判決、ファイアボール

「まいったね」


 死体の首筋に手を当てて、男は驚きの声を上げる。


「死んでやがる……さすがは、アイシクル家のお嬢ちゃんだ。綿密に計画した拘束をかいくぐって、ひとり殺すなんて大したもんだよ」


 フロン・ユアート・アイシクルは、自身を拘束しているかせを見下ろした。


 黒色の金属ミスリルを用いた、罠型トラップタイプ魔導技術マギ・テクニクスかせの形をしたソレは、本来は大型の魔物に使われるもので、人間に使われるものではない。


 さすがのフロンでも、その拘束を引き剥がすのは不可能だった。


「で、あなたたちは、誰?」


 問うてから、気がつく。


 男たちの胸元には、六芒星を模した紋章が刻まれていた。


 ナイフを弄っていた蜥蜴トカゲ面の男が吹き出して、焦げ茶のローブで身を包んだ女が笑い始める。


 苦笑した無精髭の男は、背を折り曲げながら近づいてくる。


「お嬢ちゃん、優しい中年男性からの忠告アドバイスだ。

 質問をするのはオレたち、場を支配してるのもオレたち、お嬢ちゃんの生き死にを決めるのもまたオレたち。

 そうやって、偉そうに口を利けるのも、生きてるうちだけだってことは憶えておいた方が良い。利口ってのは、人の話を聞ける人間のことを言うんだ」

「黙れ、下衆ゲス魔導技術マギ・テクニクス頼りの卑怯者が。正々堂々、正面から戦う勇気もない癖に」


 人通りのない裏路地に、男たちの笑い声が響く。


「お嬢ちゃん、正々堂々、正面から戦ってたら、今頃、ココには死体が四つ並んでる。あんたにゃ、どうやっても勝てないからだ。

 魔導技術マギ・テクニクスって言うのは、あんたみたいな特別製から勝利をもぎ取るために、神様がつかわしてくれたどえらい技術のことなんだぜ?」


 顔を鷲掴みにされて、フロンの顔面が歪む。


「良いか、お嬢ちゃん、あんたは負けたんだ。ココに誘い込まれて、暗がりに仕掛けられた罠には気づけず、忍んでいた他の三人に不意を突かれたから負けたんだ。

 地の利ってヤツだよ。どれだけ優秀でも、どれだけ強かろうとも、最終的には実戦の経験が物を言う世界なんだ。それこそ、化け物みてーな力がなければな」

「…………」

「そんな顔するなよ。この枷ひとつで、金貨200枚、合計であんたには金貨800枚もの費用を費やしたんだ。VIP待遇だぜ。ココまで、金のかかるお姫様は、そうそういやしねぇさ」

