と、両手で食事が取れなくなる。

 わかったなら、とっとと、術式解除しろ格下Aランク

「てめー……フロン・ユアート・アイシクル……ッ!」

「ラウ、私の後ろに来て」

「いや、無理だ。

 部屋に筆記具を忘れ――」

「いいから、来なさい」


 渋々、俺は、フロンの後ろに回る。彼女は、俺のことを片手で引き寄せて、自分の背中へと隠した。


「次、この子にちょっかいを出したら、両腕を壊死させる。次いでに、両足も。

 脅しじゃない。本気」

「ハッ、気弱な男が好みのタイプか?」

「キミよりはね」


 舌打ちをして、彼は、後方の席へとどかっと腰を下ろした。フロンは、術式を解除し、俺のことを引っ張って前列の席に座る。


「隣に座ってもいいのか?」

「良いよ、もう。アイツに、また、ちょっかい出された時に守れないし……ったく、コレだから、アグロシア家は……」

「別に、俺は、若いヤツらと遊ぶのは嫌いじゃないが」

「あのね、キミは、玩具おもちゃにされてるの。対等じゃない。アレはね、酷いことで良くないことなんだから。ああいうのは、イジメって言うのよ。ああいうことされてたら、誰かが、止めなきゃいけないの。

 次、同じようなことされたら、私に言うんだよ? わかった?」

「うん、わかった。

 で、筆記具は、取ってきても良いのか?」

「はぁ……ホント、毒気が抜ける……私の貸してあげるから、今は、私から離れないで……わかった……?」

「うん、わかった」

「いつも、返事だけは完璧だな、コイツ……」


 フロンから、筆記具を借りていると――轟音――振り向くと、ファイが、ゼンの机を蹴り飛ばしていた。


 垂直に上がる足、天井に、彼の机がめり込んでいる。


 ぱらぱらと、砂埃が落ちてくる中で、憤怒に満ちた殺気が周囲に広がる。


「退け、ゴミ虫」


 赫色あかいろの目を光らせて、ファイは、彼に告げる。


「そこは、わたしの席だ。

 床に座れ」


 思わず、俺は立ち上がって叫ぶ。


「やめろ、ファイ!! イジメは、良くないんだぞ!!」


 誰かが、吹き出して、笑い声が教室を満たしていく。


 ゼン・フェア・アグロシアは、顔を赤黒く染めて歯を食いしばり、俺のことをにらみつける。


 俺は、彼に向かって、笑顔で親指を立てた。

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