オリエンテーション
ギリギリで、オリエンテーションには間に合ったようだ。
フロンは、呼吸を整えてから、ひとりでズカズカと前列へと歩き始める。
「フロン、前に座るのか?」
「…………」
声をかけると、彼女は、戻ってくる。
「最初に言っておく。キミとは、一緒に座らない。私は、キミの保護者じゃないし、変な噂が立つから。別々に座ろ。キミの健闘は、心の中で祈っておくから」
「わかった。朝から、悪かったな。明日からは、自分で頑張ることにしよう」
ため息を吐いたフロンは、俺の胸の中心を人差し指で突いた。
「わかってない。キミは、命の恩人でパートナー。今日のことは、私にとって当然のことで、迷惑になんて思ってない。明日からも、コレくらいならやる」
「本当に、大丈夫か……俺の太もも、こわいだろ……?」
「黙れ。
それはそれとして、キミとは一緒に仲良くは座らない。飽くまでも、利害関係で成り立ってる信頼関係。キミのことは、可能な限りサポートするけど、なにもかも仲良しこよしでやっていくわけにはいかない」
「うん、わかった。ありがとう」
「はぁ……気ぃ、抜いちゃダメなのに……キミといると毒気が抜けちゃう……やっぱり、一緒にいるのはダメだ……」
ため息を吐いて、フロンは、ひとりで前列へと向かっていった。
俺は、後方の列に腰を下ろして、マリー教員を待つことにする。ひとりで座っていると、人の気配を感じた。
「ココ、空いてる?」
ファイだった。
いつものように、
「空いてるが」
彼女は、隣の席に腰を下ろし――ぼそりと、ささやく。
「昨夜は、学院への襲撃はありませんでした。一夜中、張っていましたが、目立ったことはなにも」
「うん、悪いな。ありがとう、助かるよ」
「勿体なきお言葉です」
ふと、前列のフロンと目が合う。
こちらを視ていたフロンは、目が合うなり、バッと前に向き直った。
ファイから状況報告を受けていると、マリー教員が大講堂に入ってくる。満面の笑みを浮かべているが、なんとなく陰のある笑顔だった。
「はい、じゃあ、昨夜連絡したように、早速、オリエンテーションを開始するからね! 炎唱の件も片付いたので、皆さんは安心してください! アレは、愉快犯の仕業ってことで、決着が着いたから!」
「嘘ですね」
ぼそりと、ファイが、隣でつぶやく。
「え、本当ですか? でも、昨日、街中で騒ぎがあったて聞きましたけど?」
前列に座っていた生徒の質問に、マリー教員は指を振る。
「チッチッチッ、情報が古いね。確かに、街中で爆発騒ぎがあったのは間違いないけど、調査の結果はなんの痕跡もなし。
炎唱を
まぁともかく、と、マリー教員は手を打ち鳴らした。
「今日から、通常通り、授業を開始しますからね。
一時間目は、オリエンテーション、本学院の最も重要なバディシステムについて説明します」
講壇上のマリー教員に集中していると、彼女は、俺に微笑みかけてくる。自分を指すと、彼女は頷いた。
「ラウ君、ちょっと、前に出てきてくれる」
俺は、素直に、彼女に従って前に出る。
全生徒の視線が、講壇に立った俺に集中する。前列のフロウに視線を向けると、彼女は口パクで『変なことはするな』と言ってくる。
「フロウ、わかった」
「いや、返事するなっ!! 口パクの意味ないでしょ!!」
「はい、とまぁこんな風に、バディと言うのは互いに軽口を叩き合えるような関係性のことを言います」
くすくすと笑い声が聞こえてきて、赤面したフロウは
「繰り返しますが、バディシステムは、本学院で最も重要な仕組みのひとつです。
既に話を聞いている人もいるかもしれませんが、二人一組で、生徒同士を結びつけ、互いに互いを助け合う……所謂、相互扶助というものになります。バディは、基本的に、入学試験時に定めたランクを
ラウ君、なぜか、わかる?」
「ひとりでは、服が着られないから」
「ん? どういう意――」
「魔術師の社会では、必須となる相互扶助を身に着けるためですっ!!
「はい、フロウさん、物凄い勢いでありがとね。
よっぽど、ラウ君を助けたかったのかな? 良い子だねぇ、貴女」
またしても、笑い声が上がる。フロウの顔は、今にも、顔面から火を吹きそうなくらいに赤々と色づいていた。
「魔術とは、生まれ持った資質とかけた年数だけ強まると言われています。フロウさんの言った通り、魔術師の基本理念は『強者による弱者への
過去に、魔術師が実力主義を第一として掲げた結果、ひとりの魔術師が世界を滅ぼす程の力をもって大変なことになった歴史があるの。それ以来、ひとりが強い力をもつことにはこだわらず、相互扶助の心で仲間を増やすことに力を注ぐようになりました。
当校のバディシステムは、そんな魔術師の基本理念に沿っているってことね」
「先生、その話、聞いたことあるけど無理じゃない? ひとりの魔術師が、世界を滅ぼす程の力をもつなんて、それこそ途方も無い時間がかかるでしょ?」
とある女子生徒の質問に、マリー教員は微笑みを返す。
「一説によれば、その魔術師は、視たこともないような魔術を用いて、何度も生を繰り返したと言われてるけど……まぁ、そんなのはおとぎ話ね。
そんなことが出来るなら、私だって、もっと若い頃に戻ってるし」
笑い声が上がって、マリー教員は、俺の肩にそっと触れる。
「ともかく、皆さんは、パートナーを大事にしてください。本校の成績は、二人一組、バディで評価を行います。自分ひとりだけが優秀だったら、どうやっても、良い点数はとれませんからね。
はい、じゃあ、コレで解散! 次の授業の準備をして!」
全員が全員、一斉に立ち上がって、次の授業がある教室へと向かっていった。
フロウは、なにか言いたそうにこちらを視ていたが、結局は諦めたのか、早足で立ち去っていく。
「ラウ君」
俺は、マリー教員に手招きされる。
「ちょっと、聞きたいんだけどさ」
「うん」
「君」
彼女は、口元だけで笑う。
「昨夜、どこでなにしてたの?」
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