「……誰に雇われた? アイシクル家に、なんの恨みがあるの?」


 再度、男は、大口を開けて笑った。


「知るかよ、依頼者クライアントに聞きな。偉そうな貴族様に恨みをもってる連中なんて、幾らでもいらっしゃるだろ。

 おい、準備は?」


 ナイフをいでいた蜥蜴トカゲ面の男が、舌なめずりをしながら近づいてくる。


 男は、そっと、フロンの腹に刃先を当てた。


「これから、あんたの生皮をぐ」

「……は?」

依頼者クライアントの要望だ。素直にさせてから連れてこいって言われてる。方法は色々あるが、経験上、人を屈服させるには痛みが最も適切でね。

 安心してくれ、コイツは、趣味でやってるから異常に上手い。死なない程度に、果物の皮をくみてーにしてスルスルやるから」


 ぷつりと、刃先が入って、フロンは思わず声を上げた。その口を分厚い手のひらが覆い隠し、悲鳴が閉じ込められる。


「しーっ、静かに。近所迷惑だろ。草木も眠る時間だぜ」

「むーっ!! むー、むー、むーっ!!」


 ゆっくりと、刃が進みだして、激痛で口から絶叫が迸る。


 後ろで視ている女が、笑っていて、フロンの眼尻まなじりから涙が溢れ出し――刃先が、止まった。


「……おい、なんで止めた?」


 蜥蜴トカゲ面の男は、ぽかんとした表情で、ナイフを無精髭の男に見せる。そのナイフは、柄だけを残して、刃が消えていた。


「このバカが。腹の中で折ったのか。死んだらどうする」

「ば、バカはテメーだろ。皮を剥いでたのに、刃を腹部内で折るわけねーだろうが。急に、刃が消え――おい、バルダはどうした?」


 いつの間にか、背後で、笑っていた女性が消えていた。


 男たちの顔から、余裕が消え失せる。


 魔導技術マギ・テクニクス製らしい刀剣を構えてから、球形の機器を取り出して魔力を流し込む。


 ブゥン――音がして、燐光を浴びた球形が浮かび上がる。


 男たちの周りを回転しながら、なんらかの魔力防壁が展開されたのがわかった。


「……魔術師か?」

「人を消せる魔術なんて、聞いたこともな――」


 ふたりの男の間に、何者かが立っていた。ふたりの肩を抱いて、如何いかにも、親密そうに声をかける。


火球ファイアボールは好きか?」


 ひゅっ――息を吐いて、無精髭の男は、刀剣をひるがえした。


 が、その場から、気配ごと何者かは消え失せている。


「お前たち、優しい初級魔術師からの忠告アドバイスだ」


 月を背に、少年が宙に浮いていた。


 彼の顔は、視えない。なにか、陽炎かげろうのように揺らめいている。


 彼は、学院の制服に身を包んでいて――周囲に、大量の火球を生み出した。


 1,10,100、1000……倍増、倍増、倍増、倍増! 


 信じ難い速度で増えていく火球たちは、天空を覆い尽くして、月と共に夜空を照らした。


「質問をするのは俺、場を支配してるのも俺、お前たちの生き死にを決めるのもまた俺……そして、既に判決は下した」


 ぽかんと、空を見上げる男たちの顔は、死相を帯びていて――


火刑ファイアボールだ」


 一気に、火球が降り注ぐ。


 それは、あたかも流星群のようだった。細やかな火炎球は、炎色のつぶてとなって、凄まじい勢いで男たちに襲いかかる。直撃と同時に爆炎が上がって、思わず、フロンは両腕で顔をかばう。


「えっ……あれ……?」


 いつの間にか、かせが焼ききれていた。


 その上で、魔術による防壁……いや、ソレ以上のなにかで、自身が守られているのを感じる。火球による怒涛の爆撃の最中、フロンは、月光を浴びながら火球ファイアボールを唱え続ける彼を見つめていた。


 数秒も経たずして、音はんだ。


 四人の襲撃者は、火葬されて、跡形もなく消え失せている。夢現ゆめうつつの状態で、フロンは、ぼんやりと突っ立っていた。


「おい」


 急に、声をかけられる。


 振り向くと、パートナーのラウが立っていた。


「どうした、大丈夫か? 助けを呼んでおいたが」

「えっ……き、キミが、助けを呼んでくれたの?」

「うん、たまたま、火球ファイアボール好きの好青年が通りかかってな。ご存知の通り、火球ファイアボールを愛している人間に悪い人間はいない。彼のように、火球ファイアボールと正義を愛している素晴らしいヤツはいないよ。

 あぁ!! 火球ファイアボールは、最高だなぁ!!」

「あ、あの人、学院の制服を着てたよね! ってことは、学院生!?」


 思わず、彼に掴みかかると、しどろもどろに応える。


「うーん……えっ、そんな制服なんて着てたか……火球ファイアボールしか目に入らなかったが……というか、そんなところ視てないで、火球ファイアボールを視ろよ……今日は、せっかくの火球ファイアボール日和なのに……」

「1年制のネクタイをしてた……まさか、この学院に、私以上の実力者がいるなんて……」


 頭の中で、候補を整理していたフロンは、ふと目の前の彼に意識が向いた。危険をかえりみずに、自分を探しに来て、助けを呼んでくれた彼に。


 彼がいなければ、今頃、生皮をがされて殺されていた……傲慢な心を押しのけて、眼前の彼に対する感謝が芽生える。


「あの……ありがとう……本当に……キミがいなければ、私、殺されてた……学院を出て、お父様のところに避難しようと思ってたんだけど……浅はかな考えだった……自分の実力を過信してた……」

「気にするな」


 彼は、本当に、なんてこともなさそうに言う。


「俺たちは、相棒パートナーだろ?」


 アレだけ、酷いことを言ったのに……緊張から安堵へと感情が移り変わり、フロンは、うつむいてから涙を流した。


「ごめんなさい。この借りは、必ず返す」

「うん、そうか。

 じゃあ、俺は、山に帰るから」

「えっ……ちょ、ちょっと待って!」


 後ろ手を振って去ろうとする彼の背に、思わず声をかける。


「あ、あの、部屋に……戻ってきて良いから……その、本当に、酷いことを言ってごめんなさい……でも、アイシクル家は、いろんなところから恨みを買ってて……正直、信頼出来ない相手と一緒の部屋で眠るのはこわくて……だから、ごめん……」

「いや、良い。寝ぼけて、火球ファイアボールを撃つかもしれんし」

「良いからっ!」


 フロンは、彼の手を両手で握る。


「外で寝たら……風邪、引く……キミなら、大丈夫だから……正直、今日、ひとりで寝るの……こわい……」

「そうか、なら一緒に寝るか」

「い、一緒には寝ない!! 同じ部屋で寝るだけ!!」

「うん、わかった」


 唐突に、自分の思いの丈やらを晒すことになったフロンは、顔を真っ赤にしながら――ラウの手を引いて、学院寮へと帰っていった。

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